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歌集 タイトル  




      こりこうになれず馬鹿にもなりきれず
               遠き花火の音聞きている
                余白ではありたくないと七宝の
                      彩を焼きたり我を焼きたり
      樹々の葉を迷子にしたる風邪の譜へ
              あかきゴム毬はずみつづける
                愚かなる男でありし愚かなる
                       女でありし雪はひたすら
      いますこし生きて私を抱きくれ
             落ち葉しぐれに舞う父の雁
                 千のいろ万の彩より選びたる
                          翔べない色と飛びたきいろを

      ただいまと弾む少女が負いてくる
             
ドアいっぱいの夕やけの彩

                 消しゴムで消してばかりのデッサンに
                         太陽ひとつ動かずにいる
      子の寝息うすくれないにたしかなり
             戦争知らぬ両手ひろげて
                  親くらい馬鹿な生きものはないと言う
                        母に似ているわが膝がしら

       器用には生きられないわれ今朝も
             四角い豆腐をしかくく切りぬ

                    発想の転換などと言い聞かせ
                          己れは今日もなれし靴はく

       今日もまた計量カップに計られて
               スープの味は上々である

                   透明なビニール傘に雪つもり
                       「よひょう」の好きな「おつう」がひとり

       夫のため子のため夕餉の支度する
              シャボンの泡を時に舞いあげ

                  見えるもの見えないものをも見るための
                          眼鏡の曇りたんねんに拭く

       もうでなくまだこれからと向日葵は
              天にむかいて黄を放ちおり

                  蝶でなく蛾として生るるは罪なるや
                        打たれて鱗紛をただに散らせる

       人の死を他人のことと思いしも
              モノトーンの裡にあるわれの死も

                  窯変の彩それぞれに輝きぬ
                         千度の釜にこころあずける




                                                  本
1996年刊行