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桑
岡 孝 全 |
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故ありて離郷せし君病床にて帰住の企図も洩らししが空し
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頬そげて臥りいましし終の日々を思い浮かぶる事避けている
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| スポーツ紙巨人勝利を報ずるを携えて病床を訪いて日を経ず |
| スマートホンを欲りて夫人に叱られし友を思うももう世を隔つ |
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だだびろき新大阪駅の構内を今日よこぎるに訪わん友亡し
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高 槻 集
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| 坂本 登希夫 高知 |
| 眠うなったので眠りますと妻の逝きしは二十七年前の七月十日 |
| 葬儀社の車で妻の遺体を連れ帰り長く締め居し家の戸開けき |
| 長く締め居し家に妻の遺体を置き三人の子らに電話したりき |
| 三男の嗣子の来れば遺体を委ね吾は隣室にしばし臥したり |
| 火葬場へ吾れ付き行かず一人臥し妻の遺骨の帰るを待ちき |
| 仏壇におきし遺骨を枕べに下ろして臥しし四十八夜 |
| 県推計百歳以上は六百三十人百一われ戦場の生き残り |
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| 高間 宏治 小金井 |
| サラブレッド競う競馬場今は平和われの脳裏に川西飛行機工場 |
| 粗食による下痢と大量の蚤の襲撃連夜の空襲今に忘れず |
| 夜に続く朝の空襲警報に同室の誰も部屋を動かず |
| B29この工場を狙うらし友と甲山目指し走りぬ |
| 着弾の一瞬前の静寂の直後大地のわれを持ち上ぐ |
| 波状爆撃の間を抜いて駆け続け甲山の叢に命預けぬ |
| 爆弾の破片背に受け泣き叫ぶ他校の生徒いかになりけん |
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| 中谷 喜久子 高槻 |
| 爆音のきこえぬ朝を人々は田にいでて励みき終戦を知らず |
| 玉音放送聞きて唖然と居し人ら一人二人と去りゆきたりき |
| 八月十五日四人姉妹の吾が家に大き声して男子生れき |
| 敗戦より六十一年弟は老いづく吾ら置きて逝きにき |
| 盂蘭盆会近き日暮を庭にとぶオニヤンマ見るいくとせぶりか |
| 庭に咲く秋海棠を供花にそえ父母のみ墓へ盆参りする |
| 来年は送られる方かと呟ける夫と二人送り灯をたく |
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■ 推奨問題作 (9月号から)
編集部選 |
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現実主義短歌の可能性拡大をめざして |
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| 空襲で焼け落ちたりし朝汐橋の家の番地を今も諳んず |
| 上野 美代子 |
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| 参列は十名ほどの家族葬吾ら夫婦を年長として |
| 奥嶋 和子 |
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| 日々替りマスクして来る看護士の顔を覚えず五日目となる |
| 川中 徳昭 |
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| わが夫は背広一着仕立てると疲れ取るべく点滴にゆく |
| 武田 壽子 |
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| 父と母小麦の脱穀していましきその時門辺に立ちし復員のわれ |
| 竹中 青吉 |
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| 独り言めきて続くるわが授業うつぶせ寝より覚むる目と合う |
| 中道 英美子 |
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| いつもより早く起き出で出勤のラッシュに交る今日視野検査 |
| 春名 久子 |
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| 黒々とひろがろやまずわが視野の果に烽火のおこる兵站 |
| 堀 康子 |
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| 床板を拭きつつ思う孫たちの足形つかずなりて久しき |
| 松内 喜代子 |
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| 手の平に指で名前を書いている初対面なる緑児の名を |
| 松本 安子 |
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| 働きて一年挫折したる孫わがもとに来て朝寝している |
| 森口 文子 |
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| ナツツバキ咲きはじめたりゆくりなく母の忌日の六月八日 |
| 山内 郁子 |
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