二昔前の台湾紀行


プロローグというほどのものではないけど・・・

 今を去ること約20年近くも前の1986年、 台湾に行きました。表向きの目的は観光ですが、 実際のところは・・・  まぁ、台湾の鉄道に乗ってみたかっただけなんですが… 
 相方は、鉄道には何の興味もない、会社の後輩S君。 ひたすら引っ張り回された彼にしてみれば、 迷惑そのものの旅だったかもしれませんが (ヤツは絶対に否定しないと思う)、 近代化直前の台湾はなかなか興味深いものがありました。 全体の印象としては、当時の日本の10年ぐらい前の姿、 と言うところだったでしょうか。

 その時の写真を当HPの写真館にUPしようかと整理していたら、 メモやら時刻表やらが出てきて、 しばらく時の過ぎるのを忘れて見入ってしまいました。 で、ついつい書いてしまった予定外の旅行記です。
 まだまだ古きよき雰囲気を残した時代の台湾紀行、 よろしければ、ちょこっとお付き合いください。


1日目

とりあえず、機嫌が悪い。
 周りにはきらびやかに並ぶお姉さんがたと、 にこやかに話しかける男性1人。 場所は、台湾 台北市内。 時間は午後2時過ぎ、と言うところである。
「ささっ、どの娘にします?」
「だから、結構です。いりません」
「ニッポンの人、最初、そう言います。 恥ずかしがらなくてもダイジョウブ」
「観光に来たんです。必要ありません」
「通訳にもなるし、ベンリですよ」
「・・・」
こんな問答を既に20分程繰り返している。

 会社の後輩S君と台北の中正国際空港に着いたのが、 約1時間半前。 空港で待ち合わせをした楊さんなるガイドに市内まで案内され、
「まず、打ち合わせしまショ」
と連れ込まれたのが、 “姫美”なる見るからに怪しげな高級?クラブ。 で、打ち合わせの内容がコレである。
 隣に座ったチャイナドレスに身を包んだ カワイイ娘から手渡された“カッパえびせん”を つまみながらの対応だから、 いささか説得力に欠ける部分はあるにしても、 そんな気は全くないし、余分な金の持ち合わせもない。 大体にして、一目でその手の方とわかるお姉さんを連れて 街を歩くなんて恥ずかしいマネは断じてできない。 それに、説明が面倒なので“観光”などと言ったものの、 観光する気すらほとんど無い。
 個人的には、台湾の鉄道に乗れればそれでよい。 貴重な昼日中、こんな薄暗い部屋で こんなことをしている暇は無い!
   と言う訳で、キレる直前である。 S君はと言えば、こっちが困ってるのを見て、 ニヤニヤとなんだか楽しそうである。 良識派を持って任ずるS君だから、 こんな話にはノらないと思っていたのだが、 そうでもないのかな?  だったら交渉事はコイツに任して、 1人で汽車に乗りに行っちまおうかとも思ってしまう (おっと、中国語では“汽車”は自動車の意味となってしまう。 鉄道の汽車は中国語では“火車”。もう火車に乗りに行っちまうぞ)。
 まだ、何かしゃべりたげなガイドに、 「スケジュール表だと、この時間は市内観光でしょう。 今、ここにいるのは観光ですか?  話が違うのじゃないですか?」 と、多少、声を荒げる。忠烈祠 衛兵の交代 で、さらに10分ほどの日本人の沽券をかけた?闘いがあり、 ようやく南国の太陽の下へ開放される。
 時期は6月。3時近くになっても まだまだ高い位置で太陽が輝いている。 北回帰線に近いだけのことはある。 と感動に浸るまもなく、 せっかく暗がりから開放されたのに、 次は土産物屋のハシゴが始まる。 観光にもそれほど興味がないが、 連れて歩かれる買い物にも興味がないので、 またしてもブチブチとキレそうになる。
 まぁ、今思えば、 「やれやれ、まだまだ青いですな…」 と言うところだが、そんなこんなで、 台湾に着いてホンの数時間で、 この島国に対する印象は既に最悪の状態である。

