平成26年9月号より

 

            選     
 
     桑 岡 孝 全           
 これの世は苦にして空と説く声の時になつかしやそじ来向う
 児童彷徨を春休みと悟るまでの間よ教職四十年退きては老耄
 勘も眼も衰えたれば爪を剪むことも億刧(おつくう)いちにち延ばし
 紀伊山地の奥処(おくが)に地名相(あい)の浦おとないしかど記憶はおぼろ
 骨仏というあやしきをまつりたる御寺に妻にともなわれゆく
 
       高 槻 集
   山内 郁子    池田
 花まつり営みたりし遠き日よ小さき世尊に甘茶注ぎて
 花御堂をげんげで飾りお詣りの人を迎えき五歳の息子と
 蒲公英の絮を飛ばしていった風何所かの窓のカーテンを吹く
 芹生うる細き流れが村にありこころ塞ぐ(ふたぐ)日其(そ)を摘みにゆく
 昼過ぎを約束のごと来る小雀(こがら)ナツツバキ一つ落としてしまう
 いい雨がふってきたねと紫陽花の蕾に向きて独り言いう
 整体師の治療を受けて四年めに苦手の正座ようやく適う
   山田 勇信     兵庫
 手術終え吾の覚むるは午後の日のやさしき集中治療室なり
 長きよの明けnとしつつ窓際の若楓の木に小鳥らの声
 楓の木に目白忙しく移りいて朝さわやかにわが命生く
 音もなく目にも映らぬ小糠雨葉先を伝わりて落つ
 深々と無限に広がる五月晴れ貰いし命繋ぎゆくべし
 携えし書物おおかた読み終えて徒に眺むる初夏の白雲
 病棟は消灯したり雨はれてわが枕辺に月光とどく
  天瀬 倭文子    交野
 あっさりと全治三月(みつき)と告知され東病棟の住人となる
 踵骨の画像に見ゆる紛うなき複数の割れ目期待むなしく
 入院は初体験の吾にして窓の白むをまちかねている
 ベッドより立ちいづるなき七日間リハビリ室へ今日は運ばる
 吟行する友らを思うわが脚を包む白きほうたい見つつ
 見かけより容易ならざる松葉杖十歩あゆみて帰りを案ず
 添え木よりギブスに変る四週目松葉杖さえ軽やかにして
   
              ■  推奨問題作   (7月号から)     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
 かたわらに大鼾して寝る犬よ頼りにならぬ吾をたよりて
   並河 千津子
 非正規の雇用増加に歯止めなき日本に何をもたらすTPP
   西川 和子
 頑に九十年を経る夫の一人遊びのカードする背
   林  春子
 ここで待つと苑を巡らず花の下に座りし姑の齢になりぬ
   松内 喜代子
 喪の服を遠住める娘の送りくるわが夫すでに十七回忌
   森田 八千代
 薬多く食卓の籠に入れてある我が家の風景やはり不健康
   安井 忠子
 再生を角にあやかり種甕に古代の人は鹿を描きし
   山口 克昭
 担当の医師付き添いて春最中の大気を吸いぬひと月振りに
   山田 勇信
 百才の誕生日ぞと目覚めたり両腕を臥所で伸ばし万歳をする
   坂本 登希夫
 雪花の舞う三月に母は逝く間に合うように吾待ちくれて
   坂本 芳子
 父にとりて初孫となるわが娘胡坐(あぐら)にいつも納まり居りし
   篠木 和子
 林檎一個飾りて包丁が欲しくなる須臾(すゆ)右の手麻痺を忘れて
   鶴野 佳子

 

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