不機嫌な時代

 

登場人物

*香月あかね(こうづき・あかね)(二十七歳) 元システムエンジニア。

*香月さつき(こうづき・さつき)(二十五歳)あかねの妹。受付嬢。

*南条誠太郎(なんじょう・せいたろう)(四十五歳)有限会社システム・プランナー社長。

*ジョン・マコーダック(三十七歳)アメリカ人。

*レジ係(女)

*ニコニココープ店長(男)

*総務係(女)

*社員A(男)

*社員B(男)

 

 

○東京郊外・香月家・外観

   五月。早朝である。

 

○香月家二階・あかねの部屋

   大きな書棚。机。ベッド。書棚と机には、英語のコンピューター関係の本。日本語の小説、詩集など。机の上にはパソコン。

ベッドで眠っているあかね(二十七歳)。

あかね、ぱっちりと目を開ける。

起き上がる。

目覚まし時計が鳴り出す。時計を止めるあかね。

午前五時三十分。

 

○香月家一階・居間

   薄暗い室内。あかねが入ってくる。着替え終わっている。

   あかね、部屋のベランダのカーテンを開ける。

 

○同・居間と続きの洗面所

   顔を洗うあかね。

 

○同・居間と続きの仏間

   鈴を鳴らして仏壇に手を合わせるあかね。仏壇には両親の遺影が飾られている。

 

○同・居間

   置かれている小さな書棚から、英語の本と辞書を取り出し、テーブルの上に置く。テーブルに向かって座り、本を開き、一心に読み出す。

あかね「……the velocity of calculation.

       ん? Velocity?」

    辞書を開く。

あかね「velocity……velocity……。Velocity……速度か」

 

○同・同

   午前六時三十三分。

   あかね、居間のテレビでやっている「みんなの体操」にあわせて、身体を動かしている。

 

○同・同

   あかね、テレビの英会話の番組を見て、発音している。

 

○同・同

   あかね、新聞を広げてニュースに目を通している。

   居間の時計を見上げる。

   午前七時二分。

   あかね、立ち上がる。

 

同・居間と続きのダイニング・キッチン。

   あかね、流しで手を洗う。

 

同・同

   あかね、朝食の支度をする。

   トーストを焼き、野菜を刻んで盛り付け、卵をといてオムレツを作る。いずれも手際がいい。

 

○同・同

   あかね、食卓の上でコーヒーポットで、コーヒーを淹れている。

   午前七時四十分。

   階段を下りてくる音。

   居間にさつき(二十五歳)が入ってくる。トレーナーを着ている。

さつき「お姉ちゃん、おはよう」

あかね「(ぶっきらぼうに)おはよう」

   さつき、キッチンを横切って洗面所に行く。水を出し顔を洗い、うがいをする音。食卓に戻って腰掛ける。

さつき「ああ、お腹すいた」

   箸を取って食べようとする。

あかね「あんた、お父さんお母さんに挨拶は」

さつき「あ、そうか」

   さつき、立ち上がり、仏間に行く。鈴を鳴らす音。

   戻ってきたさつき、もりもりと食べ始める。

あかね「あんた、夕べ、何時頃帰ってきたの?」

さつき「(食べながら)ええっと、十一時半かな。酔っ払ってたからよく覚えてない」

あかね「夕べは何だったの?」

さつき「取引先の会社の若い男の子たちと合コンよ。イケメンばっかりで、楽しかったな」

あかね「……」

さつき「お姉ちゃん、コーヒーまだ?」

あかね「今、淹れてるの。見りゃわかるでしょ」

   あかね、コーヒーを二つのカップに注ぐ。

あかね「(カップをさつきの方へやって)どうぞ」

さつき「ありがとう(飲む)。うーん、おいしい。お酒の翌朝はコーヒーに限るわね」

   あかね、腰を下ろす。

あかね「(合掌して)いただきます」

   食べ始めるあかね。

さつき「(食べながら)お姉ちゃんも、家でくすぶってないで、外で彼氏でも見つけたら?」

あかね「……(黙って食べる)」

さつき「受付の仲間から聞いたんだけど、欲求不満がたまると、万引きに走る人もいるそうよ」

あかね「(にらみつけて)早く食べなさい、早く。会社に遅れるわよ」

 

