平成26年3月号より

 

            選     
 
     桑 岡 孝 全           
  
 昼間気温氷点下なるふるさとを報ずれば思う落ち延び得たり
 どのように自転車を乗り習いしか次男の場合われ記憶せず
 半身の癈(し)いてパソコンも損じては鶴野佳子はひだり手で書く
 枯色の芦の間をゆく鴨のかず仔をともなえりレンズの視野に
 ひとつのみ翔(かけ)る鴉はかたむける冬の日ざしを腹に受けたり
       高 槻 集
 安藤  治子    堺
 午どしは若く逝きにし兄の干支白髪の姿は思うよしなし
 北野中学のゲートルは旧陸軍式白脚絆朝(あした)登校の姿目に顕つ
 ただ一人のはらからなりし亡き兄を夫より恋おしと思うことあり
 植本一夫さん夫と同郷同年にて徴兵検査共に受けしと
 えとの歌など浅しと糺されし事ありき老は親しむ世のはかなごと
 湯上りの面を晒す庭の夜気海遠くなりて汐の香の無し
 波の音も汐の香もなき闇の彼方埋立地に操業のかそけき響き
 坂本  登希夫   高知   
 百歳の初日拝むと庭に出で南天と蠟梅を背に雲切れる待つ
 衰うる足のはがゆし松葉杖を小脇に百歳の初日をまちぬ
 雲切れし初日はまぶし人手借らず一年を過ごさせたまえと祈る
 百歳が初日拝み思うなり六年余支那ビルマの戦場生きこしを
 一緒に征きし工兵伍長五名ビルマで四名戦死生還は吾れのみ
 正月の餅を兄は杵どり弟が搗く九十九吾れは椅子に掛け指図
 兄弟が搗きし餅歯ざわりよし米は宮中でも作る満月糯か   
   
 竹中   青吉    白浜
 日系の満州国人として十年祖国日本を内地といいて
 無意識に内地とよびて憚らず植民地気分恣にして   
 国務総理鄭孝胥の願いしりぞけて本音露骨にためらいのなし
 満州国の先祖はの問いに天照と書けばと合格満州人の生徒たち
 三十六歳満州国総務長官岸信介筆頭にして皆若かりき
 安倍首相岸信介の孫なればかわりばえなしまた国民も
 国民の反対するを押切りて可決いそぐ政権悲しき政府
   
              ■  推奨問題作   (1月号から)     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
  車椅子に押され産室を見舞いたり髪さえ生いて眠るみどりご
   安藤  治子      
 勤めもつ娘は忙しく過ごすのかこの秋庭の花の少なし
   大山  康子       
 生ワクチン接種児童は少数派われにひとよの障害残る
   形部  賢
 娘の捨てし器を拾いくる夫も吾と同じき捨てがたき齢 
   坂下  澄子
 木犀咲く家出で二度目の入院に衰うる九十九の足で車に乗りぬ
   坂本  登希夫         
 洋なしを好みし母に供えんと大きめ選ぶ据わりのよきを
   篠木  和子
 ベランダにこの朝早く飛び来たるせせり蝶あり日は暑きまま
   白杉  みすき
 幼くて北斗七星教わりき父と歩みしひもじき夜に
   鈴木  和子
 今朝は来ずマンママンマの孫一歳熱が出たとか婆さんふて寝
   塚本  景英
 わが声の張りも響きも衰えて補聴器こばむ夫に届かぬ
   林  春子
 乾燥し片付いている朝の流し散らかす者なき二人の暮らし
   松内  喜代子
 控えめに経る年つきの儚きに夜空へ大き欠伸してみる
   山内  郁子

 

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