 ようやく買い物ツアーが終わり、 忠烈祠という台湾の靖国神社に相当するところを“観光”して、 台北駅裏にあるホテルに入った時には既に夕刻。 今回の旅行、一応はパック旅行なのだが、 メンバーは我々の二人だけ。気楽でいいや、 などと思っていたのだが、いきなり標的にされて 逃げ場がない、ってな感じ。 う〜、初日にしてもう疲れ果てた。。。
 なんて言ってる場合ではない。 投宿したホテルのロケーションは台北駅のすぐ裏手。 初めての来た国の首都の駅を目の前にして 休んでなんていられない。 さっきまでの不機嫌なんてどっかへ飛んでって、 駅へといってみる。S君はどうするかと思ったが、 とりえず付き合うと言う。
 ホテルを出て、大きな通りを渡るのだが、 だぁれも信号なんか守っちゃいない。 横断歩道もあってなきが如し。 目の前を家族5人を乗せたバイクが走り抜けていく。 イキナリ目が点、である。 ともかく、車の隙間を縫うように渡っていく 現地の人を見習って、強行突破! だ〜っ、怖かった!!
 ようやくたどり着いた台北駅の裏口。 なんだかバラック建てのような 粗末な建物に「台北後站」と書いてある。台北後站 中国語で駅は「站」と書く。 で、台北站の裏口ということで 後站となるのだろうが、 それはそれとしていくら駅裏側とはいえ、 一国の首都の玄関とは思えない駅舎である。 まぁ、味わい深いといえば味わい深いが…。
 その味わい深い駅の窓口で 「月台票」と書いたメモを見せる。 月台は、プラットホームのことで、 票を付けると入場券の事となる。 3元の月台票を手に改札を抜け月台へ向かうが、 この台北駅、今でこそ地上6階地下2階の 堂々たる駅舎を持つ地下駅となっているが、 この時はその地下化工事の真っ最中。 工事現場には覆いがかけられ、 あちこちに資材が並べられ、いかにも雑然としているが、 覆いには「鐵路地下化是現代都市的象徴」のスローガンが書かれており、 鉄道の地下化にかける意気込みが伝わってくる。
 ホームはと言えば、あるいは戦前から変わってないのか、 “月の台”という優美な名前とは裏腹に 古い鉄骨で組まれた上屋が掛かっている。 地下化されれば当然消え去る運命にあるホームに オレンジ色の電気機関車に牽かれた縦貫線の普通列車が停まっている。 青地に白線を入れた客車は日本の国鉄の10系客車のような造りだが、 両開きの扉が備えられ中のシートもロングで 通勤仕様のようである。 続いて、隣のホームにはステンレスの ディーゼルカーが入線してきた。
 台湾鉄路局自慢の自強号を見たいと思うが、 その気配はない。 今回のパック、明日は夕方からオプションパックに 付き合わなければならないが、 それまではフリー、明後日は終日フリーとなっている。 焦ることはない。 今日は時刻表だけ買ってホテルへ引き上げることとしよう。

 まぁ、何にしても疲れた (半分は気づかれ、と言う気もするが)。 夕食はホテル内のレストランで、コーヒーと サンドイッチで軽く済ませて、とっとと就寝。 と思ったら、トントンとノックの音が…  何かと思えば、ボーイが顔出し片言の日本語で、
「イイ娘、イルヨ。イマ欲イデスカ?」
「いらない、今日は疲れてる。もう寝る」
「トテモイイ娘デスヨ」
「いらない!」
と言って、強めにドアを閉める。 あ〜、スゲー疲れた…。


2日目

 朝食はホテルのレストランで、 ハムエッグとトースト。 一緒に出てきたジュースがうまい。 オレンジ系だと思うが、これまで経験のない味である。 なんとなく南の島に来たような気がしてきた。
 人心地ついたところで今日のスケジュールを検討。 初めての国でもあるし、S君とは今日は一緒に行動することとし、 明日はそれぞれ単独行動をする、と言うことで話がついている。 とりあえず、今日は鉄道と観光の両立ということで、 台湾北部の十分というところにある 十分大瀑布という滝を見に行くこととする。
 ルートは、縦貫線を北の終点基隆の一つ手前の八堵から宜蘭線へ、 三貂嶺から分岐する平溪線というローカル線に乗り換え 十分駅で降りれば良いらしい。 ところで、この十分大瀑布、どのくらい認知された観光地なのだろう? 少なくとも日本で買ったガイドブックには載っていなかったが… 