○同・同

   あかね、流しで食器を洗っている。

   さつき、居間に入って来る。通勤着に着替え、メークもばっちりきまっている。

さつき「じゃ、行ってくる。お姉ちゃん、今晩のおかず何?」

あかね「シチュー」

さつき「またシチュー?」

あかね「何よ? なんか文句ある?」

さつき「……いえいえ、ありません。じゃあね」

あかね「行ってらっしゃい」

   さつき、居間から出て行く。玄関の扉を開けて締める音。

あかね「はー(大きくため息)」

 

○同・居間

   午前八時二十分。

   あかね、お茶を飲みながら、テレビで「朝の連続テレビ小説」を見ている。

 

○香月家・階段

   あかね、電気掃除機をかかえて二階に上がる。

 

○同・さつきの部屋

   ドレッサー、洋服ダンスなどが並び、あかねの部屋と対照的である。

   あかね、掃除機をかけている。

 

香月家一階・洗面所の隣の洗濯機の前

   回っている洗濯機。見つめているあかね。

 

○香月家・庭

   作業用の服装のあかね、雑草をむしっている。

 

○同・居間

   ソファにふんぞり返っているあかね。疲れて呆然としている様子。

 

○同・ダイニング・キッチン

   午後十二時三分。

   あかね、漬物で茶漬けを食べている。

 

○同・居間

   ソファで昼寝しているあかね。

   ふと目を開ける。

   午後一時三十分。

   起き上がる。

 

○同・玄関・外

   扉に鍵をかけるあかね。

   鍵がかかっていることを確かめると歩き出す。

 

○近所の街角

   スーツ姿でアタッシュケースを提げた外人マコーダック(三十七歳)が、町内の案内板を見ている。右手のメモと見比べているが、困っている様子。

   近くを通りかかった人に話かける。

マコーダック「Excuse me!

   しかし、話しかえられた通行人は手を振って行ってしまう。

   困った、という表情のマコーダック。

   その様子を立ち止まって見ているあかね。意を決して話しかける。

あかね「May I help you? (お困りですか?)」

マコーダック「Tank God! (ありがたい!)」

   マコーダック、メモを示す。

マコーダック「How do I get to Shirosawa-street? (白沢通りへはどう行けばいいんですか?)」

   あかね、メモと案内板を見比べてから

あかね「I see. I’m going the same way. Let’s go together. (わかりました。同じ方向へ行きます。一緒に行きましょう)」

マコーダック「Tank you!

   二人、いっしょに歩き出す。

あかね「Are you on business? (お仕事ですか?)」

マコーダック「Yes. I went Shinjuku and while I came. (ええ。新宿に来たついでに寄ったんです)」

   二人、白沢通りに着く。

あかね「This is Shirosawa-street.

マコーダック「(右手を差し出して) Thanks a lot. That was a big help. (どうもありがとう。助かりました)」

あかね「(握手しながら) No problem!  Have a nice business. (お安いご用です。よいお仕事を)」

マコーダック「Bye.

   二人、別れる。

   あかね、満足そうな表情。一人で歩き出す。

 

○ニコニココープ・外

   あかね、出入り口から中に入る。

 

○ニコニココープ・中

   食料品をカゴに入れるあかね。

 

○同・レジ

   レジに並んでいるあかね。

   レジの横にはサービスカウンター。南条(四十五歳)が店内放送をしている。

南条「(店内放送)いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。本日はニコニココープ、リニューアルセールにお越しくださいまして、誠にありがとうございます。本日に限りまして、ポイント十倍、ポイント十倍にてのご奉仕でございます……」

   あかねの番が来る。次々に品物の値段を読み上げていくレジ係。

   あかね、考え込んでいるような顔つき。

レジ係「一〇九八円になります」

あかね「ん? どうして?」

レジ係「は? 一〇九八円なんですけど」

あかね「そんなわけないでしょう」

レジ係「え?」

あかね「いい? 豚肉が三九八円、シチューの素が一五五円、スイートコーンが一二八円、ニンジンが六八円、ピーマンが九八円、タマネギが一九八円よ。全部で一〇四五円でしょう?」

