平成27年3月号より

 

 
    選     
 
     桑 岡 孝 全           
 停年後新築をして間をおかず下脇光夫肺炎に死す
 高野山登記所長でありし君と奥谷に咲く沙羅を見たりし
 うつぶせとなりてベッドに息あえぐ友をただ見て居し夏真昼
 下脇くん死にましたいたく簡明にあしたをはやく電話賜いし
 生涯胸奥(きょうおう)におさむべし白浜歌会にて知るを得し愛恋ひとつ
 
   高 槻 集
   伊藤 千恵子     茨木
 電線に雀十数羽ならびたり年暮れんとして雨の降る窓
 明日よりは休診となる年末の医院のベッドにわが横たわる
 妹の逝きしことしの尽きんとし思いもかけずヘルペスを病む
 妹亡き年暮れんとして吾の病む思えばことしは佳きことあらず
 点滴を終え帰りゆく師走のまち齢古る身の恃めなくして
 鎮痛剤のみてベッドに昼を臥すことし残るは二日となりつ
 思い出ずる五十年前入院の夫に付添い年を越えにき
   遠田   寛      大阪
 幾つかの音発しつつ作動するMRIに明日を託せる
 夜更けて心経諳んじ亡き母に病める不幸を告げて眠らん
 風入るらし病室の夕光にカーテンのひだ小刻みに揺る
 点滴に過ぐる十日は須叟にしてつくづく思う命というもの
 カーテンに仕切るベッドに仰臥せり醒むる朝の来るを恃みて
 痩せほそる姿見すなと言うありきされど私は人に会いたい
 夢浅く帽子にコート纏いたる中也の後すがた行きたり
   角野  千恵      神戸
 庭石に置き忘れたる手袋は夜来(やらい)の雨に滴をおとす
 馬鈴薯を切りしままなる俎板に澱粉の筋白く乾ける
 病み長き腰骨かばい足あぐる今日の痛みの強きを思う
 蹲踞に黄のもみじ葉をとじこめてこの冬始めの氷の厚し
  子ら泊まる夜具を干さんと思うのみ捗らぬまま日の過ぎてゆく
  歳晩の迫れる今日を肺炎にて君入院の報を受けたり
 歳晩のみ墓の供花に添うるべく紅豊かなる千両を剪る
   
              ■  推奨問題作   (1月号から)     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
 秋植うる花の球根えらびつつひととき鬱をわすれていたり
  角野 千恵
 
 枕元にラジオを置き得し幸せを忘れ難し昭和三十二年
  川口 郁子
 分隊長を五年勤めしビルマ戦共に伍長五名征き四名戦士
  坂本 登希夫
 笑顔にて義兄が夢に顕ちたりと言いて紫苑を姉の供える
  佐藤 千惠子
 厨事代りてくれる夫のいて静けさの中に食器の音す
  坂下 澄子
 丸くなるは死ぬ前だよと強がりし母のやがては丸くなりにき
  武田 壽美
 離れ住めば生きていることも忘れいしわが妹の俄かの訃音
  竹中 青吉
 同情も寄り添いなども拒みたき心を言えり友被災して
  西川 和子
  戦地より父の戻りし玄関に頭を垂れし祖母を忘れず
   春名 重信
 同胞(はらから)は入院中にして吾を呼ぶ電話のなくてニ月の経つ
  春名 久子
 一とせを見ざりし媼みまかりて帰り賜いぬ向いの家に
  森口 文子
 
 おさな子の未だ定まらぬ発音をその母の耳聞き分けている
  安西 廣子

 

                     ホームページに戻る