 早速、台北駅へ向かう。 例によって後站へ行くが、壁の料金表は近距離ばかりで、 どうもここで長距離の切符は買えないようである。 何しろ、外国で自力で鉄道に乗るのは初めての体験でもあり、 ちょっと慎重にいこうと、月台票を買って 表側の駅に行ってみる。 広い構内をウロウロしているうちになんとなくわかってくる。 当天と書いてある窓口を見つけた。 これが当日売りの窓口らしい。ここで、 「9:00 呂光號(キョコウゴウ、 “呂”は本来、草冠に呂と書くがIMEで表示できないので、 このように標記する) 瑞芳」と書いたメモを差し出すと、 台北から瑞芳までの座席指定の切符が出てくる。
 ここで台湾の鉄道について説明しておくと、 日本の国鉄(現JR)に相当するのが台湾鐵路管理局で、 ほぼ全土をカバーしている(当時は南廻線が未開通で一周は 出来なかったが・・・)。 列車種別は、速いほうから自強号(特急・オールグリーン車)、 呂光号(特急)、復興号(急行)、對號特快車(準急)、 快車(快速)、普通車(普通)となり、 それぞれクラス別に運賃が決められている。
 うまく切符も買えたので、意気揚々とホームへ出る。 大勢の乗客が列を作り朝の活気のようなものを感じるのだが、 肝心の列車が時間になっても入って来ない。 ホームを間違えたかと不安になるが、そのような様子もない。 列に並んだ人々もそのままである。そのまま待つこと30分。 ようやく上がオレンジがかったベージュ、下がオレンジに塗られた客車が、 客車とお揃いの色の電気機関車に牽かれ入線してきた。 台東行きの呂光号35列車である。  
ところが始発のはずのこの列車。乗客が満載である。 乗り込む側と降りる側の乗客が交錯してちょこっと混乱。 ようやく乗り込むと、座るべき席に孫を連れたじい様が座っている。 ん? 切符と座席の番号を見比べる。 じい様はあくまでも泰然としている。 困って、とにかく声をかけてみようとしたら、 「しょうがねぇな〜」と言ったような顔を見せ、 孫をせかして後の席へ移動していく。 ん〜、何なんだ? 
 そんなことをしている間に、列車は台北駅のホームを離れた。 地下化工事の現場がすぐ右手に見える。 走り出すと保線状態もよく快調そのもの。 車両の造りは、国鉄の特急とほぼ同クラスかちょっと上。
 ホンの10分ちょっとで周囲はすっかり田園地帯となる。 車窓は南九州あたりを特急で走っているような感じだが、 車内には中国風?の音楽がかかり、 台湾の鉄道に乗ってることを思い起こす。
 約40分で八堵に到着。 ここから非電化となるため、 電気機関車からディーゼル機関車に付け替えし 宜蘭線に乗り入れる。瑞芳に着いたのはやはり30分遅れ。
 平溪線は2駅先の三貂嶺から分岐するが、 三貂嶺発の列車はなく、 ほとんどが隣の候同(本当は同の字が石偏に同)が始発となり、 さらに一部が瑞芳始発となっている。
 次の平溪線の列車は瑞芳始発の列車で発車時刻は11:07。 当初の予定では、呂光号は瑞芳に9:49に到着。 この1時間ちょっとの待ち時間の間に、 瑞芳から海方向へ分岐するもう一つのローカル線 深澳線を乗ってしまおうと考えていたのだが、 瑞芳に着いたのが10:20。10:00発の 深澳線が待っているはずもなく、う〜、どうしよう?   深澳線の次の列車は11:05。
ガイドの楊さんとの待ち合わせの時間を考えると、 今から両方には乗れない。 それで如何なる思考の結果そうなったのかは覚えていないのだが、 山方向の平溪線をあきらめ海方向の深澳線に乗りに行く (この時点で、観光と鉄道の両立は どっかへ吹っ飛んでしまっている。ウンウン、S君が怒る訳だわ)。

 発車時刻まで駅前を散策。 レンタルビデオ屋らしき店が数件ある。 その先には、市場のような場所。魚やら肉やらが並ぶが、 コレがえも言われぬ臭いが漂うところで、 なんだか気持ち悪くなってきた。とっとと駅へ退散する。
 発車時間が迫ってきたので深澳線の切符を買いに窓口へ行くと、 ここではないと言う。 指差す方向を信じて進むと駅舎から一番離れたホーム上に 小さな小屋のようなものがあり、確かにそこに窓口がある。 早速切符を買おうとしたが、 どうも要領を得ない。 駅員が中国語で何か言うがよくわからない。 ここじゃないのかなぁ? 別の窓口を探そうとしたら、後から声をかけられる。
「どこまでですか?」
流暢な日本語である。振り向くと小太りの鉄道員が立っている。 台湾に来て初めて流暢な日本語を聞いた。 戦前の日本統治の影響だと考えると、 多少肩身の狭い思いもあるが、とりあえずは有難い。
 結局、何と言うこともなく無事に海濱までの切符を購入。ディーゼルカー車内 列車に乗り込むと先程の鉄道員がこの列車の運転手。 こちらが鉄道好きと知って、新幹線など日本の鉄道事情など 色々と質問されるが、突然、
「あなた、大陸、行ったことがありますか?」
「はい、一度だけ。桂林に行きました」
一瞬の間の後、
「…とてもキレイだったでしょう」
自分の故郷を自慢するかのような口調である。 今でこそ、台湾の人も中国の本土へ行けるようになったが、 当時の状況では、彼が中国本土の土を踏むことは ほとんど絶望的だった。 もしかしたらこの人、外省人かもしれない、と一瞬思う。 もっとも外省人なら日本語は使えないはずだが… 
 なんとなく止まってしまった会話だが、 発車時刻となり、改めて鉄道員の顔に戻った運転手は、 日本製のディーゼルカーを発車させた。 ポイントを渡り駅構内から出ようとしたとき、
「ナニ考エテイルカ〜」
突然、運転手が怒鳴る。 何だ?と思ったら列車に近づきすぎた保線区員に 怒鳴ったようである。 突然、日本語で怒鳴られた保線区員は目を丸くしている。

 濃紺に白線一本を締めた1両編成のディーゼルカーは、トイレで片側の窓がない のどかな景色の中をトコトコと行く。 ビニールレザー張りの転換クロスシートが並ぶ 車内はガラガラ。我々の他は地元の人が2・3人乗ってるだけ。 運転手の話によると、この先には火力発電所と 海底炭鉱があるのだが、炭鉱の石炭だけでは足りずに 必要な石炭をこの線で運ぶのだそうだ。
 走行写真が撮りたくて、終点の海濱までは行かず、 その手前、瑞濱で下車する。 トラックがビュンビュン走る広い通りの脇に ホームだけの小さな駅である。 台湾くんだりまで来て、 何の因果でこんな何もない小駅に来なきゃならんのか、 そんな顔でS君がコッチを見るので、 とりあえず目線を外しておく。
 9分後、短いトンネルをくぐり、 先程の列車が折り返してきた。 目が合うと運転手が手で合図をしてくれる。