レジ係「でも……」

あかね「足し算すればわかるでしょう。あなた、操作を間違ったんじゃないの?」

レジ係「バーコードで入れてるんで、間違いないと思うんですけど……。明細もそうなってますし……」

あかね「(レジ係の手元の明細の表示を覗きこんで)ははあ、合計金額に5パーセント課税してるわね。総額表示で計算するのに、どうして合計にまた課税するのよ?」

レジ係「えっ? (明細を見る)」

   うしろに並んでいる客が迷惑そうな顔をする。

レジ係「(サービスカウンターの方を見て)南条さーん」

   南条、飛んでくる。

南条「はい」

レジ係「計算が合わないんです」

   南条、うしろの客にわびを言い、レジに「休止中」の札を出す。

南条「(レジ係に)ちょっと代わって」

   レジの前に立ち、操作する。

南条「(あかねに)私、システム担当者です。お買い上げは一〇九八円になりますが」

あかね「ちがいます。合計は一〇四五円です。計算すればわかるでしょう」

   南条、ポケットから電卓を出し、計算する。

南条「申し訳ありません。一〇四五円です」

あかね「レジのシステムにバグがあるんじゃないんですか? 特定の条件の場合だけ、合計に五パーセント課税しちゃうんじゃないんですか?」

南条「申し訳ありません」

   そばに、ニコニココープ店長が寄ってくる。

店長「どうかしたのかね?」

レジ係「あ、店長」

南条「(店長に)レジシステムの不具合みたいで……」

店長「またかね。一体いつになったらレジシステムはまともに稼動するのかね」

南条「すいません」

店長「いつものように処理してくれたまえ。(あかねの方を向いて一転にこやかな顔つきになって)申し訳ございません。ただ今処理しますので」

   店長、去る。

南条「(あかねに)誠に申し訳ありませんが、一〇九八円、お支払いいただけませんか?」

あかね「えっ」

南条「すぐに差額はお返ししますので、申し訳ないんですが……」

あかね「だったら一〇四五円だけ取ればいいでしょう」

南条「処理の都合上、いったんお支払いいただかないといけないんで……」

あかね「なに、それ」

 

○白沢通り

   あかねと南条、連れ立って歩いている。

あかね「どこまで行くんですかぁ? わたし、五十三円返してもらえばいいだけなんだけど」

南条「すいません。この先ですから」

あかね「別の所で返してくれんですか?」

南条「はい」

   二人、歩く。

南条「あの」

あかね「はい」

南条「あなた、システムのことくわしいですね」

あかね「え、どうしてですか?」

南条「特定の条件のときに課税しちゃうって言ってましたよね」

あかね「ああ、あれ。昔、コンピューター関係の仕事をしてたもんで、なんとなく見当をつけただけです」

南条「システムエンジニアだったんですか?」

あかね「ええ、まあ。プログラマーを二年やって、そのあとシステムエンジニアを三年ほどやったんですけど」

南条「今は?」

あかね「無職です。二年前に母が脳梗塞で倒れて、介護のために辞めたんです。その母も半年前に亡くなって」

南条「どうして、また就職しないんですか?」

あかね「今、妹といっしょに暮らしてるんですけど、面倒を見てやらないとならなくて……」

南条「妹さん、お仕事は?」

あかね「してます。商社の受付やってます。妹と二人で、母の介護してたんですけど、妹はその間も仕事を続けてて、結局わたしが家事を引き受けざるを得なくって……」

南条「ふーん」

あかね「ほんとに、なんでわたしがこんなにがんばらないといけないのか。妹は、悪魔ですよ。悪魔。そりゃ、家に生活費を入れてくれてはいますよ。でも、だからって家のことなんにもやらなくていいってことにはならないでしょう。こんな生活が、いつまで続くのか……」

   南条、黙って聞いている。

 

○システム・プランナーが入った雑居ビル・外

   二人、やってくる。

南条「ここです」

   二人、中に入る。階段を上がって、二階に行く。あたりを見るあかね。

 

○システム・プランナー・廊下

   扉があり、そのわきに看板『有限会社システム・プランナー』。英語でも併記してある。

南条「(扉を開けて)どうぞ」

   南条とともに中に入るあかね。

 

