2000,7,18掲載 スズメバチを熱殺するニホンミツバチ

 ミツバチが生活圏を確保できるのは、たぐいまれなる餌集め戦略と天敵の種類に応じた極めて有効な防衛戦略を平行して発達させたからにほかなりません。
 たとえば、ミツバチの毒針による執拗な刺針行動は、哺乳類を中心とする多くの天敵に対して有効だし、また彼等が植物樹脂を集めたハチヤニ(プロポリス)には各種の微生物に対する抗菌性が認められます。

 さて日本には、東南アジアから中国、韓国にかけて広く分布するトウヨウミツバチの北限種「ニホンミツバチ」が土着しています。
 このニホンミツバチは、昔から同所的に暮らしてきた厄介な天敵「キイロスズメバチ」を200〜300匹以上の働き蜂からなる蜂球に封じ込めて「蒸し殺す」という、極めて特異な防衛行動を進化させています。

最初は振身行動で牽制
 キイロスズメバチの働き蜂は、7〜10月頃ミツバチの巣へ飛来し、巣門の前でホバリング(停止飛行)をしながら、主に帰巣する働き蜂を捕らえます。
 その後付近の木の枝などに後肢で逆さまにぶら下がり、捕らえたミツバチの頭部、翅、肢、腹部を大腮で切り落とし胸部だけを肉だんご状にまるめて巣へ持ち帰り、幼虫の餌とします。
このようにして、一日に多数のミツバチが犠牲になります。

 一方、スズメバチの飛来時に巣門の前で迎え撃つ30匹以上の門番が、腹部を高く持ち上げて一斉に左右に激しく振る行動を起こします。
 スズメバチは一匹のミツバチに的を絞れなくなったり、巣門の前で落ち着いて待ち伏せできなくなってしまうらしく、この行動が捕食効率を下げるためにかなり意味があると言う。

必殺!蜂球による封じ込め
 もしキイロスズメバチが巣に近づきすぎて、門番のミツバチにつかまってしまった場合、次々に突進する門番を振りほどく間もなく、瞬く間に直径5pほどの「蜂球」に封じ込められます。
数秒の出来事ですが、これがキイロスズメバチの運の尽き、生還の望みは0%です。

何と死因は熱殺
 キイロスズメバチを封じ込めた球状の蜂球は、ミツバチ達がしっかりとスクラムを組んでいるので中は見えないが、「熱い」と言う。更に刺針行動は全く見られないと言う。

 こうした現象の謎を解明したのが、玉川大学農学部ミツバチ科学研究所のグループである。
蜂球が形成されるやいなや内部の温度は急激に上昇し、4分以内で46℃以上に達した。
約20分間45℃前後の高温が維持され、ゆっくりと蜂群の中心部の温度(約34℃)レベルまで下降。その後、温度は外気温レベルまで急激に下がった。
 蜂球20例の内部の最高温度は45〜47℃あり、蜂球に参加しているミツバチが積極的に発熱していることがわかった。
 問題は、その発熱だけでキイロスズメバチを殺すことができるかどうかだが、彼等はニホンミツバチとキイロスズメバチの上限致死温度を比較した。
 その結果キイロスズメバチは、39℃で激しく歩き回り、43℃で排尿する個体が現れ、44.5℃に至ると全ての個体が痙攣を起こし歩行不能となり、45〜47℃に達すると完全に動きが止まる。実験開始後11.5分経った48℃の時点で容器から出し、室温20℃に放置したが、もはや蘇生しなかった。

 一方ニホンミツバチの場合は、行動が正常より活発化するのは39℃だが、痙攣し歩行不能となるのは47.5℃を過ぎた時点、完全に動きが止まる個体が出たのは48℃からで、50℃に至ると完全に動きが停止。
50℃の時点で室温下に放置したところ、10%が蘇生した。
 蜂球内部の温度がキイロスズメバチの致死温度を上回るレベルで、20分間以上も継続していることを考えれば、ニホンミツバチが刺針を使わなくても蜂球内部の温度だけで、その天敵を倒しうることが明らかであると言う。

 しかしミツバチを餌として好むスズメバチが分布しない欧米からきた「セイヨウミツバチ」には、このような研ぎ澄まされた防衛戦略は観察できず、この行動の進化の背景には「食う者」と「食われる者」との長い共存の歴史にほかならない。(参考文献;ミツバチのはなし)  TOP