第二タ イ 国 阿 房 列 車

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2日目

 2日目の朝が来た。時刻は午前6時。昨日の反省会が終わったのは午前0時。 日本時間に直せば午前2時である。午前5時30分から翌日の午前2時まで フルで動いていたのだからさすがにしんどい。
 眠い目をこすりながら外を見れば一面の雲り空。 雨季だけにこれはしょうがないと思う。 それに景色と言うのは晴れていればそれでよいと言うものでもない。 5階の窓から外を見れば、 広葉樹、椰子系の樹木など豊かな緑が広がり、 その中に粗末な民家の集落が点在し、それらをつなぐ細い道が延びる。 そしてその向こうには急な斜面と多層構造の屋根を持つタイ式寺院が 燦然と輝いて見える。しっとりとした空気がそれらを静かに包んでいる。
 この感じ、写真で表現するのは少し難しいかもしれないが、 水彩画だったら結構いい感じじゃないかなぁ〜、 …などと考えればパッとしない天気も少しは我慢できる、というものである。

 まぁ、いずれにしても雨は降っていないので朝飯前にちょっと出かけよう。 昨日、あっちこっち動いたおかげで、ホテルと駅の位置関係は大体わかっている。 アユタヤの駅まで行ってみようと思う。もちろん用事は無い。
 同室のTAKUくんを誘ってみる。 言うのを忘れていたが、病状に程度の差はあるにしても この人にも同じ病の気がある。平たく言えば「汽車好き」である。
「歩いて行けるならいいけどなぁ〜」
というので、
「歩いても行けない事はないと思うよ」
と適当な事を言い、TAKUくんを連れ出す。 ホテルの前に出ると、思惑どおりトゥクトゥクが客待ちをしている。 トゥクトゥクとは、前回もお世話になったが ダイハツのミゼットを改造した簡易なタクシーである。
 運転席に近づき、アユタヤ駅までの料金を聞くと、
「40バーツ」
との答え。ダンピングはきかなかったが、その料金で良しとし 荷台(客席)に乗りこむ。
 ホテルから見て右側が遺跡群がある中心部で、駅はその手前にあるのだが、 ホテルの前の道路にはしっかりとした中央分離帯があり右折は出来ない (そうそう、これも言い忘れたが、タイは日本と同様にクルマは左側通行である)。 そこで一旦左折してUターン可能なところまで行かなければならないのだが、 左方向は大渋滞である。 やはりアユタヤの本当の中心部とはあの遺跡群のあるあたりではなく、 今向かっている左手のようである。
 5分近く反対方向にチンタラ走って、やっとUターン。快調に走り出す。 右手を先ほど出たウートン・インがス〜と過ぎていく。 踏み切りを渡り右折すると間もなく懐かしのアユタヤ駅。 もっとも「懐かしの」と言うわりには記憶が定かでない。 こんな駅だったかなぁ、なんかもっと殺風景な駅舎だったような気がしていたが、 改めて見ると手すりや柱にそれなりの装飾が施され、 それなりに古都の玄関口としての面目を保っている。
 駅前広場自体は記憶どおりの狭いものであるが、 屋台がたくさん出ていて出勤途上と思われる人々が朝食をとっている。 見ていると、 まず揚げ物(多分、魚)を厚めのパンにはさんだフィレオフィッシュ?を買って、 次に反対側の屋台でビニール袋にストローを差し込んだ(白い)飲み物を 買っている人が多い。 何となくおいしそうではあるが、食べる勇気はちょっと無い。