○同・中

   いくつかの事務机が並んでおり、それぞれの上にパソコンが置かれている。しかし、いるのは総務係が一人だけ。

南条「ただいま」

総務係「おかえりなさいませ、社長」

あかね「社長? ニコニココープの人じゃないんですか?」

南条「出向してるんですよ。(総務係に)また、ニコニココープで過誤払いだ。こちらに五十三円払って。これが伝票」

   ポケットから伝票を出して総務係にわたす。

総務係「わかりました。(あかねにかたわらの椅子を示し)じゃ、こちらでお待ちください」

   あかね、腰掛ける。

   見ると、前の事務机のビニールマットの中に、英文の記事の切抜きが入っている。南条の写真も載っており、『日本で画期的なGPS技術』(英文)という見出しが付いている。あかね、興味を持って読む。

   南条、そばの机の上に乗った郵便物に目を通している。

   あかね、顔を上げて南条の方を見る。

あかね「GPSに関する特許をお持ちなんですね」

南条「ああ、昔の話ですよ。特許を取って会社を作ったのはいいけど、営業が追いつかなくてね。今じゃ、社長の私まで出向してるんだ。ニコニココープも、システムの運用を別の会社から引き継いだんだけど、トラブルばっかりで……」

   黙って聞いているあかね。

   南条、はっとわれに帰って

南条「じゃ、お金受け取ってください」

   そう言うと、部屋の奥に行く。

総務係「では、五十三円。で、お手数ですけど、こちらにお名前とご住所を書いてください」

   あかね、五十三円を財布に仕舞い、書類とボールペンを受け取る。

   あかね、書類に書き込む。『香月あかね。東京都渋谷区北沢……』

   出入り口の扉が開く音。

声「Hello!

      顔を上げるあかね。

あかね「あれっ」

   出入り口にマコーダックが立っている。

マコーダック「(あかねに気づいて)Oh, Are you a member of this company? (おや、あなた、この会社の社員なんですか?)

あかね「No. By chance. (ちがいます。偶然です)」

   あかね、立ち上がり、マコーダックのそばに行く。

あかね「Is this company where you want to go to? (あなたが来たかったのはこの会社なんですか?)」

マコーダック「Yes. I want to see Mr. Seitarou Nanjou. (そうです。南条誠太郎さんにお会いしたいんです)」

   総務係、あかねのそばに来て

総務係「なんて言ってるの?」

あかね「南条誠太郎さんに会いたいって」

総務係「(奥へ向かって)あの、社長」

南条「(出てくる)どうしたの?」

総務係「お客様です」

マコーダック「(南条に)Are you Mr. Nanjou ?  (南条さんですか?)」

南条「イ、イエス」

マコーダック「(南条の右手を取って握手し)

   How do you do ? 

何条「(握手して)ハウ、ドウ・ユウ・ドウ……」

マコーダック「My name is John McCodak. I came from USA.  I’m very glad to see you.

    南条、困ったような表情。

あかね「こちらアメリカのジョン・マコーダックさん。会えてうれしいって言ってます」

南条「(ほっとして)何の用事なのかな?」

あかね「あのう、遠くからいらしたお客様に立ち話させるんですか?」

南条「あ、そうか。じゃ、こっちに」

   奥へ行く。

あかね「(マコーダックに)Over this way. (こちらにどうぞ)」

 

○同・応接スペース

   午後三時二十分。

南条「(椅子を勧めて)どうぞ」

あかね「Sit down please.

マコーダック「Thank you.

   マコーダック、腰掛ける。

あかね「(南条に)じゃ、わたしはこれで(帰りかける)」

南条「ちょ、ちょっと待って」

あかね「はい?」

南条「通訳してよ。頼むよ」

あかね「え……しょうがないなあ。わかりました」

南条「じゃ、すわって」

   南条とあかね、腰掛ける。

あかね「I’ll join you. (同席します)

南条「(あかねの方を見て)用件は?」

あかね「How may I help you?

マコーダック「I’m a manager of TCOM. It is a system house. Our office is in Boston. We were interested in your GPS technology.