 瑞芳まで戻ると、さて、困った。 平溪線の列車はもちろんない。 台北方面の列車もしばらくない。 お腹も空いてきたが、瑞芳での食事は少し無理な気がする。 先程の市場の臭いが甦ってくる。
 やむなく駅前広場のタクシーを拾い、 縦貫線の北の始発駅“基隆”に向かうこととする。 で、走り始めてからイヤなことに気づいた。 このタクシー、メーターを倒してない。 事前に運賃は決めていない。 しかも 幹線道路を通らずに何だか裏山の畑の中の小路のようなところを走る。 どんどんどんどん不安が募ってくる。 小高い丘に出た。 明るくとても気持ちのいい場所なのだが、 それを楽しむゆとりはない。 乗る時は善人そうに見えた運転手の人相が、 どんどん悪く見えてくる。 手に汗を握りながら周囲を見ていると、 そのうちに坂を下り始め、突然街の中へと入ってきた。 ふぅ、と汗を拭くと、無事に基隆の駅前に到着。 それで運賃は、
「えっ、300元? 高くない? 絶対高いよ」
執拗な抗議も虚しく、全く相手にされず ただ300元を繰り返すのみ。 結局、根負け。300元を払って撤収。 やっぱ、ボラれたんだよなぁ、コレって。。。

 気を取り直して、昼食。 入れそうな店を探すと、蜂蜜珈琲なる看板を掲げた 喫茶店らしき店。とりあえずここに入ることにする。 冷房の聞いた店。ウエイトレスもかわいい。 少し気をよくして注文しようとするが、よくわからない。 当然のようにウエイトレスは日本語不可。
 S君は無難に三明治(サンドウィッチ)を頼む。 えっと、どうしよう、とメニューに、 中国語はよくわからないがその下に小さく TodaySpecialと書いてあるのを見つける。 コレってたぶん、日替わり定食だとあたりをつけこれを注文。 ところがウエイトレスが何か言う。 どうもコーヒーがどうしたこうしたと言ってるようだが、 ちっとも聞き取れない。
 お互いに困り果てた頃、 ウエイトレスがビンコーヒーとか言い出した。 ビン→ガラス→コップに入ったコーヒー、 という連想で、もしかしてアイスコーヒーのこと?  セットのコーヒーをアイスにするか ホットするかを聞いていたのかなぁ?  それっぽい単語は全く聞き取れなかったが… 
 わからないながら、そのビンコーヒーを頼んでみる。 果たして出てきたのはアイスコーヒー、 思考の過程が正しいのかどうかは知らないが、 こんなことが結構うれしい。
 メインの方は豚肉のピカタのようなものだが、 うまいまずい以前の問題として香草の臭いがかなりきつい。 あの瑞芳の臭いと相通ずるところがあるような気がする。 かなりがんばったのだが、限界。半分ほど残してしまう。 平静を装ってみたつもりだが、 S君に言わすとかなりヒドイ顔で食べていたらしい。 ウエイトレスがクスクスと笑う。

 食後の運動に基隆の駅に程近い港あたりを散策。 なにやら黒っぽい船が並んで停泊している。 軍艦ではないようだが、沿海警備艇?  コレって写真撮ったらマズイのかな?  目の前には、蒋介石の銅像が立っている。 コッチは撮っても大丈夫だろうと、撮っておく。
 予定よりはだいぶ早いが、 今日はこれで撤収。台北に戻ることとする (今考えると、もう少し基隆の街でも見たら 良かろうにとも思うのだが…)。  14:37発高雄行きの復興号は、 上がベージュ、下が水色の塗り分け。 機関車については、今朝の呂光号の牽引機と同じタイプのようだ。 前述のとおり、朝の呂光号のひとつ下のランクの列車である。 冷房はついているが、シートはモケットではなく ビニールレザー、足乗台も簡略型で少し安っぽい。  八堵を出たあたりから空が急に暗くなったと思ったら、 突然ザ〜ッと大粒の雨が降り出す。 雷鳴も轟き、実に迫力がある。 「これがスコールかぁ〜」と、しばし感嘆。

 ガイドの楊さんとの約束までまだ間があるので、 駅でブラブラ。 台湾は準戦時中(現在は解除)とのことで、 原則として鉄道写真は撮れないとあったが、 ここまで感じだと特にうるさくはないようだ。 深澳線でも特に問題はなかった。呂光号 ここ台北でも、最初は用心して鉄道員の近くで撮っていたのだが (ダメならカメラを振り回した時点で怒られるだろう、 隠れて撮るよりはむしろ安全と思われる)、 特にどうということもない。 呂光号の機関士にいたっては、 カメラに向かって手で合図して出発していく。 どうやら、ほとんど日本と同じ感覚でいけそうで、 安心して駅構内をほっつき歩く。
 ホームの端っこで入線してくる列車を撮ろうと構えていたら、 犬が2匹迷い込んできた。 まがりなりにも一国の首都の中央駅のホームに野良犬がいるというのも それなりにスゴイと思うが、 こやつらいったい何を思ったか突然交尾を始めてしまう。 そのすぐ脇には、ホーム上の資材に腰掛け駅弁を食べる母娘が…  う〜ん、なんともシュールな夕暮れではある。