 駅に入ってみると前回薄暗かった待合室も、鎧戸が開けられた窓から朝の光が差し込み、 これも前回とはイメージが違う。 切符売り場が開いており、5〜6人程度の列が出来ている。 中には単独行動らしい(若い)白人女性のバックパッカーの姿も見える。 これからどこへ行くのか、その後姿がなんだか“たくましい”。 昨日の飛行機で会った哲学するオッちゃんの言葉を思い出した。
「日本人は一人でどんどん世界に出ていかなきゃダメなんです。 一人で出て行けるようになればスゴイ力を出せます。 でも出来ない。どんどん置いて行かれちゃいますよ」
そうかもしれないなぁ、とパック旅行の (しかもタイ式フィレオフィッシュも食べられない)日本人としては肩身の狭い思いでそう思う。
 ホームにはやはり列車待ちの人がたくさんいて活気がある。 食べ物なども売っているが、前回見た足の指付き鶏もものローストは見当たらなかった。
 それともう一つ、前回と違っているものを発見。それはホームにある時刻表。 表はタイ語、裏は英語だったものが、裏表ともタイ語に変わっている。 以前に英語版を見ているので、 どれが発車時刻でどれが終着駅の到着時刻かは何となくわかるのだが、 どこ行きの列車なのかはまったくわからない。 前回来た時にこの時刻表でなくてよかった。 いきなりこの時刻表だったら本気でやばかったところである。
 幸か不幸か今回は列車には乗れないので時刻表が読めなくても特に困らない。 だけど、1本ぐらい列車の写真を撮りたい。 カンで時刻表を見ると次の列車には若干間がありそう・・・な気がする。 8時半には朝食を済ませてホテルのロビーに集合していなければならない。 既に7時を過ぎており、どうしようかと思いながらも駅構内をうろうろすると、 レールの間に身を横たえ、けだるそうにこちらを見つめる犬がいる。
 タイでは何故か犬を見かけることが多い。 犬なんかどこにでもいそうな気がするが、それにしても多い。 それも妙に小汚い犬達である。 特にこの犬はひどい。汚れているだけではない、 皮膚病なのか体中がただれてほとんどボロ雑巾状態に、 一度はむけたカメラだが、「シャッターを押してはいけない」 良心がそうつぶやく。
 と、その時バンコク方面から汽笛が聞こえる。 そちらに目をやるとディーゼル機関車に牽引された貨物列車が進入してくるのが見える。 件の犬も気づいたのかもそもそと動く。 入線してきたのは貨車を30両ぐらいつないだなかなかの長編成。 二軸貨車特有の単調なジョイント音を刻んで目の前を過ぎていく。 日本ではめったに聞く事が出来なくなった音が心地よく響く。 あ〜、久しぶりに堪能した、とマニアックな感想を残して朝の散歩は終了。

 再びトゥクトゥクでホテルに戻り、朝食を済ませて、 ここからは本来のツアーのスケジュールとなる。 予定では、日本人町跡、バンパイン宮殿、バンコクに移動して 王宮、ワット・アルンの見学、最後にチャオプラヤー川のナイトクルーズとなっているが、 前回の旅行で行ったことがあるところが多く、 自分の中では地味なスケジュールとなっている。
 もちろん、こちらの気分とは関わりなくバスは最初の見学地の日本人町跡へと向かう。 前回は「ここはあまり面白くないですから…」の一言で、 門の前をバスで通過してしまったところで、 それなりに気にはなっていたところである。
 入口付近にはタイの国旗と日章旗が並んで建っており、そのちょっと先には 「アユチヤ日本人町跡」の石碑が建っている。
 この地に日本人が住んでいたのは安土桃山時代の後期から江戸時代の初期にかけてのこと。 最盛期には3000人もの日本人が住んでいたというが、 当然のことながらそんな気配は微塵も感じられない。 石碑の向こうは「ただの広場」といった感じで、 う〜ん、確かにあまり面白くはない。
 広場の片隅には小さな建物があり、土産物などを販売している。 その一角は資料コーナーのようになっていて、 当時のジオラマ等が展示しており、わずかにその風俗を感じる事ができる。 改めて土産物を見てみれば、ここの売れ筋商品は「どりあん饅頭」らしい。 ちょっと興味は引かれるが、持って帰ってウケるかどうかは難しいところである。 結局、70バーツ(約210円)のTシャツを買ってお茶をにごす。
 タイシルクのトランクス(紫色!)がどうのこうの言ってる連中はおいといて、 外にでてみれば目の前をチャオプラヤー川が流れている。 かつてはアユタヤから海へ、そして世界への大動脈となった川である。 この川があったればこそ、アユタヤは東南アジア有数の国際都市となり得たのだと、 その悠然たる流れを見てそう思う。 当時、この川を行き来した外国商人は、中国人、ポルトガル人、オランダ人、 フランス人そして日本人等で、 アユタヤの王はそれぞれに住む場所を与え町を作る事を許した。 今いる日本人町もその一つである。 現在、痕跡が残っているのはこの日本人町跡の他にはポルトガル人町跡だけらしいが、 本国から比較的近い日本人町でさえこの有り様では、 はるかに遠いポルトガル人町跡はどうなっているのだろう?  ポルトガル人町跡にも行ってみたくなる。
 再び川に目を戻すとドッドッドというエンジン音をたてて船が上ってくる。 全長10メートルぐらいの小さな船だが、大きな荷船を5〜6艘連ねて引っ張っている。 黄さんの話では、河口から約5日間かけてここまでくるそうだが、 急がなくてよい大量の貨物については、山田長政の時代と変わらず、 まだまだチャオプラヤー川の水運が担っている、という事なのだろう。