あかね「こちらボストンのティーコムというシステムハウスのマネージャーだそうです。以前からあなた方のGPS技術に興味を持っていたそうです」

 

○同・出入り口・中

   午後四時四十三分。

   あかねと南条、マコーダックを見送る。

マコーダック「Thanks for your attention.  I expect the good reply.

あかね「(通訳して)話を聞いてくれてありがとうございます。よい返事を期待しています」

南条「サンキュー・ベリー・マッチ」

マコーダック「(南条と握手して)Thank you!  (二人に)Bye!

あかね「Take care. (お気をつけて)

   マコーダック、出て行く。

あかね「はー(大きくため息)」

南条「どうもありがとう。助かったよ」

あかね「もう帰ってもいいですね。わたし、晩ごはんの支度があるんです」

南条「ねえ、君。うちで働かないか?」

あかね「え?」

南条「この件を処理するにも手が足りないんだ。英語が出来て、しかもシステムエンジニアの経験もある人ならうってつけだ。とりあえず非常勤で、この件が終わるまでということで、どうだろう?」

あかね「……」

南条「頼むよ。考えてくれないか」

 

○香月家・ダイニング・キッチン

   午後五時五十分。

   あかね、夕食の支度。ニンジンを切っている。

   包丁を持つ手を止めて、ふと考え込む。

あかね「就職か……」

 

○同・同

   午後七時四十二分。

   食卓で考え込んでいるあかね。

   ダイニング・キッチンだけ灯りがついていて、居間は暗い。

   玄関が開く音が聞こえ、さつきが入ってくる。

さつき「ただいま。どうしたの電気もつけないで」

   さつき、居間の灯りをつける。ベランダのカーテンも閉めていない。さつき、カーテンを閉める。

あかね「さつき、話があるの」

さつき「なに、あらたまって」

あかね「早く手洗ってうがいしてきなさい」

   さつき、洗面所の方へ行く。

あかね、流しでコップに水を汲んで飲む。大きく息をすると食卓につく。

   さつき、戻ってくる。

さつき「はい、何ですか」

あかね「そこにすわって」

   さつき、食卓につく。

あかね「わたし、働こうと思う」

さつき「えっ」

あかね「今日ね、ひょんなことからある情報システム開発会社の社長と知り合ってね。そこで、わたしを雇ってくれることになったのよ」

さつき「……」

あかね「こんな機会、二度とないと思うからやってみたいの」

さつき「だいじょうぶなの?」

あかね「何が?」

さつき「コンピューターの世界って移り変わりが激しいんでしょう。二年もブランクがあって、しかも二十七で独身の女なんて、ほんとに雇ってもらえるの?」

あかね「向こうはね、英語の出来る人材をほしがってるの。そりゃ最初は非常勤だけど、わたしはチャレンジしてみたいの」

さつき「非常勤ってことは、いつも出なくてもいいわけね」

あかね「いや、新しいプロジェクトに入るから、当分忙しいと思う」

さつき「ちょっと待ってよ。じゃ、ご飯の支度や洗濯は?」

あかね「自分のことは自分でやる」

さつき「え、そんな」

あかね「わたしも働くわけだから。あんたと立場は対等だからね。ご飯の支度も掃除も洗濯も、自分のことは自分でやってもらうからね」

さつき「待ってよ。ねえ、お姉ちゃん、何も無理して働くことはないんじゃない。二人暮らしなんだから、家事を別々にやるなんて効率的じゃないわ。わたし、もう少し生活費出してもいいから……」

あかね「だめ。もう決めたの」

さつき「そんな…」

あかね「特別に朝ごはんは今まで通り作ってあげる。庭の手入れと居間とか廊下とかの掃除は交代でね。それ以外は、自分のことは自分でやる。いいわね」

さつき「えー……」

あかね「話はそれだけ。じゃ、晩ごはんにしようか」

 