 で、ホテルに戻ると、またしてもボーイとの闘いが待っているのであった。
ふ〜ぅ…



※基隆駅近くの蜂蜜珈琲のビンコーヒーですが、 ビンではなく、ピンで、「氷」のことだそうです。 と言う訳で、結果オーライの正解でした(^^ゞ  わざわざメールで教えて下さったM.K様、ありがとうございました。


3日目

 3日目は、それぞれ単独行動をとることとしていたのだが、 今日もS君が同行するという。 S君曰く、「1人で行動させると危なくてしょうがない」 とのことである。 う〜っ、なんつうか「心配かけてすまないねぇ。。。」 と言う訳で、紆余曲折の末、昨日行き損ねた 十分大瀑布へ行くこととなった。 どうにも今と変わらず計画性のないことではあるが… 
 で、少し早くホテルを出ることとしていたのだが、 なんだかんだとやってるうちに結局、 昨日と同じ呂光号となってしまう。 土曜日ということで昨日よりも混んでいるが、 遅れは少なく15分遅れで台北を発車。 しかしこのまま瑞芳まで行っても平溪線の列車がないので、 八堵で途中下車。 ここから基隆までは、縦貫線が伸びているのだが、 それ以外に非電化の線がもう一本あり、 古いディーゼルカーが走っているらしい、 との情報があり、ちょっと見てみたいと思っていた。
 そっちを見る前に呂光号の機関車交換風景を撮ろうとしたら、 駅員が顔色を変えて飛んでくる。 あっ、ヤバイ! これは怒ってるね。 台北でも全く問題がなかったので油断していたが、 やはりダメなところがあるのだろうか?  中国語でまくし立てる駅員を見ながらどうしようかと思う。 とりあえず、「なぜ、怒られているんだろう?」という 顔をしていたら、ますます勢いづいて5分ぐらい延々と続く。
 ようやく一息ついたと思ったら、
「アンタ、日本人カ?」
「…ハイ」
「ココデ、写真ヲ撮ッテハイケナイ」
今度は日本語で延々と続く。 は〜、最初から日本語でやってくんないかなぁ〜。。。 この間、S君はといえばはるか遠くから暖かく見守っている。 もう1人、機関車の機関士がヤレヤレ何やってんだか、という風に見ている。 この場合、ヤレヤレの対象がこちらなのか、 それとも駅員なのかは定かでない。 まぁ、いずれにしてもルールを破っているのがこちらなので どうしようもないが… 
 ようやく開放されたものの、 もう一つの基隆まで路線を見る余裕はなく (チラッと見た範囲ではそれらしいものはなかった)、 駅舎の方へ退散。 既に気温は35度ぐらいだろうか? 既に駅舎の影が小さくなっている。 その小さな影にへばりつくように靴磨きのおっさんが退避中。 ヒマそうにこちらを見るが、 残念ながら磨いてもらうような靴は履いていない。
 次の呂光号の切符を買う。 どうせだからと、平溪線の事実上の分岐駅候同まで買おうと メモを差し出すと、「不停」と朱書きされて戻ってくる。 時刻表で確認すると、確かに今度の呂光号は候同通過となっていた。 結局、今日も瑞芳に行く。
 深澳線と違い、平溪線の切符は表側の“站”で買える。 車両は同じようなディーゼルカーだが、こちらは2両編成。 乗客の数も格段に多い。 土曜日ということもあり行楽客が目立つ。
 宜蘭線を2駅走り三貂嶺から平溪線へ入ったとたん、 車窓の雰囲気が変わり山間へと分け入り、 負けじとエンジンがうなりをあげる。 揺れが激しくなり、スピードも落ちる。 次々とトンネルが現れるが、 長いもの以外は内側にコンクリートが巻かれていない。 全開の窓のすぐ向こうを、 車内の照明に照らされた岩肌が流れていく。 なかなか迫力がある。なによりも涼しいのがありがたい。 瑞芳から約25分。十分に到着。
 山肌にへり付いたような静かな集落である。 ここで行楽客が多数下車。 その行楽客の後を追い十分大瀑布を目指す。十分駅付近 線路の両側を舗装された小道が挟んでいるが、 線路にはフェンスも何もなく、道路と線路が一体化したような 不思議な道路を行くと、両側の道路が左右へと消え、 一行はそのまま、線路を歩いていく。 缶ビールが入ったダンボール箱を重そうに抱えた青年や、 学校帰りのようなセーラー服の少女も線路の上を歩いていく。十分大瀑布方向 ホントにいいのかな?と思いつつもその後を追う。
 そのまま線路を歩くこと30分弱、 六分瀑布を横目に鉄橋を渡ると、 ようやく線路に直接面した十分大瀑布の正門前に到着。 入り口で35元の入場料を支払い中に入ると、 オウムや孔雀、さらにオラウータンにチンパンジーまでがお出迎え。 さながら動物園のようである。 何もこんな静かな山の中で動物飼わんでも…と少し思う。
 滝そのものは、幅40メートル、 落差10メートルってトコかなぁ。十分大瀑布 “台湾のナイアガラ”というキャッチフレーズには、 若干?無理があると思うが、それはそれとしてそれなりに迫力のある滝である。 行楽客は多数で賑わってはいるが、 日本人は見渡したところいなそうである。
 と、後から声をかけられる。 男3人女2人の学生のようなグループで、 1人がカメラを差し出している。 どうやら記念写真を撮って欲しいらしいのだが、 声をかけた相手が外国人と気づき ちょっと戸惑っているようだ。
 ここは、国際親善。にこやかに対応し カメラを借りて1枚撮ってあげる。 ついでに、こちらも撮ってもらうが、 S君とツーショット(当時、こんな言葉はなかったが…) ではつまらない。 女の子2人を借りてスリーショット。 S君がヤレヤレ困ったもんだ、とこちらを見る。 今日二度目の“ヤレヤレ”である。

