平成26年2月号より

 

            選     
 
     桑 岡 孝 全             
  
 すめろぎに四十日をさきだちて八十となり歳晩に入る  
 九十の兄をおとない知る人のあたらしき訃をきかされている
 七十歳鰥夫(やもお)となれるとなりびと音なく住みて夜は灯しぬ
 川上哲治ときに参禅せしことをおもいいづるよ九十三の訃
 わよわき身のちから尽くして仰臥して歌をえらみし杉原弘    
              高   槻   集
 安藤  治子    堺
 月に一度相寄り貶めて楽しかりき花の歌煮豆の歌サッカー少年の歌
 我が終(つい)の寄り拠となりし鳳歌会目廢(し)い耳廢い身を助けられて
 北摂の町に育てば堺住吉を知るなく鳳の町の名も亦
 嫁ぎ来て七十年か紀州街道の貫く町に我が住み馴れつ
 空襲に堺が一望と焼けし日に鳳駅は残りき貨車も着きにき
 金岡聯隊に一兵卒の義弟を慰むと通いしもこの駅の道
 歌会に友と別れん日の近く黒きスーツを取り出しいつ
 坂本  登喜夫   高知     
 県警友会の長寿表九十九は二年つづき東の横綱
 朝の服薬九錠が五錠となる病いえる前兆かこれ
 浴槽入りは危険と椅子に掛けさせ二人のヘルパー左右より湯をかける
 入浴の裸の吾にヘルパーはうちの旦那より肉しまれりとぞ
 勤労感謝の日の病院食シュークリーム付きおり九十九は嬉し 
 猿の皮剥ぎあか子のごとければ食うを止め埋めきビルマの戦場
 子猿を呑みいし錦蛇の肉硬きに鉄板で煎り噛みしとぞ歩兵の戦友   
   
 土本   綾子     西宮
 ようやくに秋風立つと思うころ早も手足の冷えにおびゆる
 握手せる誰よりも手の冷たきを知りたり今宵うたげのあとに   
 座ること屈むことできぬ不自由をこの齢となりはじめて知りぬ
 靴下を穿き手袋をはめて寝るかかる齢を思いみざりき    
 わが如く老いたしなどと言いくるる孫ありてなおしばし生きんか
 かにかくに一日を無事に過ぎたるを幸せとして臥所に入らん
 仏壇も墓もなき吾ふるさとの菩提寺の裏の無縁墓をおもう   
 
   
              ■  推奨問題作   (12月号から )     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
  僧わが子の足袋の小鉤(こはぜ)の解(ほぐ)るるを急ぎ繕う暑き日中を
   山内 郁子      
 求めたるマスカット一つ口に入れ暑き陽の下家路をいそぐ   
   脇本  ちよみ     
 地下鉄が地上に出れば降りる駅近づくと知るそれまで読まん
   安西  廣子
 家族葬を明日営むという声に受話器を置きて立ち尽くしたり
   奥嶋  和子
 妻ぎみの遺せる糠床守る君咢付きのまま茄子を漬け込む
   川口  郁子         
 いとけなき弟が海に逝きし日よ八月三日七十年経ぬ
   白杉  みすき
 わが六歳疎開の夏に覚えにし百日草と爪切り草と
   鈴木  和子
 遅刻すと通学路走る夢を見る同窓会の間近くなりて
   武田  壽美
 杖なくし証券なくしペンなくし古稀すぎたからと開きなおりぬ
   鶴野  佳子
 ボランティアを縮小せんと思う日々夫の薬の量の増えつつ
   西川  和子
 日本刀背負える兄の山越えて逃げよと言いき敗れし夏に
   春名  久子
 来ん年も命があれば西瓜を作ると言いし母逝き吾の作れる
   平岡  敏江

 

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