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選 者 の 歌 |
桑 岡 孝 全 |
すめろぎに四十日をさきだちて八十となり歳晩に入る |
九十の兄をおとない知る人のあたらしき訃をきかされている |
七十歳鰥夫(やもお)となれるとなりびと音なく住みて夜は灯しぬ |
川上哲治ときに参禅せしことをおもいいづるよ九十三の訃 |
わよわき身のちから尽くして仰臥して歌をえらみし杉原弘 |
高 槻 集 |
安藤 治子 堺 |
月に一度相寄り貶めて楽しかりき花の歌煮豆の歌サッカー少年の歌 |
我が終(つい)の寄り拠となりし鳳歌会目廢(し)い耳廢い身を助けられて |
北摂の町に育てば堺住吉を知るなく鳳の町の名も亦 |
嫁ぎ来て七十年か紀州街道の貫く町に我が住み馴れつ |
空襲に堺が一望と焼けし日に鳳駅は残りき貨車も着きにき |
金岡聯隊に一兵卒の義弟を慰むと通いしもこの駅の道 |
歌会に友と別れん日の近く黒きスーツを取り出しいつ |
坂本 登喜夫 高知 |
県警友会の長寿表九十九は二年つづき東の横綱 |
朝の服薬九錠が五錠となる病いえる前兆かこれ |
浴槽入りは危険と椅子に掛けさせ二人のヘルパー左右より湯をかける |
入浴の裸の吾にヘルパーはうちの旦那より肉しまれりとぞ |
勤労感謝の日の病院食シュークリーム付きおり九十九は嬉し |
猿の皮剥ぎあか子のごとければ食うを止め埋めきビルマの戦場 |
子猿を呑みいし錦蛇の肉硬きに鉄板で煎り噛みしとぞ歩兵の戦友 |
土本 綾子 西宮 |
ようやくに秋風立つと思うころ早も手足の冷えにおびゆる |
握手せる誰よりも手の冷たきを知りたり今宵うたげのあとに |
座ること屈むことできぬ不自由をこの齢となりはじめて知りぬ |
靴下を穿き手袋をはめて寝るかかる齢を思いみざりき |
わが如く老いたしなどと言いくるる孫ありてなおしばし生きんか |
かにかくに一日を無事に過ぎたるを幸せとして臥所に入らん |
仏壇も墓もなき吾ふるさとの菩提寺の裏の無縁墓をおもう |
■ 推奨問題作 (12月号から ) 編集部選 |
現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
僧わが子の足袋の小鉤(こはぜ)の解(ほぐ)るるを急ぎ繕う暑き日中を |
山内 郁子 |
求めたるマスカット一つ口に入れ暑き陽の下家路をいそぐ |
脇本 ちよみ |
地下鉄が地上に出れば降りる駅近づくと知るそれまで読まん |
安西 廣子 |
家族葬を明日営むという声に受話器を置きて立ち尽くしたり |
奥嶋 和子 |
妻ぎみの遺せる糠床守る君咢付きのまま茄子を漬け込む |
川口 郁子 |
いとけなき弟が海に逝きし日よ八月三日七十年経ぬ |
白杉 みすき |
わが六歳疎開の夏に覚えにし百日草と爪切り草と |
鈴木 和子 |
遅刻すと通学路走る夢を見る同窓会の間近くなりて |
武田 壽美 |
杖なくし証券なくしペンなくし古稀すぎたからと開きなおりぬ |
鶴野 佳子 |
ボランティアを縮小せんと思う日々夫の薬の量の増えつつ |
西川 和子 |
日本刀背負える兄の山越えて逃げよと言いき敗れし夏に |
春名 久子 |
来ん年も命があれば西瓜を作ると言いし母逝き吾の作れる |
平岡 敏江 |