|
|
| 選 者 の 歌 |
| 桑 岡 孝 全 大阪 | ||
| 少子化のひとつの帰結ボーイスカウト団後援会解散の通知 | ||
| 学業のなかばに孤児となりたまいし述懐をいま人づてにきく | ||
| 清水房雄歌集すずろにひらく夜に頽齢という一語を拾う | ||
| 小野小町の末路に似たる悲しみにまみゆる事もする八十(やそじ)なる | ||
| 丹波なる寺家の桂君を訪わんとしはたさず経にし学生のころ | ||
| 高 槻 集 | ||
| 坂本 登希夫 高知 | ||
| 新聞の訃報欄に百五歳が載る九十九吾に希望湧きくる | ||
| 短歌詠むを生き甲斐とせり百歳の歌多く詠み歌集出さんか | ||
| 車椅子に乗りしままを頭より足の指まで洗いくれる二人のヘルパーは | ||
| 海の祝日の病院食のちらしずし老い独り居には嬉し有難し | ||
| 階段を駆け上がる看護婦羨し杖たより手すりもちよろよろ上がる | ||
| 患者あつめ院長がピアノ弾き合唱さす紀元節荒城の月海行かばはや | ||
| なりしトマト西瓜をすてて入院せり如何になりしや眠れずに思う | ||
| 竹中 青吉 白浜 | ||
| 白寿祝い目出たき坂本翁より三つ下にて従きゆくわれは | ||
| ビルマ作戦に手柄の多きにくらぶれば入院の我肩身のせまし | ||
| 高知アララギ楠瀬主宰の音信の絶えて久しくなるばかりなり | ||
| 紀伊水道南西にひらけ土佐甲浦指呼の間にせまり来るなり | ||
| 甲浦大敷網に働きて帰るさにはちきん嫁に連れ来しと | ||
| 鰹のたたきは紀州で土佐膾(なます)勝魚にかかわる縁はふかし | ||
| さつまいも土佐南紀では琉球いも祖母リユウキいも甦る | ||
| 土本 綾子 西宮 | ||
| 九十を目の前にして初めての救急車にわが運ばれてゆく | ||
| 麻酔覚め除々に痛みの加わりくる時計の針の動きの鈍く | ||
| 寝静まる病棟に人の影もなくひとり見ている上弦の月 | ||
| その姿勢は駄目ですそれもこれもダメ制限されて二十四時間 | ||
| 窓先にしつらえられし小さき庭木槿の花に虻の飛び交う | ||
| 束の間の試歩にわが踏む小さき庭木群とよもし蝉しぐれ降る | ||
| リハビリを終えて戻れる部屋の窓夕映えの山に心を放つ | ||
|
||
| 奥嶋 和子 〈 アルペンルート ・ 春 〉 | ||
| 屋敷林に囲まるる家の点在す水張田続く砺波平野に | ||
| 厳冬期に鉄道員の通うという側道トンネルに水の滴る | ||
| 大声にもの言う人ら顔かたち変わらぬながら異国人らし | ||
| 黒部湖の水嵩低く表面は凍りて淡き水色をなす | ||
| くっきりと夏の水位の線見えて湖岸に生い立つ木の位置揃う | ||
| 道の端に寄せたる雪にひかり差し雪虫数多飛び立ちており | ||
| 佐藤 千恵子 〈 トルコ紀行 〉 | ||
| カタール国地図に漸く見出でたりその小さきは驚くばかり | ||
| のがれるように空港を飛び立てり闇に入りゆく蛍火のこし | ||
| 見下ろせる誘導灯を後にして機はドーハへの暗闇を飛ぶ | ||
| 早朝のドーハは霞たれこめて鉄線の向こうビル街淡し | ||
| それぞれに民族衣装纒いたる人ら行き交う乗換のとき | ||
| 乗換のタラップ昇る鉄の手摺握れぬまでに熱くなりたり | ||
| 滑走路の横は砂漠にて雑草の青き固まり転々と生う | ||
| ライオンロードにトルコを担う青年像学業農業軍事三体 | ||
| 洞窟の聖母マリアのフレスコ画ベンガラ色がかすかに残る | ||
| ウチヒサル城塞巡るロバ二頭客を待つらし静かに立てり | ||
| 果てしなきオレンジオリーブ柘榴の木働く人の影を見るなく | ||
| スカーフとロングドレスが身支度にて鍬を持つ人トルコの農村 | ||
| たっぷりと湯をはりて体沈めたりシャワーのみなる長旅終えて | ||
| 西川 和子 〈 いもうと 〉 | ||
| 夫に娘に伝えてありしと逝く時の覚悟を告げき淡々として | ||
| 病巣への先端医療も試されて弱りゆく汝が現身あわれ | ||
| 衰えて食の通らぬ汝がために思い巡らせ求めし蜂蜜 | ||
| 暖かくなればきっとよくなると言うしか知らぬ吾の空しさ | ||
| 一切の抗癌治療をことわりし最期の心を義弟に告げぬ | ||
| 自らに庭に這い出で花の種を蒔きたりという逝く七日前 | ||
| この墓に入りたいと泣く日のありき父母の墓前に掌を合わすなり | ||
| 春名 重信 〈 異郷に遊ぶ 〉 | ||
| 耳慣れし大阪弁の声を聞く台北の夜のセブンイレブン | ||
| 落ち合いて十五年目の思い深し互みに老ゆる面をみつめて | ||
| 宗さんの嘆き言う国の少子化に同じ思いを告げて語らう | ||
| 蒸し暑きここは鶴橋駅前に似たる心地す高雄の夜市 | ||
| 森本 順子 〈 木曽駒ケ岳 〉 | ||
| 朝日登る木曽駒の地図を開く宿蛍が一つ庭を横切る | ||
| 岩峰の下なだらかな千畳敷草地の中の雪渓わたる | ||
| 蛇篭積む道険しくて息をつき雪渓よりの風に涼みぬ | ||
| 木曽側は石垣囲み伊那側は鳥居建ちたる二つの祠 | ||
| ■ 推奨問題作 (8月号から ) 編集部選 | ||
| 現実主義短歌の可能性拡大をめざして | ||
| 昼休みに走り帰りて授乳する母の子育て辛かったろう | ||
| 坂本 芳子 | ||
| 改正法に従いますと猿小屋より放しし老猿の生死はしらず | ||
| 高島 高貴 | ||
| 「今日何曜日」日に幾度も訊く妻にわれも辛抱強くなりたり | ||
| 高間 宏治 | ||
| 二本足でタンゴ踊りし日もありき回想に頼っても埒はあかぬが | ||
| 鶴野 佳子 | ||
| もの教うる柄にあらざる面映ゆさ封じ坦々点呼をはじむ | ||
| 中道 英美子 | ||
| 白きパンツ、グレーもベージュも丈詰めて少し淋しき我が夏支度 | ||
| 長谷川 令子 | ||
| 今日を来て子はすぐ新聞を読み始む吾の淋しさ知る筈のなし | ||
| 春名 久子 | ||
| 意識なき母が車に酔いたりと付き添いくれる看護師の言う | ||
| 平岡 敏江 | ||
| この園に囲われ生きるラッコらの演技するごと食事している | ||
| 松野 万佐子 | ||
| 夥しき見学の子をのみこんで水族館は大いなる魚 | ||
| 安西 廣子 | ||
| 松葉杖用うるわれを珍しみいとけなこ子は見返りてゆく | ||
| 形部 賢 | ||
| いとけなき霊長類の列ゆけりショーで賑わう水族館に | ||
| 黒川 理子 | ||