平成27年12月号より
 
    選     
 
     桑 岡 孝 全           
 友の喪に服する如く経る日々に年賀葉書を言わるれば買う
 僧か医となるをねがいし父の意にしたがわずして今や老耄
 父の意の僧にも医にもならざりきなり果(おお)る器にあらざりき
 寺に生れし嘆きを小説に書こうとせし桂真澄は永らえありや
 月刊歌誌の表紙を占めて膝をいだく山口克昭少年孤独
 
   高 槻 集
   高間  宏治     小金井
 今日訃報聞きたる友は中秋のこの名月を見ずに逝きしか
 半年前車椅子タクシーで会いに来し今生の別れの積りなりしか
 飄々と己が病状を語りいし江戸っ子君をわれは悲しむ
 新薬のモルモット役はもう御免われに慰める言葉なかりき
 弟君も兄貴の君も七十年のつき合いなりきああ七十年
 千葉の田舎に合宿用の藷もとめ君と行きしは昭和二十二年
 かにかくにこの名月も庭に匂う金木犀も忘れざるべし
   伊藤 千恵子    茨木
 在りし日に君恋いまししふる里の出雲にみ魂の還りいまさん
 妹を去年喪いしかなしみの癒えぬに君と世をへだてたり
 みまかりて既に二十日のすぎゆきて秋の彼岸を今日迎えたり
 宍道湖のほとりに宿りて妹と君のふるさとを旅せし日あり
 年へだて秋の彼岸に逝きまししわが姉夫婦を思う今夜は
 秋暑き日差の中に咲きているおみなえしの黄の小さき花むら
 血圧の薬ひとつを増やされて朝々を服む錠剤五つ
   坂本 登希夫     高知
 栴檀の太木の青枝しだるるを見つつおり百一の脳の澄みゆく
 台風の過ぎゆく朝を湯に浸る百一は四肢を思いきり伸ばし
 幾度も寝返りしつつ眠られぬ夜を看護師にアイスノン借りる
 一万の兵溺死せしシッタン河眠れぬ夜半に思いいでたり
 濁流の夜のシッタン河萱束の筏で一夜分隊渡河す
 三米の切岸をかにかく這上がりジャングルの菩提樹下に臥りき
 一万八千戦死せし吾が廿八軍シッタン平野を吾が分隊脱す
              ■  推奨問題作   (10月号から)     編集部選
                       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
 洪水の避難準備の警報に二階で寝よと子のメールくる
  角野 千恵
 いつも同じ姿勢に座卓にありし父抽出しに眼鏡時計を遺す
  岸本 良子
 異国よりのツアーご一行家族づれデパートの売り場走り回る児
  久保 和子
 椅子一つ踊り場に置くクリニック足を止めずに一気に上がる
  佐藤 千惠子
 米軍に逐われて終るわが生(よ)かと暗然と思う夜のありたり
  高間 宏治
 施設より帰りて一人住む母は臥す事多し笑顔の消えて
  中原 澄子
 俄かなる弟の訃にわが兄の長まることの多くなりたる
  春名 久子
 獣医科も高齢化なりおとなしく準番を待つ犬と猫たち
  板東 芳美
 梅雨の雲切れて青空見ゆる朝長く行かざる旅を思いぬ
   安西 廣子
 幾つかの病を持ちて老いゆかん言わるる、ままに服薬をして
  伊勢谷 征子
 家財なべて戦火に消えし間借り暮し家族の無事をより所とし
  上野 美代子
 みちのくの秋保の旅の写真あり夫には癌の兆しし頃か
  小倉 美沙子

 

                     ホームページに戻る