平成26年10月号より

 

 
    選     
 
     桑 岡 孝 全           
 震災後三年を縷々報ずれば執念(しゅうね)しとしもおもう日のあり
 暁のつかのまの夢木先生顕ちいませるをのみ記憶して
 亡き父のうしろ姿を思わする人と乗り合う今日の市バスに
 その友にまじりて道をゆく妻の表情いたく疲れてありし
 著書表彰書画展好評の八十歳を歓びましてたちまちに亡し
   高 槻 集
   伊藤 千恵子     茨木
 妹の逝きて七日のはやく過ぎ心萎えこもる大暑の今日を
 病み臥せる日なくひと夜に世をへだつかかる別れを思いみざりき
 われよりも六歳若く逝きし汝をただに哀しむ今夜寝ねむとして
 父ははの姉おとうとの齢こえ存えし汝の八十三歳
 その夫の逝きて七年となる夏を卒然として妹は亡し
 亡き汝を嘆かいすぐる日の朝をことしはじめて聞く蝉のこえ
 秋くれば海べのホテルにあそばんと約せしことの今に空しも
   角野  千恵      神戸
 スーパーの改築工事の正面に七夕の今日笹飾り立つ
 駅一つ電車で来たるスーパーの広き売り場に早く疲るる
 しばらくの夕凪おわり部屋うちに涼しき山の風ながれくる
 階段の下の物入れ風とおす奥の箱までみな取りだして
 木工を好みし夫の鑿鉋(のみかんな)使う人なく捨つるほかなし
 日をかけて子の人形に木の家を楽しみ作る夫若かりき
 押入れに吊るすままなる布袋御国旗なる染め文字のあり
   竹中  青吉      和歌山  
 
 白樺の林に鈴蘭の花咲くなど戦に行くに誰が思いし  北方戦線
 二日余り白樺林を通り過ぎ戦とは歩くことと知りにき
 傘型に編隊を組む鳥の群れわたりゆくのか渡りて来しか
 わが部隊到着するや事変終る俄雨すぎてうるむ夏空
 霰混る俄雨すぎて涼しくなりぎらぎらと輝く七月の太陽
 今になお鈴蘭の花にはっとする七十余年の月日経るとも
 行きゆきて白樺林鈴蘭の花見ることは見きグロッキーの目に
   湧 水 原    (49)    伊藤千恵子 選
    森本  順子     〈高原へ〉
  筒鳥の声を遠くに聞きながらレンゲツツジの高原巡る
  樹齢五百年なる桂苔むしてその根方よりあふれ水湧く
  湧水のたぎち行く川その岸に香りの高き山三葉積む
  朝まだき雪の如くに山鳴らしの白き綿毛が草原に舞う
  湧水にうるおう園は梅花藻が流れにそよぎ座禅草咲く 
  軒下に吊るす餌台コガラ来てヒマワリの種くわえ飛び立つ
  にごりたる念仏池に二つ三つ小さき波紋水の湧くらし
  霧立たば鐘を鳴らして登山者に所を知らす小さなる塔
  子を孕む牛が足折りのんびりと反芻しつつ日を浴びている
    佐藤  千恵子    〈奈良をゆく〉
 火難くぐり黒く輝よう薬師像衣にかすかに金箔残る
 肩まろく頬に手を置く弥勒像逗子明るきにほのぼのおわす
 落剝の金剛力士の阿形の面残れるベンガラ怒りを増せり
 回廊の連子窓より差し込める光は筋の影を落とせり
 半眼にみおろし立たす観音像み足は剥げて木目浮きたつ
 ぬかるみを避けつつ朝の散歩せり鴎尾のまぶしき朱雀門まで
 神杉の大樹に三人腕を当つ足下に小さきひこばえ出でて
   
              ■  推奨問題作   (8月号から)     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
 ベランダの避難梯子の二十年上り降りなくあじさいの凭る
  林   春子
 物言わず一人住まいぬ自らの耳の癈うるを時にわすれて
  森口  文子
 午後に倒れて翌朝の梵鐘の音と共にめい瞑(めつむ)りし母水無月なりき
  山内  郁子
 十二時間のバイパス手術を凌ぎえてただに見上ぐる窓外の初夏
  山田  勇信
 行動の範囲自ずと狭くなり培う花の種類ふえたり
  角野  千恵
 消費税アップの前のまとめ買い焼酎五本どこへ仕舞おう
  川口  郁子
 村道の工事に付ける警備員田に往く吾に白旗をふる
  川中  徳郎
 星空の芝生に集うコンサートこいのぼりにも光をあてて
  北   容子
 松葉杖つくは人目に危うきかたびたび声をかけていただく
  形部   賢
 厚手のねくたいぎゅっと締める院長に狭心症吾百まで生きかさる
  坂本 登希夫
 認知症専門なる子の意見載る新聞を貰う母の日
  沢田  睦子
 芍薬の蕾完璧球体を愛でる蟻かも巡りにめぐる
  中道 英美子

 

 

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