 まぁ、こんなもんでしょ、の十分大瀑布を後に 再び30分近くかけて線路を十分の駅へ戻るのだが、 歩くと何かつま先が痛い。 靴を脱いでみれば靴擦れで靴下に血がにじんでいる。 しかもなんか泥だらけ…  普段は結構気にするほうなのだが、 旅先ではその辺の感覚がいい加減になってくる。 まぁいいか、と靴下を脱いで素足で靴を履くが、 今思うと何の意味があったのかよく判らない行動である。
 だましだまし歩いていると下り列車がやってくる。 急いで線路脇へ退避。 で、ほとんど条件反射でカメラを列車に向ける。 ん〜、八堵での経験が全く生かされていない。 撮った後に大丈夫かな、と少し不安になるが、 まぁ、たぶん大丈夫でしょう (特に根拠はない。ただの希望的観測)。

 14:07発の列車で十分を後にするが、 この列車は瑞芳までは行かない。 手前の候同行きである。候同から宜蘭線に乗り換え、 更に瑞芳から台北行きの自強号に乗り継ぐ予定である。 2両編成のディーゼルカーは、 エンジンを絞り静かに山を下っていく。 三貂嶺で宜蘭線と合流したところで車窓に目をとられる。
 往路では気づかなかったが、 深い渓谷の岩肌を削るように宜蘭線が引かれている。 予想外に“絵になる景色”である。 7分後には候同で乗り換える予定の 基隆行きの普通列車がやってくる。 ここで下車してホームから撮影し、そのまま普通列車に乗り換えようと、
「ここで降りる…よ」
と言い切る前に、S君の顔色が変わる。
「どこに行くんですか!」
ん〜、いかんなぁ〜、語尾が疑問符じゃない。。。
「え〜っと、あっ、あの別にいいです」
そんな問答をよそに ディーゼルカーのドアがバタンと閉まる。
 結局、予定通り候同で普通列車に乗り換えるが、 席は埋まっており、座ることは出来ない。 デッキに立っていると目の前のトイレの洋式便器の中で チャプチャプと水が跳ねる。

 瑞芳から台北までは台湾鐵路管理局の 看板列車“自強号”に乗ろうと思う。 できれば、縦貫線を走る電車の自強号に乗りたかったのだが、 こんな経緯で東海岸の台東から来るディーゼルカーの 自強号に乗る。
 瑞芳で切符を買うが、台北まで54元と結構安い。 記念用にもう1枚買ってもいいかな、と思い、 10分ぐらい後に買いに行ったら今度は35元。 アレっと思ったら指定席の欄が空欄。 指定席が売り切れたので、 いわゆる立席になってその分安いのかとも思うが よくわからない。
 自強号が来るまであと30分ぐらいある。 ちょっと休もうと待合室へ行くと、 中学生ぐらいの少年で満杯。 何だろうと見ていると先生らしき若い女性も1人いる。 なかなかの美人である。
 先ほどの十分大瀑布で記念写真を撮った女の子の1人もそうだったし、 昨日の基隆の喫茶店のウエイトレスなど際立った美人が多い。 何か、すごい美人とそうでない方との二極化されているよな気もする。
 それはさておき、その先生風の女性、 少年を1人ずつ呼び出し紙を渡しながら 真剣な表情で何か話しかけている。 その間、呼び出された少年は直立不動である。 夏休み前に成績表を渡しているようにも見えるが、 まさか駅の待合室でそんなものは渡さないだろう。
 もう少し近づいてみたら、 ベンチに座っていた少年の1人が、 サッと立ち上がり席を譲ろうとする。 えっ、と意表を突かれる。 まさか、この歳で席を譲られようとは思わなかった… (ハタチを超えていくらもたっていない頃である)。 一応、謝意を表しつつ丁寧にお断りする。
 ついでに、メモ帳に「学校 夏休?」と書いて見せると ちょっと考えてからうなずく。 やっぱり成績表でも渡しているのかな?  先生らしき女性をチラッと見ると、 目の前の少年が初めてニヤっと笑った。

