平成26年5月号より

 

            選     
 
     桑 岡 孝 全           
   春立ちて吹くさむき風店頭にならぶ雑誌をひるがえす見ゆ   
 新都知事風悪相のマスターが声音やさしくコーヒー淹れる
 鷹揚にあしらいくれる茶房あれば退屈な歌書を読む一時間
 いまをときめく百四十氏の四千首読みなずみつつ返却期限
 ウッキシリなどと聞えて朝の野に犬引ききたる人の嚏(くさめ)
       高 槻 集
  鶴亀  佐知子     赤穂  
 雪に埋もれて味わい甘くなると言う春待ち人参春を待つなり
 ひとり住む老人として台帳に夫亡き後のわが名を記す
 独居吾に安心コールを勧めらるいざと言う時押せるだろうか
 積りたる雪の中より水仙のようやく陽を浴び立ち上り咲く
 コルセット作りて付けて歩きみる夫と散歩せし宮までの道
 リハビリと身に言い聞かせ橋を越ゆ踏む自転車のペダル危うく
 珍しき雪わが瀬戸内に積りたり雪国の苦労一日味わう
  芦北  紀子     大東   
 たいらかな心戻れと時ながく銀の鎖を磨く夜なり
 書き終えた書類の束を揃えつつ鼻で歌いぬラ・ヴィアンローズ
 思いいずる父の生家に鳥かごを編むと削りし竹ひごありき
 プリムラの花の窪みに蕊かこみ昨夜の雨が残りて澄める
 なめくじの通りし跡かラベンダーの鋸葉を縁取る銀色のあり
 エアコンの吹きだす風に粉雪が乱れ飛ばされ空に戻りぬ
 このあたり菫が去年は咲いていたかがんで確かむ石の継ぎ目を
   
  伊藤 千恵子     茨木 
 朝よりそら濁れるも心憂し汚染物質の流れきたるや
 パン焼ける匂い漂う町の角夕べ灯ともすベーカリーあり
 勤め終え帰る人らに混む車内優先座席につつましくいる
 妻君亡くひとり住みたる君偲び長岡京のまちすぐ今日は
 わが家に泊り日展観にゆきし夫の友なりき共に世になし
 亡き君の水彩画集川の景を多く描くにこころ安らぐ
 夕餉のあと童話ひとつ歌いたる君もわが夫も過ぎてはるけし
   
              ■  推奨問題作   (3月号から)     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
  開戦を知らずにひとり魚を釣る父でありしを母は言いたり 
  芦北   紀子         
 たまさかに登る四駆に割られたる椎の実食みにヤマガラの来る  
  天ヶ瀬  倭文子          
 義足つけ歩けるように頑張ると真向きな手紙友より貰う  
  伊勢谷  征子   
 電装にわが関わりしタンカーなり今石油備蓄に用いるらし 
  奥野  昭宏 
 ゴンドラに乗りて窓ふく若者と視線あいたるビル十五階   
  形部   賢   
 大粒のはっさく実るこの一木農をやめれば切られてしまう  
  春名 久子           
 一緒に征きし工兵伍長五名ビルマで四名戦死生還は吾れのみ 
  坂本 登希夫
 髪のない頭を撫でてやるうちに安らかに眠りゆく弟よ  
  沢田  睦子
 世界には糖尿病患者二億四千万日本国の我が家にも二人  
  塚本  景英  
 ご苦労を眺めて思うヘルパーは私には無理教師はできても  
  鶴野  佳子   
 欠かすなく風呂立てくれし夫の残す柄長きブラシどう扱いし   
  南部  敏子  
 十夜会(じゅうやえ)に詣ずる人に法話する子の声まさに夫と同じき 
  山内 郁子   

 

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