 バスは次の見学地、王室の夏の離宮であるバンパイン宮殿へ向かう。 と、左の草原に子象が1頭、ぽつんと立っている。 えっ、これって野生の象? ってそんな訳はないだろうが、 とりあえず“野良象”と呼んでおこう。 鼻を振り上げた子象が草原の向こうに見えなくなると、 踏み切りに差し掛かる。そのとき踏み切りが鳴り出す。
 おっと、これは列車撮影のチャンス!  どうやら列車が来るのは右手かららしい。 急いで右側の空いている席に移ってカメラを構える。 線路はゆるいカーブでカメラの引きは充分。 程なくカーブの向こうから紫煙をあげてステンレスのディーゼルカーが近づいてくる。 カシャ、カシャ、カシャと撮って、元の席に戻って後姿もカシャ、カシャ。 後ろの貫通ドアが開きっぱなしっていうのが気になるが、 これもタイの風物詩?であろう。何しろ暑いからね。
 と、言うわけで小さなイベント終了。 踏み切りが開きバスは何事も無かったかのように走り出す。 盛岡組のメンバーはこちらの習性を知っているから、 「またしょうもないことやってるな」という感じだが、 黄さんは「何なんだ、この人は?」という目でこちらを見る。 説明するのも面倒なので一応満足の笑みだけを返しておく。 まぁ、そのうち慣れるでしょ、多分? 

 そんなことをやってる間にバンパイン宮殿に到着。 バンパイン宮殿は、タイ王室の夏の離宮ということだが、 そう頻繁に使うわけではなく、 来ないときは(というか、ほとんどの期間)観光客に開放されている。 広大な敷地内には、タイ風、中国風、ヨーロッパ風の建物が点在し、 非常にきれいに整備されているが2度目ということもあって感慨も今一つ。 うん、きれいだね、で大体終わり。
 早くも観光疲れのようである。 目の前のこぎれいな建物よりもその向こうの黒い雲が気になる。 朝の雲がとれて薄曇りの隙間から青空がのぞいていた空に、 黒い雲の比率が次第に大きくなってきた。 遠くの方から雷鳴も聞こえてくる。 もうしばらくは持ちそうだが、 なにしろ広いので少し早めに出口のゲートを兼ねた売店まで戻って来ると、 ニイちゃんが絵皿をかざして待っている。
 見れば、絵皿の写真に自分が写っている。 入るときに写真を撮れらていたので、まぁそんな気はしたのだが、 やっぱり待ってたか、と思う。 もっとも突然撮られたアホ面の絵皿を 部屋に飾ってもしょうがないので、当然無視して通りすぎる。 他の人たちも買ったりはしない。あれで商売になるのだろうか?  その分、買っちゃった人に負担が掛かってるんだろうけど。 それにしても闇に消えゆく運命にあるアホ面絵皿だけが不憫ではある… 