 やってきた自強号は東急車輛製。 シートは国鉄のグリーン車クラスで、 座ってみると非常に乗り心地がよい。 手足を伸ばしてくつろぐと、 ふいに眠気がさしてくる。 ウトウトしたかと思うと、もう台北到着直前。 もったいないと言うべきか、 乗り心地を堪能したと言うべきか。
 市内で遅い昼食をとり、ここからはちょっと単独行動。台北駅付近 駅近辺を1人で歩く。 公園の人だかりを覗いてみたらパントマイムをやっている。 どうも布教活動のようである。 そのままアメ横のようなところに迷い込む。 ヘビとマングースが闘っていたり、 オラウータンが一匹、通りに睨みをきかせていたり、 目つきの悪いお兄さんがたがたむろしていたり… ん〜、何なんだろう。
 歩道橋の上から街の雑踏を見下ろす。 突然、何とも言えない疎外感を感じる。 向こうから白人が1人歩いてくる。 何の関わりもない人だが、ここでは同じ外国人なんだなぁ、 とふと思う。まぁ、相手の共感はちょっと期待できないが…。  夕暮れの街、站・・・嗚呼、何たる倦怠感。。。


4日目

 台湾旅行最終日である。 昼過ぎには帰りの飛行機に乗らなければならない。 昨日の倦怠感なぞ引きずっている暇などない。
 朝の5:40起床。 S君には、9時までは戻ると、昨日寝る前に言ってある。 まだ熟睡中のS君を横目に眠い目をこすりつつ駅へ急ぐ。 台北から出るローカル線、淡水線を乗りに行くつもりである。
 今日は台北後站の窓口で直接切符を買う。 これまではすべて筆談で切符を買っていたが、 試しに「淡水(タンシュイ)」と言って指を一本立てると、 無事に淡水までの切符が1枚出てくる。 ホームに出ると朝の空気が心地よい。
 淡水線の列車は、ディーゼル機関車牽引で客車が6両。 すべてロングシートで両開きの扉が片側2ヶ所。 車内はガラ空き。誰も乗っていない。 と思ったら発車間際に、 6人の若い男女のグループがどやどやと乗り込んでくる。
 6:00ちょうどに淡水行きの普通列車は発車。 …発車したものの、ドアが閉まらない。 ドアには乗客が操作する開閉スイッチがあるのだが、 全く反応なし。ドアを開けたまま台北の下町のような所を走る。
 しばらく走ると周囲に水田が増えてくる。 青い田んぼの中から、黄色い頭のサギが突然飛び立つ。 遠くの方に圓山ホテルらしき建物が見える。 北投を過ぎると完璧な田舎の風景。 左側に淡水江が見える。想像以上の大河である。 何となく荒涼とした風景を予想していたのだが、 緑と水にあふれた明るい場所であった。 列車は、そのまま河岸にそって淡水へ到着。 台北からおよそ50分の小さな旅である。
 駅前はそれなりの街並みで、人の動きも多い。 駅の脇の売店では、いなり寿司を売っていたりする。
 さて、ここからどうするかだが、 S君との約束どおり9時までにホテルに戻るには、 今乗ってきた列車で戻るか、その次の列車にするかのどちらかである。淡水駅 まぁ、いろいろと心配かけてるようだし、 早めに戻るか、とすぐの折り返しの列車で戻ることとする。
 台北までの切符を買って、ホームに戻り写真撮影。 もうすぐ発車の時間だが、どうせドアは自動で閉まらないし 走り出してからでも十分乗れると思っていたら、 ドアがバタンと閉まる。
 ? アレ、このドア、さっきまで閉まらなかったじゃん。 と言っても既に手遅れ。走り去る列車を呆然と見送る。
 さて、どうしよう。と言っても次の列車を待つしかないが、 隣の駅まで歩いてみようかと思う。 隣の竹園までは、あの遅い列車で6分。 とりあえず40分あるし何とかいけそうな気がする。 と言うか、そんな気がしてしまう。
 線路と並行する道路を歩き出してすぐに後悔した。 まだ7時を回ったばかりだが、 既に気温は30度を超えている気がする。 歩くと汗がダラダラと流れていく。
 いくら歩いても駅がありそうな気配が無い。 林の向こうを淡水へ向かう下り列車が見える。 程なくあの列車が折り返してくるが、依然駅の気配はない。 汗と一緒に時がどんどん流れていく。 ヤバイ。間に合いそうもない。 どうしよう、などと思ってる間もなく、上り普通列車 上り列車の気配。あ〜ぁ、来ちゃった。 せめてもと、この列車を撮影。 この次の列車でも9時直前に台北に着くが、 ホテルに9時はちょっと無理。 う〜、ヤバイなぁ〜。ともかく先を急ぐ。
 ここで反対車線に流しのタクシーを発見。 慌てて手を振るとUターンして戻ってきた。 “地獄に仏”状態のタクシーの助手席のドアを開け、 乗り込む。暑い暑いと手で扇ぐしぐさをすると エアコンの送風を強にしてくれる。 ふぅ、生き返る思いである。
 どうせ間に合わないのなら竹園なんて小駅ではなく、 途中の北投まで行ってしまおうと、 運転手に“北投站”と書いたメモを見せる。 運転手はうなずき車を出す。 走り出したところで、早速確認。 よかったぁ、メーターが生きてる。 ところで運転手が何か問いかけてくる。 が、例によってさっぱり判らない。 盛んに外を指差す。そこには淡水線の線路があるばかりだが、 いったい何を言いたいのだろう? 
 とうとうじれた運転手が走りながら、 手にしたメモ帳とペンを奪い取ると “火車”と一言書く。 あぁ、ようやく判った。 站は站でも火車(鉄道)の駅なのか、 汽車(自動車)の駅、 つまりバスターミナルなのかを聞きたかったらしい。 火車を指差しうなずいて見せると、安心したように加速する。 おっと、あっさり竹園駅を通過。もう少しだったんだ。。。
 そうこうしているうちに、 さっき脇を通過していった列車が見えてきた。 これもあっさり抜き去る。 ここでひらめいた。景色のいい所で停めてもらって、 今、追い抜いた列車を待ち、 走行写真を撮っても、北投につくまでに余裕で追い越せそうだ。 行がけの駄賃というヤツである。 早速実行。淡水江がバックに入る所で車を停めてもらう。 最初は、要領を得なかった運転手だが、 カメラを線路に向けて写真を撮るまねをしたら、 理解してくれたらしく、外に出てタバコをふかし始める。 もちろんこの間もタクシーのメーターは回りっぱなしだから 運転手にしても悪い話ではないはずだ。
 5分程で、さっきの列車が通過していく。 撮影はOK。 タクシーは再び北投に向けて走り出す。 簡単に列車を追い越し、よしよし計算どおり。 …ところが、北投の街に入ったとたんに計算が狂いだす。 道路工事をしているらしく突然の大渋滞。 全く動かなくなる。件の列車の北投発車時間は8:05。 現在時刻は7:55。ようやく渋滞を抜けたと思ったら 次の渋滞にはまる。
 残り時間が5分を切った。再び絶体絶命。 運転手がもう降りろと、言う仕草をする。 もう走ったほうが速いと言うのだろう。 多少のチップを含め料金110元を払い (やっぱり2日目のタクシーはボッてた、と思う)、 後は運転手の指差す方向へダッシュ!  数分で駅前ロータリーのような場所に出るが、 どれも同じような建物でどれが駅舎が判らない。 北投は、淡水線の支線、新北投への分岐駅でもあり、 それなりの駅舎を想像していたのだがそんなものはない。 それでもこれまでの経験から、 そういったものを見分けるカンはある。
 同じような建物の中から、私鉄の小駅のような入り口を見つけ そこに飛び込むと、切符売り場が並んでいる。 その一つに「タイペイ」と言って、運賃がわからないので、 とりあえず10元硬貨を2枚差し出すと、 硬貨1枚が戻ってきて、8元の切符が出てきた。 2元のおつりは?と一瞬思うがそんなヒマはない。 既に時計の針は発車時刻を示している。 改札を抜けてホームへ出ると、そこには何と列車が3本待機中。 台北行きと淡水行きと新北投行きのようだ。 乗る列車は一体どれだ?  手近な駅員に向かって、
「タイペイ、タイペイ」
と連呼すると、 一本の列車を指差す。急いでそれに飛び乗ると、 次の瞬間、ドアが自動で閉まる。
 ふぅわぁ〜、間に合った。満員の列車の中で1人、 汗だくだく、息はぜいぜいの状態で みっともない事この上ないが、 よくもまぁ間に合ったものだと、自分でも感心してしまう。
 そんなこんなで朝の大冒険は無事終了。 あとは何食わぬ顔でホテルに戻るだけである。

