平成26年7月号より
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選 者 の 歌 |
桑 岡 孝 全 |
空海の趺坐なせる像その倚子(いし)の下にそろえて沓(くつ)をえがける |
弘法の山に生いたちき密教の異形のほとけをついに厭いて |
高下駄履く行者像にまたまみゆ吉野山桜本坊の所蔵 |
役小角母公倚(ははこい)像泣き笑いと見ゆる表情に解説のなし |
道長埋納経筒またけく出でたるを目のまえにせり縁(えにし)のありて |
高 槻 集 |
山内 郁子 池田 |
事の無く覚めたるあした澄み渡る空に残れる白き月あり |
わが庭の雪柳咲くひとところ夕づける日の差せるしばらく |
日脚やや伸びたる庭に草を抜く埴生の宿を口ずさみつつ |
心緩ぶ春のひとひを家居して枝行き来する鳥の声きく |
電線にさやらんまでに伸びて立てる大山蓮華よわいを重ぬる |
百毫寺不退寺共に詣でたる友にてありき長く病みます |
うすべにの夕雲立つを仰ぎみてやがてゆくべき浄土をおもう |
伊藤 千恵子 茨木 |
大輪のクレマチスの花のつぎて咲き延びたる蔓の風にそよげり |
年々に若葉のころをわが病むと思いて朝よりベッドに臥せる |
外出せし昨日の疲れ残る一日わが体力の限界を思う |
上流にかかれる白きアーチ橋春霞みしてけさの川こゆ |
再びは来ることなけん妹の部屋のベランダに散りくるさくら |
思い出を多く持てよと言いくれし人を偲べは三十年経つ |
五十年続けし作歌やめんと言うかなしみてきく友の言葉を |
坂本 登希夫 高知 |
百歳の誕生日ぞと目覚めたり両腕を臥所で伸ばし万歳をする |
赤飯を作ると百歳が七時に起き樫の薪にて火を焚きつける |
弱れる足で甑をかけるが難儀なりかにかくかけて火力強める |
糯米のむせる香りが漂うに百歳吾れに気力湧きくる |
お目出度うと人言いくるれど不眠つづきに百歳の体もてあます |
百歳の誕生日も昨日のつづき十八錠の薬のみひと日暮れたり |
献体の申込みせしは米寿の歳今日は百歳の誕生日なり |
■ 推奨問題作 (5月号から) 編集部選 |
現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
いちにちのありよう告げて寝る前に電話をよこす姉となりたり |
佐藤 千恵子 |
杖なしは小股杖突けば大股段差なき病院の廊下を朝夕歩く |
坂本 登希夫 |
献体の申しこみして十二年目百歳の誕生日は四十五日後 |
〃 |
浜寺の植木市まで竜の髭買いに行くなりカートをひきて |
白杉 みすき |
正直に手の衰えを告げながらベルベット地の仕立て断る |
武田 壽美 |
早起きの爺(じじ)起きて来ぬという日は何時か今年も一月二日も終るに |
竹中 青吉 |
ひとり住む老人として台帳に夫亡き後のわが名を記す |
鶴亀 佐知子 |
独居吾に安心コールを勧めらるいざと言う時押せるだろうか |
〃 |
介護室へ移れる義妹の跡片付け終えきてわが家の雑然を見る |
長谷川 令子 |
その命つげらるる夫の旅立ちの白き衣の箆を打ちにき |
板東 芳美 |
豪い雪ねと二重硝子の窓の氷つめさきに掻きのぞきいる母 |
堀 康子 |