平成27年11月号より

 

 
    選     
 
     桑 岡 孝 全           
 故ありて離郷せし君病床にて帰住の企図も洩らししが空し
 頬そげて臥りいましし終の日々を思い浮かぶる事避けている
 スポーツ紙巨人勝利を報ずるを携えて病床を訪いて日を経ず
 スマートホンを欲りて夫人に叱られし友を思うももう世を隔つ
 だだびろき新大阪駅の構内を今日よこぎるに訪わん友亡し
 
   高 槻 集
   坂本 登希夫     高知
 眠うなったので眠りますと妻の逝きしは二十七年前の七月十日
 葬儀社の車で妻の遺体を連れ帰り長く締め居し家の戸開けき
 長く締め居し家に妻の遺体を置き三人の子らに電話したりき
 三男の嗣子の来れば遺体を委ね吾は隣室にしばし臥したり
 火葬場へ吾れ付き行かず一人臥し妻の遺骨の帰るを待ちき
 仏壇におきし遺骨を枕べに下ろして臥しし四十八夜
 県推計百歳以上は六百三十人百一われ戦場の生き残り
   高間  宏治     小金井
 サラブレッド競う競馬場今は平和われの脳裏に川西飛行機工場
 粗食による下痢と大量の蚤の襲撃連夜の空襲今に忘れず
 夜に続く朝の空襲警報に同室の誰も部屋を動かず
 B29この工場を狙うらし友と甲山目指し走りぬ
 着弾の一瞬前の静寂の直後大地のわれを持ち上ぐ
 波状爆撃の間を抜いて駆け続け甲山の叢に命預けぬ
 爆弾の破片背に受け泣き叫ぶ他校の生徒いかになりけん
   中谷 喜久子     高槻
 爆音のきこえぬ朝を人々は田にいでて励みき終戦を知らず
 玉音放送聞きて唖然と居し人ら一人二人と去りゆきたりき
 八月十五日四人姉妹の吾が家に大き声して男子生れき
 敗戦より六十一年弟は老いづく吾ら置きて逝きにき
 盂蘭盆会近き日暮を庭にとぶオニヤンマ見るいくとせぶりか
 庭に咲く秋海棠を供花にそえ父母のみ墓へ盆参りする
 来年は送られる方かと呟ける夫と二人送り灯をたく
              ■  推奨問題作   (9月号から)     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
 空襲で焼け落ちたりし朝汐橋の家の番地を今も諳んず
  上野 美代子
 参列は十名ほどの家族葬吾ら夫婦を年長として
  奥嶋  和子
 日々替りマスクして来る看護士の顔を覚えず五日目となる
  川中  徳昭
 わが夫は背広一着仕立てると疲れ取るべく点滴にゆく
  武田  壽子
 父と母小麦の脱穀していましきその時門辺に立ちし復員のわれ
  竹中  青吉
 独り言めきて続くるわが授業うつぶせ寝より覚むる目と合う
  中道 英美子
 いつもより早く起き出で出勤のラッシュに交る今日視野検査
  春名 久子
 黒々とひろがろやまずわが視野の果に烽火のおこる兵站
  堀   康子
 床板を拭きつつ思う孫たちの足形つかずなりて久しき
   松内 喜代子
 手の平に指で名前を書いている初対面なる緑児の名を
  松本  安子
 働きて一年挫折したる孫わがもとに来て朝寝している
  森口  文子
 ナツツバキ咲きはじめたりゆくりなく母の忌日の六月八日
  山内  郁子

 

                 

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