システム・プランナー・中

   翌日。午前九時。

   社員たちが、雑談をしたりコーヒーを飲んだりしている。

   あかね、スーツ姿で出入り口から入ってくる。

あかね「おはようございます」

総務係「あ、おはようございます」

あかね「社長、いらしてますか?」

総務係「はい、ちょっと待ってください」

   総務係、奥へ行く。

社員A「(あかねに気づいて、社員Bに)おい、新入社員かな?」

社員B「新入社員にしてはふけてるぜ」

   社員たちの様子を見て、憮然としているあかね。

   南条、出てくる。

あかね「おはようございます」

南条「おはよう」

あかね「昨日のお話し、お受けすることにしました」

南条「そうか。どうもありがとう。じゃ、今日から仲間だ。よろしく頼むよ」

あかね「よろしくおねがいします」

南条「じゃ、こっちへ。(総務係に)手続き、頼むよ」

総務係「はい」

 

○同・打ち合わせ用スペース

   あかね、南条がテーブルについている。

   あかねの前にメモ用のノート、勤務報告書の用紙。

南条「勤務に関しては、そういうことなんだ」

あかね「わかりました(ノートにメモを取る)」

南条「じゃ、みんなに紹介して、打ち合わせだ」

あかね「はい」

南条「(立ち上がって社員たちに)ちょっと、みんな。新しいプロジェクトの打ち合わせをやるから集まって」

   社員六人、テーブルにつく。

南条「まず最初に紹介しておきます。新しく非常勤で入った香月あかねさん。今回のプロジェクトを手伝ってくれます」

あかね「香月です。よろしくおねがいします」

南条「では、新しいプロジェクトのことなんですけど、アメリカのティーコムという会社から……」

あかね「あの、社長」

南条「はい?」

あかね「これは仕事の打ち合わせですよね?」

南条「そうだけど」

あかね「どうして皆さん、メモの用意をされてないんですか?」

   一瞬の間。

社員たち、自分の机に戻って筆記具を

取ってくる。

その様子を見ているあかね。

 

○香月家・居間

   午後七時五十五分。

   あかね、英文の書類を読んでいる。ソファやテーブルに所狭しと書類が置かれている。

    玄関を開ける音。さつきが入ってくる。

さつき「ただいま」

あかね「おかえり」

さつき「(部屋の中の様子に)どうしたの、これ?」

あかね「仕事の書類を読んでるの。今日中に目を通して、明日から会社で翻訳にかかるの」

さつき「フロッピーかCDに落としてパソコンで読めばいいじゃない」

あかね「電子媒体での持ち出しは禁じられてるの。コピーだって普通の複写機じゃ出来ないような紙になってるんだから」

さつき「外国の仕事なの?」

あかね「アメリカのシステムハウスがGPSを応用したシステムを作るの。この書類もアメリカ人のマネージャーが置いてったの」

さつき「ふーん。あ、ごはんは?」

あかね「自分のことは自分でやる。そう言ったでしょう」

さつき「えー。お姉ちゃんはどうしたの?」

あかね「残り物で済ました。あんたの分はないよ。あ、そうだ。カップ麺ならあるけど」

さつき「ちょっと。あたし、仕事して疲れて帰ってきたのよ」

あかね「わたしもよ。さてと(書類をまとめて束ね、二つの山にする)。わたし、お風呂に入ってくるから、書類に触らないでね。もしもことがあると会社の信用問題になるんだから」

さつき「二つに分けてるのはどうしてなの?」

あかね「右は読み終わった分。左はこれから読む分。じゃあね」

   あかね、浴室のほうへ行く。鼻歌を歌っている。

   さつき、浴室のほうをきっとにらむ。書類の山と浴室の方を交互に見る。

   不意に、書類の右の山から書類を二枚抜き取り、自分のバッグに入れる。

   バッグを持って居間から出て行くさつき。

   あかねの鼻歌だけが聞こえている。

 

○同・あかねの部屋

   朝。

   あかね、ベッドで眠っている。

   はっと目を開ける。目覚まし時計を見る。

   午前七時十分。

   飛び起きるあかね。

 

