平成25年12月号より

 

            選     
 

 

     桑 岡 孝 全            大阪
  
 打ち水効果もたらす雨の走る街に今日の心のいくばくか和ぐ  
 病床六尺明治三十五年の記事ひとつ根岸の散髪屋扇風機据う   
 そこそこに吝嗇のひと発案のマーマレードか今朝も思えり
 新卒就職当初に靴を選びあやまち爪のひずみの今に残れる
 軽薄に世に処し来たりたまわりし恩を裏切りて終るあれこれ    
              高   槻   集
 山内  郁子    池田
 わが街の道おちこちに咲きたりし露草この頃みなくなりたり
 ひらききる真白き蓮の花びらが水のおもてに暫くを照る
 筋雲がかみなり雲に入れ替り降りいずる雨庭土流る
 年老いる左官らの来て働けり茶髪の若き一人交じりて
 意味を知らず女学生にて唄いにし金甌無欠いま辞書にみる
 僧わが子の足袋の小鉤(こはぜ)の解(ほぐ)るるを急ぎ繕う暑き日中を
 悔むなき命をねがう赤々と染まりて今日を終うる雲見ゆ
 坂本  登希夫   高知     
 ながらえて白寿の命の花あかり庭のこぶしの咲ききわまりぬ
 九十九が高齢の賞もらいたり十日草くいし戦場を思う
 リハビリに患者ら合唱の「戦友」に涙いづ部下数多死なせし
 土佐と阿波の合同歌会に十六回参加くだされし楠瀬氏逝けり
 大兄と互に書きて二十余年文通せしを思い涙す 
 四千発の花火の爆音に寝そびれて午前一時を寝返りくりかえす
 点滴の液の落つるは遅しおそし眠気こらえて吾はみており   
   
 土本   綾子     西宮
 また一つ用を忘れぬ四十日の入院は脳を壊死せしむるや
 夢も見ず眠りてもなお足らぬごと朦朧として朝の一とき   
 階段の昇降を日に七八たびリハビリリハビリと呟きながら
 腰病みて手入れ届かずなりし庭わがもの顔に草のはびこる    
 四十日見ざりし庭の草長けてもはやわが手の及ばすなりぬ
 灼くる日の長くつづきて半夏生白葉とならず末枯れはじめぬ
 長雨のあがりてあくまで澄める空筋ひきて西にゆく一機あり   
 
   
              ■  推奨問題作   (10月号から )     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
  其々の部屋に籠りてスマホする居間のテレビは我独り見る
   並河 千津子      
 失いし体重2キロをスーパーの米袋手に測りてみたり   
   林    春子     
 清掃の黒人女性床を叩く蛇口締めずに出でゆく人に
   佐藤  千惠子
 入院の日の昼食に箸を忘れ鉛筆で食う饂飩が逃げる
   塚本  景英
 心してきくは安定沃素剤原発事故50K圏内にわが住みて
   森田 八千代         
 ヤンゴンに買いてパタゴに忘れにし帽子の行方未だに思う
   山内   郁子
 十日だけ休みて逝ったと聞き及ぶよく働きし若き同僚
   脇本  ちよみ
 屑籠にシュートの決まる日曜日なすべきことはなかなかにして
   芦北   紀子
 キャラバンを初めてはきて登りしは富士山なりきはたちの夏に
   大山   康子
 久々に朝一番のバスを待つ日帰り出張せし日の如く
   奥野   昭広
 この造花に蝶が飛んで来るんだよ露店仏具の売り場のおっちゃん
   川口   郁子
 四十年近くを住みて顔知らぬ人の喪にゆく雨に朝に
   黒川   理子

 

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