 以上で、全作戦完了。 あとは、楊さんに最後の買い物に連行されて、 超高価な家具屋さんなどを冷やかした後、 他の日本人ツアー客と合流し空港へ。 何かとギクシャクした楊さんとも別れの握手。
「頑張ってください」
と最後のお言葉をもらって、「何を?」と思いつつも、何とか和解?  心置きなく、台湾を後にしたのであった。


エピローグというほどのものではないけど・・・

 冒頭にも書きましたが、台湾を訪れたのは 20年近くも前のことです。
 その後の台湾の鉄道事情もずいぶん変わっています。 台北駅は地下にもぐり、市内にはMRTが縦横に走り、 この旅行中に乗った淡水線も一度廃止され、 その後、MRTとして甦っています。 あの炎天下、淡水から竹園を目指し歩いたあの区間にも 途中に紅樹林という駅が新設され、今行っていたら あんな思いもせずにすんだはずです。
 台湾の国鉄ともいうべき台湾鐵路管理局にも大きな変化があります。 当時はまだなかった南廻線が1991年12月に開通し、 鉄道だけで島を一周できるようになりました。  その一方で、親切な運転手と出合った 深澳線をはじめ、いくつかのローカル線が1989年ごろに 相次いで廃止されてしまったようです。

 この時の旅行では、台湾の島の北のごく一部を 引掻いただけで、是非もう一度訪れ、 鉄道で一周してみたいと思っているのですが、 なかなかその機会がなくそのままとなっています。
 今年こそは行ってみようかと考えてはみたものの、 例のSARS騒ぎでどうにもならず、もう少し落ち着いたら、 などと言っていたら、この冬になって初の患者が出たとのニュースが…
 とりあえず、そのうち何とか行きたいものです。

 何はともあれ、途中で挫折することなくここまで読んで下さったあなたに感謝。

 

 
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