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| 選 者 の 歌 |
| 桑 岡 孝 全 |
| これの世は苦にして空と説く声の時になつかしやそじ来向う |
| 児童彷徨を春休みと悟るまでの間よ教職四十年退きては老耄 |
| 勘も眼も衰えたれば爪を剪むことも億刧(おつくう)いちにち延ばし |
| 紀伊山地の奥処(おくが)に地名相(あい)の浦おとないしかど記憶はおぼろ |
| 骨仏というあやしきをまつりたる御寺に妻にともなわれゆく |
| 高 槻 集 |
| 山内 郁子 池田 |
| 花まつり営みたりし遠き日よ小さき世尊に甘茶注ぎて |
| 花御堂をげんげで飾りお詣りの人を迎えき五歳の息子と |
| 蒲公英の絮を飛ばしていった風何所かの窓のカーテンを吹く |
| 芹生うる細き流れが村にありこころ塞ぐ(ふたぐ)日其(そ)を摘みにゆく |
| 昼過ぎを約束のごと来る小雀(こがら)ナツツバキ一つ落としてしまう |
| いい雨がふってきたねと紫陽花の蕾に向きて独り言いう |
| 整体師の治療を受けて四年めに苦手の正座ようやく適う |
| 山田 勇信 兵庫 |
| 手術終え吾の覚むるは午後の日のやさしき集中治療室なり |
| 長きよの明けnとしつつ窓際の若楓の木に小鳥らの声 |
| 楓の木に目白忙しく移りいて朝さわやかにわが命生く |
| 音もなく目にも映らぬ小糠雨葉先を伝わりて落つ |
| 深々と無限に広がる五月晴れ貰いし命繋ぎゆくべし |
| 携えし書物おおかた読み終えて徒に眺むる初夏の白雲 |
| 病棟は消灯したり雨はれてわが枕辺に月光とどく |
| 天ケ瀬 倭文子 交野 |
| あっさりと全治三月(みつき)と告知され東病棟の住人となる |
| 踵骨の画像に見ゆる紛うなき複数の割れ目期待むなしく |
| 入院は初体験の吾にして窓の白むをまちかねている |
| ベッドより立ちいづるなき七日間リハビリ室へ今日は運ばる |
| 吟行する友らを思うわが脚を包む白きほうたい見つつ |
| 見かけより容易ならざる松葉杖十歩あゆみて帰りを案ず |
| 添え木よりギブスに変る四週目松葉杖さえ軽やかにして |
| ■ 推奨問題作 (7月号から) 編集部選 |
| 現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
| かたわらに大鼾して寝る犬よ頼りにならぬ吾をたよりて |
| 並河 千津子 |
| 非正規の雇用増加に歯止めなき日本に何をもたらすTPP |
| 西川 和子 |
| 頑に九十年を経る夫の一人遊びのカードする背 |
| 林 春子 |
| ここで待つと苑を巡らず花の下に座りし姑の齢になりぬ |
| 松内 喜代子 |
| 喪の服を遠住める娘の送りくるわが夫すでに十七回忌 |
| 森田 八千代 |
| 薬多く食卓の籠に入れてある我が家の風景やはり不健康 |
| 安井 忠子 |
| 再生を角にあやかり種甕に古代の人は鹿を描きし |
| 山口 克昭 |
| 担当の医師付き添いて春最中の大気を吸いぬひと月振りに |
| 山田 勇信 |
| 百才の誕生日ぞと目覚めたり両腕を臥所で伸ばし万歳をする |
| 坂本 登希夫 |
| 雪花の舞う三月に母は逝く間に合うように吾待ちくれて |
| 坂本 芳子 |
| 父にとりて初孫となるわが娘胡坐(あぐら)にいつも納まり居りし |
| 篠木 和子 |
| 林檎一個飾りて包丁が欲しくなる須臾(すゆ)右の手麻痺を忘れて |
| 鶴野 佳子 |