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| 選 者 の 歌 |
| 桑 岡 孝 全 |
| ことのほかの暑気収まりて櫓田(ひつじだ)のみどり目に立つ十月に入る |
| 熱中症への備えといいて求めたるしおはゆき飴余して終る |
| たらちねの膝の記憶をひとつもつ春日座という芝居小屋の夜 |
| 物失せて人を疑う老いびとのならいわれにもきざせるらしき |
| われよりも辛き貧苦の生いたちを知りて信を置く灰谷健次郎 |
| 高 槻 集 |
| 安藤 治子 堺 |
| 遅るるを待ちつけて安産の報せ聞く大西郷城山に自刃の日なり |
| 車椅子に押され産室を見舞いたり髪さえ生いて眠るみどりご |
| ひたすらに眠るみえしみどりごか物音に驚き拳を開く |
| 物音に驚きてみどりごの開きたる指(おゆび)もとのごと握らしめたり |
| みどりごを囲み玉砂利を踏み進む和泉一の宮に詣でしめんと |
| 世に在らば九十七歳の亡き夫にこのみどりごを見せんよしなし |
| つばさ張りて翔る鳳の如くにも逞しく生きよ険しかる世を |
| 竹中 青吉 白浜 |
| 目鼻だち美しきケアマネージャー配置替にてお別れ近し |
| 階段に手摺りにそれぞれ便利よくなりしを残しくれし人誰 |
| ケアマネの美貌をうっとり楽しみし日々忘れよと過ぎゆく早し |
| 粗食少食常に空腹病なしひたすら老衰死ねがうのみにて |
| 掌(てのひら)に木の実はちみつすりこみて舐めなめ冬籠る熊の羨(とも)しき |
| 皇帝の召します献立並ぶ中熊の掌あるではないか |
| 山の者ら今年は秋の食足りてみだりにさわぐ鳥が音もなし |
| 土本 綾子 西宮 |
| 湯殿にも廊下にも手摺つけられて老いの住居のかたちととのう |
| 手摺あれば立ち止まり足の屈伸す廊の行き来も何かたのしく |
| 年永く恃む棟梁の心くばりトイレの壁にも縦横(たてよこ)の手摺 |
| 幼くて父親に従いし日々を知るこの棟梁になべてゆだねむ |
| 父と子と二代の棟梁を恃みとし六十年を保ち来し家か |
| 立ち居するたびに甦るこの痛み二年余りは堪えよと言わる |
| 歩き得るのみに幸せと言わるれば省みてわが心つつしむ |
| ■ 推奨問題作 (11月号から ) 編集部選 |
| 現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
| わが贈るカフスボタンを面映ゆげに付けくれたりき父の日の父 |
| 長谷川 令子 |
| いつからか個食時代と言うを聞くわれは五年を一人で食す |
| 春名 久子 |
| 誰も居ぬ実家に吾はお母ちゃん来たよと声をかけて入りゆく |
| 平岡 敏江 |
| 陰膳の飯の湯気にて歪みにし戦死の兄の写真の残る |
| 松内 喜代子 |
| 卒寿まで火宅に命授かりぬそのうち夫に逢える日の来る |
| 山内 郁子 |
| 昼寝より覚めたるよるべなき思い夫も同じく言いしことあり |
| 荒井 比佐子 |
| 水っぽい南瓜と岩塩のみなりし敗戦近きわが家の食事 |
| 上野 美代子 |
| 八月の近江の湖(うみ)に花火見る娘らの住む地にひとときを居て |
| 大山 康子 |
| 巨大なるエレベーターに人々は名札ぶらさげ乗り込みてゆく |
| 形部 賢 |
| 人違いされし尾道の美術館出でて思えり似るという人を |
| 佐藤 千惠子 |
| 運動会の敬老席にて拍手せる大きな音は元園長先生 |
| 鈴木 和子 |
| 戦死せる義兄は十七誰よりも若かりしよと集えるうから |
| 鶴亀 佐知子 |