平成26年8月号より

 

            選     
 
     桑 岡 孝 全           
   思い一途に努むるおみなのとうときを時に知り得しわが八十年
   ユーゴの人身長一五〇糎に足らざりという修道女テレサの場合   
   家びとに所在を秘して癩の島に勤務せしナースをも吾は知る
   日生(ひなせ)より汽艇(ランチ)にはこばれ愛生園に一泊の大村先生に随伴
   いとしき人戦火に失せて病者らにひと生ささげし奥村良子
 
       高 槻 集
  春名  久子     枚方  
 連休あけの医院の混みて車椅子に乗りたる人の居眠りいます
 白色の花の咲きたる花水木植えにし夫の見ることのなし
 綻びを縫わんとするにスタンドの明かりの下に糸の通らず
 節高き指に貼らるる膏薬の絶ゆるなかりし姑(はは)思う今日
 酒を飲む父を厭いし日のありき事業の失敗紛らせいしか
 腰痛は或る日突然発症し先の約束出来ずなりたる
 旗振りて孫征かしむる事無きを願いて今朝の時事欄を読む
  山内  郁子     池田   
 己が父の忌日に命終迎えたき母の願いの叶いしおもう
 午後に倒れて翌朝の梵鐘の音と共に瞑(めつむ)りし母水無月なりき
 長生きはしたくないのを口癖に六十五にて浄土へ還る
 隣村(りんそん)の寺より嫁ぎ来し母は寺家の心得常に諭しき
 念仏を小声に唱え大公孫樹(おおいちょう)の葉を寄する母の後姿(うしろで)浮かぶ
 母の歳を遥かに越えて淡つけきわが生き方を嘆き給うや
 ナツツバキ落つるを日毎手に拾う母の五十回忌近づく夕べ
   
  山田  勇信     兵庫 
 行き交える人影の無く病棟は空気淀みぬ黄金週間
 八十のわれを十年十五年生かすぞとわが治療チームは
 心臓のバイパス手術の成れる朝恐る恐るに肋骨に触る
 十二時間のバイパス手術を凌ぎえてただに見上ぐる窓外の初夏
 十二時間の麻酔醒めたりもうろうと聞く人の声生身の声ぞ
 リハビリの指示に戸惑い足摩りて前に進みぬ術後二日目
 生き延びて嬉しかりけりこの生命わがものならず守りつづけな
   
              ■  推奨問題作   (6月号から)     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
  五十年自転車通勤の亡き夫は思えばいつも中古車だった 
  鶴亀 佐知子         
 前の籠にその家族など思いみるレジの長きに並ぶ夕べを  
  長谷川 令子          
 柚子の木に残れるままの大き実を採る人のなく今日は立春  
  春名  久子   
 亡き母に教わりしままじゃが芋を二つに切りて灰まぶし植う 
  平岡  敏江
 一キロのくぎ煮に添えて送りくる姉が手編のくつ下ピンク   
  森口  文子    
 原発事故は他所(よそ)事ならずわが町も安定ヨウ素剤配らるる記事  
  森田 八千代           
 洗髪の湯の耳に入りよみがえる夏休み水泳教室の喧騒 
  安井  忠子
 石くれの柳生街道踏みなずむ八十三の先生とゆく  
  天ヶ瀬 倭文子
 気づかずに経たる年月夫と子の耳そっくりと言う人のあり  
  安西  廣子  
 勤め終え帰る人らにわがまじり優先席につつましくいる  
  伊藤 千恵子   
 疎開せん父の決断遅かりき家も家財も戦火に潰えき   
  上野 美代子  
 梟かと問わるればそう見えてくるわたしの胸の猫のブローチ  
  白杉 みすき  

 

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