 それはともかく、空はいよいよ暗くなり降り出すのも時間の問題である。 駐車場へ向かって急ぐと、ポツポツと落ちてきた。 バスに飛び込むとザーッと一気に本降りに。ポツポツからザーッまでの間隔がえらく短い。 車内で点呼をとるとOL2人組がいない。外を見ると手をかざして走ってくる。 これを無事収容して、いよいよ首都バンコクへ向かって走りだす。
 それにしてもスゴイ雨である。滝のようにバスの窓ガラスを洗う。 スピードメータは動かないバスだが、 ワイパーは必死に動いていてフロントガラスの水をかき出している。 しかし、雨はそれをものともせずたたきつける。 運転手が「どうだ、すごいだろう」とでも言いたげな顔でチラリとこちらを見る。 こちらとしては「いいから前を見てて欲しいなぁ」と願うばかりである。
 雨は10数分ぐらいで小降りになる。バスは国道沿いのガソリンスタンドで給油。 乗客もここで小休止。郊外のガソリンスタンドには、 コンビニエンスストアが併設されているケースが多い。 日本にも無い訳ではないが、はるかに定着しているようだ。 ここでミネラルウォーターを買う。タイでは水分の補給が必須である。 更に小1時間走ると左手に昨日到着したドンムアン国際空港が見えてくる。 おりしもターミナルビルの向こうを轟音をたてて飛行機が離陸していく。 飛び去る飛行機を目で追う。で、ふと下に目線を移すと、 おや、また野良象。もうバンコクも近いのに何なんだろう?  と言ってる間にバンコクの市街地に入っていく。 こちらは高速道路を快調に飛ばすが、下の道路はバンコク名物の渋滞が始まっている。

 バンコクの人口は約570万人だが、 実際に住んでいるのは800万人とも1000万人とも言われており (もっとも570万人というのも資料によって異なっておりあまり当てにはならないが…)、 いずれにしても相当な大都会である。 にも関わらず交通インフラの整備が遅れ、 都市交通の全てを道路に頼る状況が長く続いていたため (チャオプラヤー川の水運もあるにはあるが…)、世界に冠たる大渋滞都市となってしまった。 近年、これを打開するためBTS、通称スカイトレインという高架鉄道が開通したのだが、 これでどのぐらい渋滞が解消したのかはわからない。 下を見る限りでは以前とあまり変わっていないように見えるが… 
 中心部に入ってくると高層ビルが林立し文句無しの近代的大都会の様相を呈してくる。 が、高速道路から下を見ていると突然、 1区画だけタイムスリップしたように椰子の木に囲まれた昔ながらの住居群が現れたりする。 いわゆるスラム街とは違うようだが、あまり裕福な人たちが住んでいるとは思えない。 絵的には高層ビル群との対比が面白いと言えば面白いのだが、 あそこに住んでいる人たちもそう思っているのかどうかはわからない。
 もっとも高層ビルの方もよく見ると、未完成のまま工事がストップしているビルがある。 外装もされていないし窓ガラスも入っていない。黄さんの話ではアジア通貨危機の影響らしい。 以前に仕事をしていた八王子で、バブル崩壊後に 骨組だけ工事の終わったビルが放置されていたのを思い出したが、規模が全く違う。 八王子のは確か7階建てだったが、こちらは50階ぐらいはありそうだ。 こんなのを野ざらしにしていてよいものかと思う(7階だって充分に問題だと思うが…)。 まぁ、この辺は地震が無いので倒壊の心配は少ないのだろうが… 
 結局、高速道路は全く渋滞することなく(BTS効果?)、都心部で一般道に下りる。 で、突然に見覚えのある建物が目の前に現れる。 円筒を縦に切って、そのまま横に倒したようなドーム型の建物。 バンコク中央駅である。 近年、リニューアルしたと何かで見たのだが、 一見したところ正面玄関の上に付いていた仏教的な装飾が 無くなっている事ぐらいしかわからない。もっとよく見たいのだが、 駅は一般的に観光地とは認識されていないのでバスはスーっと前を通り過ぎる。
 バスは中心部を抜けてチャオプラヤー川に近いオリエンタルホテルに向かう。 オリエンタルホテルはバンコクでも、と言うか世界でも一流にランクされるホテルとのことで、 我々のような庶民ツアーでは泊まれるはずも無く、とりあえず昼食だけでも豪華に、 という事でホテル内のレストランで飲茶ということになっている。 もっともオリエンタルホテルといってもホテルの正面から堂々と入る、という訳ではなく、 何か地味な入口から直接レストランに入る。何となく裏口入学のような気分である。 出てきた料理はおいしいものはおいしく、一部そうでないものはそうでないという事で、 日々、グルメとは程遠い生活を送っている身には判定しようもないが、 ひたすら高いビールの値段を嘆く声をよそに(飲まないので)、 とりあえず高い雰囲気だけでも味わおう。

