平成28年2月号より
    関西アララギ創刊70周年記念年
    
  選者の歌
  桑岡 孝全  大阪
 
 いとまあり今日見舞わんとまた思う友身罷りて日を重ぬるに
 晩年のわが母こころ受傷すれば昼より夜具を述べて臥(こや)りき
 大戦と天皇とえにしは浅からず今上の言動ときに涼しげ
 花坂村大工杢市わが祖父の写真一葉いまいずこなる
 払底品パイナップル缶を欲りて得て祖母みまかりき敗戦前年
    550号記念合同歌集の場合
    (続 関西アララギ作品回顧)  2  
  
  山口 志麻    大阪
 
 罵倒に耐うる夜のありカウンターに気違い水を売る吾なれば
 吾が店の常連となりて十年か髪うすくまた白き誰彼
 雨風の音しるき夜は客のなくカウンターに吾の読書三味
  70周年記念30首競泳
   
      心支度      山内 郁子
 戦争の終りし頃を嫁ぎきてわれはこの街の人となりたり
 智慧知識乏しき身にて父母に習いこの集落に寺家守りきぬ
 入相(いりあい)の鐘撞くわざも実につきて心しずかにその刻待ちぬ
 境内にかかわる小さき荒仕事に励みきたりし日は遥かなり
 宵々を境内の樟に渡り来し青葉梟の声久しく聞かず
 ホーホーと二声啼ける青葉梟の冴えたる声に癒されたりき
 いさかいは心の奥の痛む故安心(あんじん)に身をゆだねんと決む
 意気地なき吾を励ましくだされし友思いつつ樟落葉寄す
 青深きカリブ海にて憩いにし旅は汝との一会となりき
 七十年住みたる寺の大樟の下に涙せしことのいくたび
 香合を傍らに置き時折に目を瞑りつつこころ鎮むる
 何変るものなき今日を立つ庭に真白き蓮の二輪ひらきぬ
 出過ぐるを好むなかりし夫なりき閑かにわれと余生送りて
 残る世を生きつぎてゆくほかはなし心明るき日も暗き日も
 面影を追いて立つ庭ラグビーに鍛えし夫は逞しきまま
 木の葉散る如くにわが歯抜けてゆく年取ることは鬱を伴う
 何も見えず何も聞こえぬ昼暗き庫裏にながまる日の多くなる
 悔い多き一世と思う朝の御勤め終えてはつかに心落ちつく
 軽やかな白南風(しらはえ)の下面あげて夫の墓碑の供華買いに行く
 木の眠り虫の眠りを妨げぬように読経す未明の墓所に
 定命(じょうみょう)の中惑いつつ生くる日にナツツバキ庭に紛うなく咲く
 老い込めば気を使うこと遠ざけて恙無き日をしみじみと居る
 成りゆくはなべて任せて暮らす日にコブシは小さき莟を掲ぐ
 起きがけによき事一つ身にありて水色の空暮るるまで澄む
 今上(こんじょう)の喜びとせんブッダガヤに拾いし菩提樹の種の発芽を
 釈尊の褥(しとね)とされし吉祥草(きちじょうそう)の手入れは吾の役目となりぬ
 現生(うつしよ)の旅はトルコに終りたり彼の岸向きて行くこれよりは
 み仏はしずかに手を延べ給うなり夜の眠りは常にやすらか
 見返りを願うことなく過ごしきてこの天地(あめつち)に老いを養う
 焦るなく心支度を整えて夫待つ浄土へゆく日を待たん
     推奨問題作 (12月号から)  編集部選
       現実主義短歌の可能性拡大をめざして
 
 はらからはなべて臥れり電話にて声を聞くなく秋深まりぬ
  春名 久子
 みささぎの塒に帰る鴉数多涼しくなれる九月の空に
  松内 喜代子
 商品にならぬ小さき故里の蛸がとどきて蛸飯かしぐ
    森口 文子
                       
 水漬きにし舅御骨を拾い得ず戦士証明に戸籍を消除
  安井 忠子
 胡桃に見ゆる石つぶて投弾(とうだん)と記されありて石鏃に並ぶ
  山口 克昭
 戦終え七十年を心病み病室にのみ暮らす兵のこと
  脇本 ちよみ
 百三十に余るを掲ぐる二科百年展女性の作品二点まじえて
  安西 廣子
 久し振りに誘われたる繁昌亭たのしみながら居眠りもする
  上野 美代子
 同窓会案内状の届かずと夢に告げ来し友世を隔つ
  金田 一夫
 鳥の声繁きあしたの公園に主逝きたる二階を仰ぐ
  黒川 理子
 一万の兵溺死せしシッタン河眠れぬ夜半に思いいでたり
  坂本 登希夫
 日をたがえ欠席をせしクラス会の写真とどきて心複雑
   沢田 睦子

 

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