平成27年6月号より

 

 
    選     
 
     桑 岡 孝 全           
 継色紙道風と伝うる仮名のありよきやわらかき筆を用いて
 粉本によらず写生を推進せし応挙の鴨の図がまのあたり
 絹と髪による縫いとりの来迎図精緻のほどは息詰まらしむ
 横浜事件細川嘉六と同級生であった物理の教師も世に亡し
 
 
   高 槻 集
   松本   安子     美作
 北風の強きを背に受け陶の畑に天地返しの鍬振りおろす
 元旦の日中降りつぐ粉雪の見るみる積もる三十センチ
 川向うのビニールハウスに積る雪崩れて落つる音の聞こゆる
 七十八の身体機能を考慮して雪の積もれば車にのらず
 一人居の友に分たん恵方巻き持ちて夕べの町中をゆく
 三十三の厄逃れとて運転免許取得せしは四十五年前なる
 女だてらに免許を取りて何すると隣の媼に言われし思う
   山内  郁子     池田
 籠り居のうちに忽ち過ぎゆける当て無き日なり寒の水飲む
 足はこぶことも稀なる庭の奥凍つる土より蕗の薹出づ
 ふんだんに熱き湯使い炊事場に日にいくたびか洗い物する
 わが村に小さき川あり今日くれば水たばしりて春おもわしむ
 シャンデリアは仏天蓋(ぶってんがい)が起源と知り吾が本堂に熟(つくづく)見上ぐ
 彼岸会を営むあした僧わが子梵鐘撞けり春日の下に
 ヒナゲシの揺らぎに遊ぶ小さき蝶庭石に腰おろし見ている
   竹中  青吉     和歌山
 黄砂やみ大地はみどり萌えたちて遼三彩の発想をよぶ
 賠償金の代りと差し出しし遼東半島元にかえり五十年の哀れ
 出来秋の苹果(りんご)を娘の会社へと涙ぐましきリンゴ農の両親
 老虎灘に日本人の歌碑のこりたり今尚かわらず香の煙は
 「アカシアの大連」のこして早く亡し北へ帰る旅人もまた
 白き豕(いのこ)生まれて来る日のまたもあらん金州湾凪ぎ棗(なつめ)豊作
 午前五時トイレ清掃に来る見れば厩(うまや)当番兵の如く頼もし
              ■  推奨問題作   (4月号から)     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
 元朝に五錠と半分の薬のむ百歳われの療養始めと
  坂本 登希夫
 歩く時帰りの道のり考えて無理しないことと主治医いいます
  白杉  みすき
 帰り際居たのと言われる存在の薄さ身に添う処世のひとつ
  中道  英美子
 積雪を靴に踏みしめ手に触れてエキサイトするマレーシア娘
  西川 和子
 竹落葉に腰まで埋まる石仏の笑まえる面の父に似ている
  春名  久子
 つい愚痴をならぶる我に僧わが子聞く耳なしと言い放ちたり
  山内 郁子
 遺伝子は大海原を回遊の記憶あらんに水槽に棲む
  安井  忠子
 おみやげにココナツオイル賜りぬ百寿の母にも効くのだろうか
  吉田 美智子
 諍いしことの遥けしわが夫の一日おおかた眠りて過ぎぬ
   安西  廣子
 菱餅を作りて祖母の飾りくれし母なき我のひいなの祭り
  岩佐 晤子
 午前午後夜間交替の看護師に二十日を吾のなじむなかりき
  遠田  寛
 十年前この病棟に看取りくれし次女は今亡し夜を眠れず
  川中  徳昭

 

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