 昼食が済めば、あとは夕食のディナークルーズまでひたすら観光と買い物である。 黄さんの説明では、観光の後に一度ホテルに入る予定になっているが、 夕方の渋滞に巻き込まれるよりは、明日の分も含め廻れるだけ買い物をして 明日に少し余裕を作りたいとの事。
こちらとしては観光も苦手だが買い物はもっと苦手で、出来れば遠慮したいところだが、 パックに組み込まれる買い物にはそれなりの仕組みがある。 現地の旅行会社(この場合は黄さんの会社)が客を店に連れて行くと その人数に合わせてバックマージンが支払われる。 このバックマージンがあるから現地の旅行会社は、 日本の旅行代理店の安いパック旅行を引き受ける事ができるのである。
 まぁこれだけではないのだろうが、おかげで我々は安い料金で旅行ができる訳で、 それを考えると買い物だけキャンセルとは言えない。 それにいくらなんでも土産を一切買わない、と言う訳にもいかず、 時間がもったいないなぁ、とは思うが、 今日一日ですめばそれはそれでもいいか、とも思う。

 かくして午後の最初の観光は、連続した敷地にあるワット・プラケオと王宮である。 「時間がもったいないなぁ〜」なんて言ってると罰が当たりそうなくらい、 バンコク観光には欠かせない第一級の観光地である。 因みにワット・プラケオのプラケオとはエメラルドのことで、直訳するとエメラルド寺院。 本尊がエメラルド色をしていることからその名前がついたという。
 敷地に入ると左手に手前からセイロン様式、タイ様式、クメール様式と 様式の異なる3つの塔が並んでいる。これって戦利品的な意味合なのかな?と思いながら見上げる。
 右手には本堂がある。 靴を脱いで本堂に入るとなぜかみんな座っている。 訳も分からず座ってエメラルド色の本尊を探すが見当たらない。 そう言えば前回もよくわからないまま終わってしまった。 少し気合を入れて目線を走らせると、 「あっ、あった」ず〜っと高いところにちょこんと緑色っぽい仏像らしきものが見えた。 後で調べたら本尊の全長はわずか66cm。しかも衣をまとっている。 なかなか見つからないわけだが、まぁ、何はともあれ今日の収穫ではある。 ちなみにご本尊の衣は定期的に国王みずから衣替えするそうである。
 続いて隣接する王宮へ移動。 王宮と言っても王様はここには住んでいない。って、そりゃそうだよね。 皇居の中に観光客がゾロゾロ入っていくようなものだもの。 現在のプミポン国王はもう少し郊外のチットラダー宮殿というところに住んでいて、 こちらの旧王宮は時々儀式などで使っているのとの事。
 もっとも住んでいないとは言え、チャクリー宮殿と言うこの建物、 現王朝の100周年を記念して建てられたというだけあってなかなか壮麗な外観を持っている。 宮殿は3階建てになっていて、1階から3階までは大理石作りのビクトリア様式、 屋根から突き出た尖塔は、タイの伝統的建築様式だそうで、 言ってみれば、和洋折衷ならぬ泰(タイ)洋折衷。 それ以外にも大小さまざまな建物が並び観光客は引きも切らない。 人ごみ掻き分け、必然的にこちらの観光疲れもいよいよピークだが、ちょこっと一休みとも行かず、 ガイド以下11名全員の記念写真を撮ったら次の観光ポイント、ワット・アルンへ速やかに移動。

