第1回同期会模様

1996年5月25日開催

   
 

   1996年に卒業以来初の同期会が開催されましたが、当時の「同期だより」の記事とクラス写真でその模様を思い出してください。この2回の同期会の写真を見比べて、大きく変わった人、全く変わらない人さまざまです。40代も半ばになっていますので、当然といえば当然ですが、次回は50代での再会ですが、皆どんなになっているのか想像もできませんね。

 

 

 

20年ぶりの再会報告 (同期だよりより)

その日
  5月25日、高校卒業後、20年目にして始めての同期会が開催された。
  朝、目覚めて窓の外を見る。好天だ。当日、足が鈍る仲間もこれで少ないだろうと思うと、まずは一安心。本当にホッとした。というのも、この日のために世話人会を開催するだび、雨はもちろんのこと、雪まじりの日さえあったからだ。
  午後2時30分、同期会開始30分前。開始まで待ちきれないかのように、早々に仲間がやってくる。「おお、久しぶり!」「キャー!」受付では早くも同期会の前哨戦が始まっている。「全然かわっていないじゃない!」変わらぬ姿の仲間にそんな声がかかる。すっかり変わってしまった仲間とは、「今、どうしているの?」。開始時刻が近づいているのに、受付の前に人が停滞し、進まない。
  恩師も続々お見えになられる。会場正面右側に用意した恩師専用席までのアテンド役は、平山(新沢)さん(2)と河合(金森)さん(8)。2人とも現役の教員だけに、恩師の気持ちはよくわかる?藤田先生は、残念ながらご都合がつかず欠席されたが、その他の8名の先生とはお会いすることができた。(エンタは少々遅れて登場。退院間近の病院の外出許可をとり、わざわざご出席。感謝感謝。)
  いよいよ、開会。司会は清水君・野島(加世田)さん・柳(山田)さんの7組トリオ。同期会に先立ち、既に他界された一柳君(7)のために黙祷をささげる・・・・。

同期会
  まずは、恩師の紹介。どの先生方も昔とお変わりなく、羨ましい。吉野先生は肌のツヤが相変わらず、しかもスマートになられ、女性達のため息を誘った。9クラスの先頭、1組の荒井先生に音頭をとっていただき、歓談へ。
  久しぶりの対面で戸惑わないよう、各テーブル毎に卒業時のクラスメートが集まれるようになっているせいか、周囲には話し相手がたくさん、ただ、異性に対してはなんとなく照れ臭く、お酒がすすむまではなかなか声がかけづらい。
  ほどなく恩師の近況報告がスタート。箸が止まる。この20年の時を超え、高校時代の先生の授業、思い出が脳裏によみがえる。加えて、一人の大人として、恩師の生き方に聞き入ってしまう。この日、同じホテルで開催されたラグビー部の創部50周年記念行事にお見えの体育・浅野先生、山谷先生にも飛び入りでスピーチいただき、一層の盛り上がりを見せた。実家が母校の脇にある小美濃(久保)さん(8)撮影による現在の高校のよう臼を写したスライドも、本人の開設に金尾先生(お宅が母校の近隣)・高橋先生(一昨年まで母校にて教鞭)のコメントが加わり、楽しかった。
  同期会も終わりに近づき、クラス毎に恩師と共に記念撮影を行う。その後、恩師への謝辞を尾崎(神山)さん(4)が述べる。そして、感謝の気持ちを込め、花束と記念品の贈呈、男の先生へは担任クラスの女性から、塚谷先生・内田(高沢)先生へは男性から手渡すという趣向。渡す方も、貰う方も気恥ずかしい様子。続いて、久しぶりに校歌を斉唱。声の調子が出てきたところで、元応援団の奥山君(5)、田中君(9)のエールにあわせ校友の歌。歌いだすと思い出す。テレビでのナツメロ番組が根強い人気なわけだ。
  あっという間だった。もう終わりなの?という雰囲気の中、閉会。118名の仲間との、そして恩師との、新たなメモリアルデーとなった。

2次会
  同期会もよかったが、2次会はそれ以上に盛り上がった。貸切の会場に、びっしり。隣り合わせの仲間と肩がふれあう。ビールの追加が、間に合わない。同じクラスになったことがない仲間とも、違和感なく話しができる。不思議だった。2次会が終わり、店の外でこの先の行動を決めかねる仲間の多さが、文字通り,名残り惜しさの大きさを象徴していた。

 
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