平成27年9月号より

 

 
    選     
 
     桑 岡 孝 全           
 遊覧船や観光バスから大戦の跡を眺めて詠む世なるらし
 島本正齊も大西公哉も世をへだてともに嘆かん人も乏しき
 皇紀二千六百年われ尋常科一年生草履袋というのも提げて
 曇る野のあしたしばらく涼しきを病棟の遠田ひろしは知らず
 耳を病み眼を病むみかど道長と対峙かなわずしりぞきたまう
 
   高 槻 集
   伊藤 千恵子    茨木
 夏至の日のすぎゆきてけさ窓下に咲くクレマチスの紫のはな
 大輪のクレマチスの花一つ咲き梅雨のくもりの昼閑かなり
 脈絡もなく思い出でわが恋しむ歌やめし古き新宮の友を
 佐藤春夫の生家は此処と案内する友と坂多きまち携いき
 別れ来て朝の川わたるみ歌あり若かりし日の君の一首に
 再入院の君見舞わんときたるまち覚ゆる私鉄の踏切わたる
 いつか来たみちを再びゆくのかと戦争知らざる首相危ぶむ
   坂本 登希夫    高知
 県警友会の長寿番付け百一が三年つづき東の横綱
 芽株佃煮のチューブを押して飯にかける百一の力をつくし
 百一のひょろひょろ吾を守りくれる院長看護師ヘルパーら有難し
 医療受けつつ食いて寝る穀つぶし教育委員長を勤めし思う
 塩尻の短歌フォーラム九十一で岡野先生に色紙賜る
 掘立て柱に椰子の葉葺きしビルマの集落三年居りき紙鉛筆なく
 中隊本部づき食料係班長われもんもんと過しきすべなく
   山内  郁子    池田
 何事も無きまま春は過ぎんとす刻々老いの進むほかには
 オガタマの花の終りて静まれる庭に小さき鳥一つ居る
 咲きほこる大山蓮華突風に飛ばされゆくを窓より見つむ
 仏手柑(ぶつしゅかん)の葉に動かぬをよく見れば緑色せる雨蛙なり
 実生より育ちたるらし知らぬ間に柿の根方に若木の立てり
 ナツツバキ咲き始めたりゆくりなく母の忌日の六月八日
 庭の小草ひけば二の腕痛むなり梅雨明けの頃はまして激しく
              ■  推奨問題作   (7月号から)     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
 草たちも春の営み盛んにて引き抜きおえてくさめ止まらず
  安井 忠子
 子の法衣畳みつついる己が影半跏思惟像(はんかしいぞう)に似たるを思う
  山内 郁子
 銃撃たず密かに敵の背に迫る教練ありき戦時の中学
  山口 克昭
 衰うる脚いたわりて上る駅の階の手すりのけさは冷たし
  伊藤 千恵子
 箸立てに使いし箸が残りたり子は空港を発つころおいか
  上野 美代子
 早くなる脈を指もて測るくせ今しばらくの命ねがいて
  遠田 寛
 この春は見知らぬ鳥の多くみゆ団地の木々のあまた伐られて
  北  蓉子
 一筋に仕事大切と勤めきて家族もたない老いとなりたり
  佐藤 千惠子
 要塞爆破決死隊長で雪道に出動待ちし昭和十六年二月二十日払暁
   坂本 登希夫
 告ぐるなく別れ来りて六十年年賀の交わりこの春終わる
  白杉 みすき
 吾の事誰だかわかりいるらしい姉との会話今日はスムーズ
  並河 千津子
 間近くにありて日々見る吾が母校学童疎開以後戻るなく
  松野 万佐子

 

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