○同・ダイニング・キッチン

   トーストを電子レンジから取り出しているあかね。パジャマ姿である。

   さつき、入ってくる。

さつき「おはよう、お姉ちゃん」

あかね「おはよう。ごめん。夕べおそくて、起きられなかった。朝ごはんしたく出来てないの。トーストと牛乳で我慢して」

さつき「いいわよ。お姉ちゃんも働くようになったことだし。そうそうわがままも言ってられないから」

あかね「(さつきを見つめて)いいの?」

さつき「いいも悪いもないじゃない。じゃ、顔洗ってくる」

   さつき、洗面所の方へ行く。

   あかね、トーストを皿にのせ、冷蔵庫から牛乳のパックを取り出し、カップに注ぐ。

   さつき、戻ってくる。

さつき「(腰掛けようとして)ああ、挨拶ね」

   仏間に行く。鈴の音。

あかね「あっ、わたし、忘れてた」

   さつき、席につく。

   あかね、交代で仏間に行く。鈴の音。

    さつき、(まだ気づいてないな)という表情。

戻ってくるあかね。

さつき「お姉ちゃんが挨拶忘れるなんて、ほんと、めずらしいわね」

あかね「それだけ、今朝余裕がなくてね」

さつき「じゃ、いただきます」

あかね「(合掌して)いただきます」

    二人、食べ始める。

さつき「あたし、今日は早く帰ってこられるから」

あかね「わたしはわかんない。協力、頼むわね」

さつき「はい、はい」

    食べ続ける二人。

 

○香月家の前の道

    夕方。

    あかねが歩いてくる。肩をいからせ、早足である。

    立ち止まり、家の居間に灯りがついているのを見る。

あかね「……(憤慨している)」

 

香月家・ダイニング・キッチン

   午後七時十一分。

   さつき、カップ麺が出来上がるのを待っている。

   玄関が勢いよく開く。あかね、入ってくる。

あかね「さつきー!」

さつき「おかえり」

あかね「何度も携帯に電話したのに、何で出ないのよ!」

さつき「あたし、今日、来客の接待に狩り出されてたの。だから、携帯のそばにいなかったの」

あかね「あんた、書類知らない?」

さつき「え、何の書類?」

あかね「とぼけるんじゃない! わたしが夕べ読んでた書類よ。会社に行って調べてみたら二枚足りないの」

さつき「知らないわねえ」

あかね「嘘つきなさい! あんた以外に考えられないでしょう!」

さつき「知らないったら知らないわ。もともと足りなかったんじゃないの」

あかね「いいかげんにしなさいよ! 書類が足りないんで、アメリカに国際電話かけたりメール打ったりで大変だったんだから。昨日、会社でチェックしたときには全部揃ってたの。あんたが抜き取ったとしか思えないの」

さつき「人を泥棒呼ばわりしないでよ。お姉ちゃんがまちがえて捨てちゃったんじゃないの。自分の失敗、人のせいにするわけ?」

あかね「あんた、わたしが仕事するのが面白くないんでしょう。わたしに寄りかかって、家事をやってもらえなくなるのがいやなんでしょう。だから、わたしが仕事を失敗するように、書類盗ったんでしょう」

さつき「何のことだかわかんないわ(そっぽをむく)」

あかね「あんたはいつだってそう。いつだってわたしの邪魔をして、自分の思うとおりにしようとするんだから。でも、もうそれは通じないわよ。書類出しなさい!」

さつき「知らない!」

   にらみあう二人。

   玄関のチャイムの音。

   あかね、インターフォンに出る。

あかね「はい。ああ、どうもすいません。少しお待ちください。(インターフォンを切って、さつきに)お客さんよ。あげるからね」

さつき「……(そっぽをむく)」

あかね、玄関のほうへ行く。

あかね(声だけ)「わざわざ、すみません」

   あかね、南条をともなって入ってくる。

あかね「ちらかってますけど、どうぞ」

南条「お邪魔します」

あかね「(さつきを指し示して)妹です」

さつき「(軽く頭だけを下げ)こんばんは」

南条「こんばんは。(あかねに)夜分にすまないね。総務が帰っちゃって君の家の電話番号がわからなくてね。住所だけ何とかわかったもんだから、直接来たんだ」

あかね「すいません。で、例の件は?」

南条「うん、やっとマコーダックさんと連絡が取れてね。向こうの了解は取れた。書類の紛失は不問に付してくれるそうだ。該当の書類はあらためてファックスしてもらうことになった」