 別名“暁の寺”ワット・アルンは、王宮のあるエリアから チャオプラヤー川を挟んで反対側にあるため、渡し舟に乗る。 川の向こうにそそり立つ大仏塔は高さ75m。周囲に4基の小仏塔を従え、 なかなか威風堂々たるものがある。やっぱ、この塔は見ごたえがあるな、と思う。 と思う間もなく、対岸に到着。目の前にそびえる大仏塔。 前回きたときはこの塔のかなり上の方まで登ることができたのだが、 何でも怪我人が出たとの事で途中までしか上がれなくなっている。 結構、いいビューポイントだっただけにちょっと残念である。
 ところで、ここには猫がいる。 これまで犬は嫌になるほど見たが、猫はタイに来て初めてである。 これってシャム猫? んなことはなくてただのノラ猫のようだが…

   観光が終われば、次はお買い物。 約4時間かけて漢方薬関連、皮製品・衣類・小物、タイシルクの店と三軒続けてハシゴする。 バンコクの市内の渋滞を避けて、高速道路を使ったり郊外を迂回したりしてぐるぐる廻っているうちに、 自分がどの辺にいるのかもわからなくなってくる。 まぁ、自分の現在位置が判らなくても買い物に支障は無いのだが…  皮製品の店では店員の誘導に負けて象皮の財布など買ってみるが、本当に象なのかなぁ〜、 何だかペラペラでイメージと違う。 黄さんは、もう一軒ぐらい行きたかったようだが、ここでタイムアウト。

