1999,3,23掲載  ミツバチの生態    「へんな虫はすごい虫」
  (安富和男)より

     1.食べ物で決まるミツバチの運命

 ミツバチの女王は一分間に2個のペース、一日に2000個もの卵を毎日生む。しかも長寿で7年も生きる。数万匹の働きバチは同じメスになる卵から生まれながら、卵巣が発達せず、労働に明け暮れて一ヶ月の短い寿命を終える。女王になるか働きバチになるかの運命を決める鍵は幼虫時代の餌の質的な違いにある。
 王台という特別室に産み付けられた一個の卵からふ化した幸運児は、全幼虫期間を通じて、王乳(ローヤルゼリー)に埋もれるような状態で、これを大量に食べて新女王に成長する。王乳は保育係の若い働きバチが体内で生合成した高栄養価、乳白色のミルクであり、下咽頭線(かいんとうせん)から分泌される。
 一方、六角形の蜂房(ほうぼう)に生まれた卵からふ化した幼虫の餌は、初めの三日間こそ王乳に似た液体であるが、後半はハチミツと花粉が主体になり、働きバチとして育つ。
 羽化した働きバチはさらに経口避妊剤まで飲まされる。働きバチは女王の大顎線(おおあごせん)から分泌される9オキソデセン酸など五成分が含まれる「女王物質」に強く引きつけられて、さかんになめる。女王物質は働きバチの卵巣の発育を抑制する 階級維持フェロモンであり、仲間同士で頻繁におこなう口移しの餌交換で、たちまち巣内の働きバチに広がる。しかも女王物質は働きバチの体内で代謝産物になって蓄えられ、口移しの餌とともに女王バチに戻ってくると酵素作用で活性がよみがえって再使用される。無駄のないリサイクル術である。
 ミツバチ社会のメスは女王バチと働きバチという二つの階級(カースト)に分かれ、それぞれが分業している。結婚飛翔の時空中で交尾したあと、女王の役目はもっぱら産卵一途で、他の機能は退化してしまい、食事の面倒まで働きバチにみてもらう。働きバチの方は卵巣が萎縮して産卵機能を失っているが、そのかわり巣の維持に必要な掃除、哺育、門衛、訪花による蜜集めなどの仕事一切を受け持つ。ミツバチは昆虫類進化の頂点を極めているといってよいだろう。

2.女王バチのピンチヒッター


 9オキソデセン酸を主成分とする女王物質は、働きバチの卵巣発達を制御したり王台の形成を阻止する「階級維持フェロモン」のほか、分封(巣分かれ)のときに群飛する働きバチを一ヶ所に引き集める「集合フェロモン」、新女王が空中で交尾する際にオスを誘引する「性フェロモン」の三役を兼ねている。
 数万匹の大社会に君臨した女王バチが突然に死んだらどうなるのだろう?「女王物質」や脚のふ節線から分泌されていた「足跡フェロモン」が消えてしまう。新しい王台の形成を抑制する役をしていたこれらの物質がなくなるので、働きバチに変化がおこる。働きバチはふ化後三日目までの若い幼虫を数匹探しだし、その部屋に改造を加えて緊急用の王台づくりにとりかかる。選ばれたシンデレラ姫は王乳(ローヤルゼリー)を与えられて育ち、天下の一大事はめでたく解決することになる。
 女王物質には働きバチの卵巣が発達するのを抑える作用もある。女王が死んで、もし巣の中に若い幼虫がいないときは、抑制された働きバチの卵巣が目覚めだし、やがて産卵できるようになって急場をしのぐ。
 女王がいるのに働きバチが新しい王台をつくりはじめるの は、女王が娘の新女王に巣をゆずる前におこる。女王物質の生産能力が四分の一に低下して、王台づくり行動の抑制が解かれるからである。新女王が誕生すると、古い女王はお供の働きバチを大勢連れて巣から出てゆく掟になっており、別の所に新しい巣を作る。これを分封という。分封が終わって新しいすみかに定着すると、女王物質の生産が再び活発になり、集団は統制される。
 また、複数の新女王が育った場合、先に羽化した王女がほかの王台の壁を食い破り、妹の王女を殺してしまう。同時に羽化したら骨肉の争いとなり、生き残った一匹が新女王として君臨する。女王の毒針は働きバチと違って外敵を刺すことなく、姉妹の決闘のときだけ使われる。

3.ミツバチの♂♀の役目

 仕事熱心な日本のサラリーマンがよく働きバチにたとえられるためか、せっせと蜜を集めるミツバチはオスと勘違いされることが多い。しかし、働きバチはすべて中性化されたメスで、オスは何も仕事をせず餌の蜜まで食べさせてもらう。ただ一つの役目は新女王と交尾して精子を与えることだけなので、うらやましい気もするが、その末路は哀れである。
 働きバチの役割は羽化後の日齢(日数)によって、次々に変わってゆく。成虫になると先ず巣の掃除をする。三日経つと口からハチ乳を出して幼虫を哺育する。羽化後二週間ぐらいになると蜜蝋を使って巣作りをしたり、巣に帰ってきた先輩(姉)から蜜を受け取って貯蔵する仕事に専念する。羽化後20日経つと巣の門衛役を、2〜3日してからは外勤に転じ、残されたわずか10日の短い命を蜜や花粉を集めて過ごす。従って、私達が見かけるのは年をとった働きバチである。
 ミツバチの女王は、メス(女王と働きバチ)、オスの卵を自由に生み分ける。巣部屋の大きさと体の仕組みで別々の卵が出てくるからである。オスの卵を生む時は受精嚢(じゅせいのう)の口が閉じて精子を出さず、単為生殖の不受精卵に なる。従って、オスの染色体数はメスの半数しかない。
 体が働きバチより太くて目玉(複眼)の大きなオスは、春から初夏にかけて、数百匹から3000匹羽化する。働きバチから口移しで蜜を食べさせてもらっているが、晴天の日に巣から出て地上15b以上の空中で新女王が来るのを待ち受ける。新女王が女王物質(性フェロモン)を発散させながら舞い上がると、群飛していたオスは懸命に追いかけ、飛翔力のすぐれた一匹が空中交尾に成功する。わずか数秒の交尾が終わった瞬間、オスはショック死して落下する。命をかけた恋である。しかし、精子は受精嚢に蓄えられて数年間生き続け、女王の産卵時に使われる。
 結婚にあぶれたオスは再び巣に戻って暮らすが、秋風が吹き始めると巣から追い出されて飢え死にしてしまう。


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