平成26年1月号より

 

            選     
 
     桑 岡 孝 全             
  
 ことのほかの暑気収まりて櫓田(ひつじだ)のみどり目に立つ十月に入る  
 熱中症への備えといいて求めたるしおはゆき飴余して終る
 たらちねの膝の記憶をひとつもつ春日座という芝居小屋の夜
 物失せて人を疑う老いびとのならいわれにもきざせるらしき
 われよりも辛き貧苦の生いたちを知りて信を置く灰谷健次郎    
              高   槻   集
 安藤  治子    堺
 遅るるを待ちつけて安産の報せ聞く大西郷城山に自刃の日なり
 車椅子に押され産室を見舞いたり髪さえ生いて眠るみどりご
 ひたすらに眠るみえしみどりごか物音に驚き拳を開く
 物音に驚きてみどりごの開きたる指(おゆび)もとのごと握らしめたり
 みどりごを囲み玉砂利を踏み進む和泉一の宮に詣でしめんと
 世に在らば九十七歳の亡き夫にこのみどりごを見せんよしなし
 つばさ張りて翔る鳳の如くにも逞しく生きよ険しかる世を
 竹中  青吉   白浜     
 目鼻だち美しきケアマネージャー配置替にてお別れ近し
 階段に手摺りにそれぞれ便利よくなりしを残しくれし人誰
 ケアマネの美貌をうっとり楽しみし日々忘れよと過ぎゆく早し
 粗食少食常に空腹病なしひたすら老衰死ねがうのみにて
 掌(てのひら)に木の実はちみつすりこみて舐めなめ冬籠る熊の羨(とも)しき 
 皇帝の召します献立並ぶ中熊の掌あるではないか
 山の者ら今年は秋の食足りてみだりにさわぐ鳥が音もなし   
   
 土本   綾子     西宮
 湯殿にも廊下にも手摺つけられて老いの住居のかたちととのう
 手摺あれば立ち止まり足の屈伸す廊の行き来も何かたのしく   
 年永く恃む棟梁の心くばりトイレの壁にも縦横(たてよこ)の手摺
 幼くて父親に従いし日々を知るこの棟梁になべてゆだねむ    
 父と子と二代の棟梁を恃みとし六十年を保ち来し家か
 立ち居するたびに甦るこの痛み二年余りは堪えよと言わる
 歩き得るのみに幸せと言わるれば省みてわが心つつしむ   
 
   
              ■  推奨問題作   (11月号から )     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
  わが贈るカフスボタンを面映ゆげに付けくれたりき父の日の父
   長谷川 令子      
 いつからか個食時代と言うを聞くわれは五年を一人で食す   
   春名  久子     
 誰も居ぬ実家に吾はお母ちゃん来たよと声をかけて入りゆく
   平岡  敏江
 陰膳の飯の湯気にて歪みにし戦死の兄の写真の残る
   松内  喜代子
 卒寿まで火宅に命授かりぬそのうち夫に逢える日の来る
   山内  郁子         
 昼寝より覚めたるよるべなき思い夫も同じく言いしことあり
   荒井  比佐子
 水っぽい南瓜と岩塩のみなりし敗戦近きわが家の食事
   上野  美代子
 八月の近江の湖(うみ)に花火見る娘らの住む地にひとときを居て
   大山  康子
 巨大なるエレベーターに人々は名札ぶらさげ乗り込みてゆく
   形部    賢
 人違いされし尾道の美術館出でて思えり似るという人を
   佐藤   千惠子
 運動会の敬老席にて拍手せる大きな音は元園長先生
   鈴木  和子
 戦死せる義兄は十七誰よりも若かりしよと集えるうから
   鶴亀  佐知子

 

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