 再びチャオプラヤ川に戻るころには日も暮れて、すでに夜の7時である。 ここから約2時間、チャオプラヤー川の夜景を楽しみながらの食事となる。 船着場には全長20メートルぐらいの船が既に待機している。 乗り込むと船首側のデッキに案内される。 見晴らしは良いいけど、ここで食事をするの? テーブルも無いけど…  しかもさっきから時々、雲が青白く光っている。 まだ降り出してはいないけど、午前中のスコールを考えるとあまり屋外にはいたくない。 が、ベンチに腰を降ろすとすぐウエルカムドリンクが運ばれてくる。 続いて飲み物のオーダをとりに来るが。これはオプションで有料とのこと。 何か気のきいたものをオーダしたいが、こういう時、下戸は困る。 結局アイスコーヒーを頼むがおしゃれとは言い難い。
 いつのまにか船は川上に向けて出航。 いつ降り出すか不安はあるが、川を渡る風が心地よい。 お世辞にもきれいとは言えない(と言うかとても汚い)川面も夜の帳が隠してくれる。 空を気にしながらもアイスコーヒーを飲んでいると、 サックスを手にしたオッちゃんが登場。縮れた髪の毛に、浅黒い肌。なかなか恰幅がいい。 演奏が始まるとどこからともなく歌が聞こえてくる。 どこだろうと探してみれば、デッキの一段上の客室内で渋くきめたオッちゃんが 渋い声を張り上げている。船全体がステージと言う感じでそれなりに豪華な気分である。
サックスのオッちゃんにカメラを向けると、 ちょっとサックスの先端を持ち上げるような動作をする。 E子さんに言わすと、サックス奏者が一番格好良く見える姿勢、とのこと。 もっともバックにライトアップされた寺院なんかが入ってから撮ろうと思っているので、 カメラは向けてもシャッターは切らない。
 しばらくするとお目当てのライトアップされた建物が近づいてくる。 右手にワット・プラケオ、左手にワット・アルンといずれも先ほど見学したところだが、 雰囲気は大分違う。 あの派手派手しく感じられる色使いも闇の中に浮かび上がると妙に神々しい。 ようやくサックスのオッちゃんの後ろにワット・アルンが入ってきたので 改めてカメラを向ける。 いいアングルだと思うのだが、オッちゃんはもうサックスを持ち上げてはくれなかった。
 40分ほどしてようやく食事の時間となり、客室に案内される。 食事はバイキング方式で、考えてみればタイに来て初めてのタイ料理である。 米はもちろんタイ米だが、チャーハンとかカレーにはこの米がよく合う。 で、チャーハンにカレーをかけるとこれもまた妙に合うのである。 多少ゲテモノの気はあるが・・・ 
 食事を済ませ、誰かが山と積み上げたデザートも紅茶と一緒に片付けたところで、 ちょっと風にあたりたくなりデッキに出てみる。 既に折り返し地点を過ぎ出発点近くまで戻ったところで、 時間調整なのか他の船の邪魔にならぬよう川の端の方に碇泊中である。 どこの寺院なのかライトアップされた尖塔が見える。 と、ここでポツポツと雨が落ちてくる。午前中の教訓を生かし可及的速やかに船内に撤収。 ここでザーッ、見事な降り方である。午前中のスコールを凌ぐ勢いで雨粒が窓ガラスを叩く。 これを潮時のように船が動き出した。

 船着場についても雨は上がらない。 先程と比べればはるかに小降りになってはいるのだが、 世間一般では(少なくとも日本では)小降りと言うには無理がある。 桟橋から目の前のショッピングセンターへ逃げ込む。 黄さんは携帯電話でバスの運転手と連絡をとっている。 タイミングを見計らって今度はバスめがけて走る。
 自分の席に落ち着いて2日目のスケジュールも無事終了、ホテルへ向かう。 バンコクでのお宿は、スクンビット地区のウィンザー・スィートホテル。 前回来たときに泊まったホテルも同じエリア内にあり、 車窓を見ているとどの辺を走っているのか判ってしまう。 何となく土地勘がついてきたような気がしてうれしい。 ラーマW世通りから路地に入ったので、
「そろそろホテルに着くよ」 と、相変わらずの知ったかぶりでTAKUくんに教えると、 右手にホテルらしい建物が見えてきた。ヨシヨシ、と思っていたら何か見覚えのある建物である。 ありゃ、これは前回泊まったホテルではないか。 どうやら思っていたよりも東側に来ているらしい。と言う訳で今回は見事にハズレ。 結局、そのままスクンビット通りまで出て、ぐるっと廻ってホテルに到着。
 ガイドブックによると準上級のホテルとのことだが、 実際に来てみれば30階近い高層のホテルで、 日本国内を旅行しているときには間違っても使わない(使えない?)立派なホテルである。 高層ホテルの客室から外を見ると下のほうにBTSの高架橋が見え、 上の方ではまだ時折り雷が光る。
「今日も疲れたなぁ〜」
ベットに横になると、雷が雲を青白く幻想的に照らす。 もう、このまま寝てしまおうかなぁ、と思うが… やっぱり今日もIKUさんの部屋で反省会があるのであった。
「今日は行かないよ」
と一度は言ったものの、ついつい行ってしまうオレって…?と思いながら、 (しかも一滴の酒も飲まず…)バンコクの夜はふけていく。

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