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選 者 の 歌 |
桑 岡 孝 全 |
広らなる苑生(そのう)に生(お)うるエノキケヤキなお冬木なす三月下旬 |
ヒトツバタゴの若木札してナンジャモンジャ自ずと思う土屋文明 |
口跡(こうせき)のよき青木さんモクレンとコブシの区別(わかち)を言いよどむなし |
サンシュユの黄に照りて咲く木の前に苑の遊びを終えて別れつ |
根気意欲乏しき老いわれにかかわるなく友ら足のばす苑の温室 |
高 槻 集 |
春名 久子 枚方 |
北の窓閉ざして囲う一鉢のカニサボテンひとつ咲きたる |
柚子の木に残れるままの大き実を採る人のなく今日は立春 |
吹く風の冷たき土手に葉はとゆきて雛の祭りの蓬つみにし |
舅姑(ちちはは)のみ墓の前に吾が夫の長くいましき殊に晩年 |
癖のある母の筆跡褪せている手紙をわれの大切に持つ |
耳廢いて足腰弱るわれにして父の知らざる齢を生きる |
玄関の鍵ぬく事を忘れいてまた老耄のすすみゆくらし |
森口 文子 大阪 |
灰色と白の模様の天井を見て思考零点滴ながく |
聴力の少し戻りて病院の帰りに春の花を買いたり |
八十六の姉よりくぎ煮届きたりまこと今年が最後と言いて |
一キロの釘煮に添えて送りくる姉が手編みのくつ下ピンク |
ヒール高き靴を廃棄し空っぽの棚いつまでも空っぽのまま |
耳病みてこもり勝ちなる日々にしてアンネの日記再びを読む |
甘藻(あまも)など芽生えているか島近く波立つ海の色は春めく |
伊藤 千恵子 茨木 |
わが路地を出でて歩むも稀となりけさポストまでの百米ほど |
遅れくる電車を待てり夕刻をあふるる人らのなかにつかれて |
勤め終え帰る人らにわがまじり優先席につつましくいる |
健やかに老ゆるは難しと思いつつ風邪長引きてこもる幾日 |
鉢植えの水仙の花すがれゆき差せる光のいよよ春めく |
月に一度連れ立てるみち今日は独り老いの歩みの心もとなし |
脳手術受けたる友にわが心の晴れゆかぬまま十日すぎたり |
湧 水 原 (48) 伊藤 千恵子 選 |
佐藤 千恵子 〈敦賀〉 |
降る雪を見たくて敦賀行きに乗る一人の旅は気の向くままに |
わが乗れる電車の窓に霙ふり近江塩津は雪にうもれる |
誰か行ける足跡のこる雪道をなぞりて歩く敦賀の町を |
雲間より魞(えり)挿す湖(うみ)を照らす陽は窓を透かしてわが席に射す |
山の上の煙突高々煙あぐ原発の町も火力にたよる |
停車せる電車の窓を蚊が一匹雪積むホームを飛びてゆきたり |
春名 重信 〈三・一一記憶〉 |
基礎残す屋敷の跡に老いの立つ己が家とぞ言いて動かず |
家跡の立札に見る移転先離ればなれの親子もあるべし |
人らより溝の汚泥を計りつつ放射線量減らぬを嘆く |
振り向きて又振り向きて何処えゆくカメラを避ける牛の一群 |
電力の消費を控えこの冬も靴下を履き寝るときめたり |
森本 順子 〈大山道の川床道〉 |
朝刊の配達人と行き合える始発への道木犀におう |
香川より鳥取の地に入植し酪農の村に香取の地名 |
古の川床道は矢筈ケ山登山の道となりて残れり |
雑木の下落葉積むなか供花なき木地師の墓か二三基残る |
花も見ず鳥の声なく落葉踏む我が靴音と熊よけの鈴 |
登山路の十字路となる峠には避難小屋ありリュックを下ろす |
原始林の橅の間を来て轟音のひびく大山滝を見下す |
道崩れ急ななだりに設けたる四百段の階段登る |
朝まだき村の主婦らがイベントに出すとあまたの栃餅をつく |
奥嶋 和子 〈冬の旅〉 |
夕暮れを霧かと紛うみぞれ降る暗き中折々白きが見えて |
二人きりの夜の露天湯薄明かりに木々の揺らめき岩に身を寄す |
明け方の部屋より望む槍の穂に僅かに今日の日の当たる見ゆ |
天辺の山の上には雪煙見えてそこには風の吹くらし |
登りゆくほどに雪の峰現れて遥かに白山連峰の見ゆ |
山頂の売店の窓に見る氷柱身の丈以上を幾本残す |
平日のスキー場には空っぽのリフトからから動いていたり |
■ 推奨問題作 (4月号から) 編集部選 |
現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
十五軒から五軒までやせ細り回覧まわす限界町会 |
形部 賢 |
わが頭上スマホが並ぶ車内にてユリウス・カエサル読める人あり |
佐藤 千恵子 |
朝早く乗った地下鉄黒っぽい服をまといて皆眠ってる |
沢田 睦子 |
初曾孫の採用内定を九十八の母は子細に聞き納得す |
鶴亀 佐知子 |
一級の障害者になることなど予想もできていなくて一級 |
鶴野 佳子 |
特攻に出でて果てにし映画みて電飾ひかる町を帰り来 |
春名 久子 |
ダウンきてロングブーツに身をつつむ女性戦士の車両は満員 |
坂東 芳美 |
高速を夜通し走り帰省する息子の家族落ち着かず待つ |
森本 順子 |
我が願い煎じつめれば残る子ら先立つなくて健やかにあれ |
安井 忠子 |
信号は青に変わりて免許証返上に行く夫の手を振る |
吉田 美智子 |
幼らの残しゆきたる飛び縄を括りてひとりコーヒを飲む |
脇本 ちよみ |
縁ありてか吾が発見の媼の死年越しの支度おきて係る |
岩谷 眞理子 |