〜 混植に関する考え方 〜

農業を営む上で、経営上合理的だと考えられる方法の一つに、「1品種単作」という方法があります。
つまり、1枚の畑に同じ作物を連続して整然と植え付けるやり方です。
これは、あらためて説明の必要がないほど一般的または普遍的で、実際に周囲の畑を見ても、それ以外の方法はほとんど見つけられないのではないでしょうか。
複数品種の「混植」という方法は、近代化された農業に対するアンチテーゼのようなものかもしれません。
ここでは、KONDO ヴィンヤードの一部で行っている混植畑に関して、日ごろ感じていることを紹介します。


混植のメリット その 1 - 作業の合理化?について


一見矛盾のようですが、実は混植をすることで合理化できる作業は幾つもあると感じています。例えば防除を考えてみましょう。

化学農薬を使うか使わないかは別の議論として、かつて歌志内で普通に(慣行農法で)畑を管理していた時代は、品種によって防除体系を替えていましたし、減農薬のために区画を分けて無い知恵を絞っていました。つまり、ミュラー・トゥルガウは生育が少し早いから今が防除のしどきだとか、ソーヴィニョン・ブランはベトに強いから今は殺菌剤を撒かなくても良いな、とか。

混植は、そんな悩みを一掃してくれます。いろいろな品種がごちゃごちゃ同じ場所にあれば、考えても無駄だからです。

また、日々もろもろの作業も、「あの品種はそろそろ新梢が伸びてきたから誘引しなきゃ」とか、「あっちの畑の芽かきしなきゃ」なんて考え考えやっていたものですが、その次元の話からは全て解放されます。結局、何度も同じ畑をぐるぐる回る結果になるわけですが、それがすなわち農業に一番求められる姿勢だろうと思います。

考えることを放棄するのではなく、肌で感じ、目で見ることをより重視する姿勢を再発見できることが、第一のメリットではないかと思っています。

混植のメリット その2 - 管理が面白い

実はこれ、けっこう大事な理由かもしれません。

同じ品種が同じ間隔で延々と100m続くよりも、次の1本その次の1本を見ながら管理する方がメンタル面で充実するし、実際に「よく観察しよう」とするものです。時には、自分でも目の前で見ているその品種がよくわからなくて、「これ、何だっけ?」と疑問に思いながら仕事をしています。それがそのまま、
そのぶどうをよく見ていることにつながっているのではないでしょうか。

巨大トラクターの上から見下ろす(しかもガラス越しに)北海道の大規模農業は、「個」の観察が極端に薄まっていると思います。ぶどうも人間と同じで、1本1本に個性があるものなのです。

混植のメリット その3 - リスク分散になる

現実的には、一番大きい肯定の理由ではないでしょうか。

特に、自然的な栽培を志向すればするほど、単一栽培で失敗した場合のダメージは大きいものです。例えば、つる割れ病に弱いソーヴィニョン・ブランを一面に植え付けて、ある年にそのつる割れ病が特異的に出やすい環境が整ってしまったとしたら・・・(2009年の実話です)

その点では、同じ品種、同じ台木、同じ管理の仕方を100m連続でするよりも、そうでない方が有利だと思われます。

いや、混植までしなくても品種ごとに区画を変えて植え付ける方法でリスクの分散になるのでは・・・?

一見もっともらしい反論ですが、私自身の経験から、このことには現実的な弱点があるということが言えます。

例えばある区画が夏の間に何らかの理由で、今年のぶどうの収穫はもうほとんど望めない、そんな状態になってしまったとします。その際、人間の心とは打算的で弱いもので、その区画へ足を運ぶ機会は、収穫日に近づくほど少なくなっていくものなのです。どうせ収穫できないんだから、行っても無駄だ、と。

大規模、単一品種の概念は、あくまでも機械的に、効率的に、ミスのない管理をすることが前提で成り立つものです。

ただ単に栽培者としての私の腕が悪いだけ・・・。
あ、それもそうかもしれません。そのことは、もう少し反省しなければなりませんね。

混植のメリット その4 - ワインがおいしい

感じ方に個人差はあると思いますが、経験的に「複数品種ブレンドのワインは味わいが深い」傾向はあると思います。

ワインのブレンドに関しては(畑ブレンド、醸造後のブレンドに関わらず)、いわゆる「食べ合わせ」のように相互に味を否定しあう関係が少ないように感じます。むしろ、補完しあう関係の方が強いと思うのは私だけでしょうか・・・。

良い面だけを追っても片手落ちなので、一応否定の材料も自分なりに書いてみます。どんなに良いと思われる方法も、完全なものなどあるはずはありません・・・。

混植のデメリット その1 - 生育ステージのばらつきへの対処について

生育ステージの違う作物を同時に植えると、例えば収穫などの主要な作業を同時に行うことができないのではという、もっともな疑問が浮かんできます。

実は、「デメリット」と書き出した割には、個人的には今のところあまりそのように感じていません。というか、積雪、寒冷地の北海道はもともと生育ステージが本州などに比べて短く、また、収穫直前は気温の日較差も大きいため、品種間の生育のばらつき、特に収穫期の誤差は少ないのです。

例えば、極端に萌芽の早いセイベル系とか収穫時期が全く違うジーガレーベとかオルテガとか、そんな特殊な品種を植えなければ、たいていのものは許容範囲内に収まるものです。
これはある意味、北海道の空知地方という地域特性が、デメリットをカバーしているとも言えると思います。

混植のデメリット その2 - 人への説明が難しい

長々とこんな混植の説明をしていることが、そもそもそのデメリットの理由を証明しています。

一般のほとんどの人は、この畑の品種は?このワインの品種は?といったことに興味を持ちますし、原料の明確な情報開示の観点からも、その疑問にはある程度答えなくてはなりません。セパージュのパーセンテージ?・・・植えてる本人にもわかりません。


畑のことをトータルで考えようとする場合、土のこと、微生物のこと、草のこと、そしてその上の作物(ぶどう)のことも、結局、「混沌の上に秩序がある」姿が一番完全に近いと思っています。最後は観念的な話になってしまいますが、畑の中での多様な生物相を、ワインを造る人間の都合で突き詰めていくと、混植は必然になるような気もしています。

では、なぜ畑の100%を混植にしないのか?それはただ単に私が臆病なだけなのです・・・。結局、経済のことも考えると、簡単明瞭な単一ワインも造る必要があるわけです。

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