あかね「よかった」

南条「で、マコーダックさん、メールで君のことをほめてたよ。トラブルの対応の手際がいいって」

あかね「そんなこと、ないですよ」

南条「そこでね、考えたんだけども、香月くん。君をシステム・プランナーの正社員として迎えたいんだ」

あかね「え」

   さつき、こっちを向く。

あかね「でも、わたし、非常勤としての実績もまったくないのに……」

南条「今回のことで、君の能力が高いことはよくわかった。正社員として腕をふるってみてほしいんだ」

さつき「(話に割って入って)困ります!」

   あかねと南条、さつきの方を向く。

さつき「困るんです。姉に働かれると、この家の中めちゃめちゃになります。食事も洗濯も掃除も誰もやる人がいないんです。姉に働かれると困るんです」

南条「妹さん……」

あかね「あんたは余計な口出しするんじゃない。あんたは、いつだって自分のことしか考えてないんだから。いつだって、自分一人がいいように人生送ってきたんだから。お父さんが死んで、お母さんが倒れて、家がたいへんなときでも自分一人がいいように生きてきて。お母さんの世話だって、結局わたし一人でやったんじゃないの」

さつき「あたしだって、働いて、家にお金を入れてるわ。お姉ちゃんが食べていけるのはあたしの稼ぎのおかげじゃない」

あかね「だからって家のこと、わたし一人に押し付けていいってことにはならないでしょう。何よ。男の子と遊び歩いてるくせに」

さつき「働いてるあたしが何しようと、あたしの勝手だわ。ひがまないでよ」

あかね「あんただけ勝手なまねをしてるのは、不公平だわ。お父さん、お母さんはもういないわけだし。あたしも自分の好きなようにやらせてもらう」

  行き詰る会話。気まずい間。

南条「まあ、落ち着いて。ぼくは兄弟がいないから、よくわからないけど、君たち、たった二人の姉妹なんだろう?」

   黙り込む二人。

南条「お父さんもお母さんもいない。この世の中でたった二人だけの家族なんだろう。お互いのこと、もう少し大事にしてもいいんじゃないかな」

あかね「そりゃ、きょうだいにはちがいないけど……。でも、だからっていつまでも自由を束縛され続けるのは……。わたしのだってやりたいことは、あるわけだし……」

南条「それを我慢しろって言ってるわけじゃないよ。協力し合ったらどうかって言ってるんだ。(さつきに)ねえ?」

   黙っているさつき。

南条「幼い頃から、きょうだいって本当にうらやましかったよ。何をやるにも一緒に出来て。きっと心強いだろうなって思ってた。君たちだってきょうだいがいてよかったって、思ったことあるだろう?」

あかね「(神妙な面持ちで)そりゃ、いやなことだけじゃなかったですよ。勇気づけられたこともあります。今の生活をするようになってから、妹が、うっとうしかったのは事実ですけど。でも、わたしの支えになっていたことも事実です。日々の生活のやりがいになってました。新しい料理を作ってみて、妹がおいしいって言ってくれたら、そりゃ、うれしかったです。まあ、食事のあとかたづけくらい手伝ってくれてもいいのになって思っていましたけど」

南条「(さつきに)お姉さんが、こんな思いでいるんだ。君も、お姉さんを助けてもいいんじゃないのかい。お姉さんが自分の力で働こうとしてるんだ。いっしょに協力してあげるのがきょうだいだろう」

   さつき、涙がこみ上げてくる。

   不意に部屋を飛び出すさつき。階段を上る音。

あかね「(われに帰って)ご心配をおかけしてすいません」

南条「いや、いいんだ」

   階段を下りてくる音。さつき、入ってくる。

さつき「(書類を差し出して)ごめんなさい!」

   南条、書類を受け取る。内容を確かめる。

南条「まちがいない」

あかね「……(大きく息をつく)」

さつき「お姉ちゃんが働くと、今までみたいな暮らしが出来なくなるって思って……。ごめんなさい」

あかね「たちが悪すぎ」

   南条、(おい)という顔であかねを見る。

   あかね、両腕を組む。

南条「で、お姉さん、働いてもいいんだね?」

さつき「(大きくうなずいて)はい、はい。今まであたし、わがままでした。お父さんが生きているときから、家族みんなにちやほやされて、いい気になってたんです。お姉ちゃんだけにたいへんなこと、押しつけて……。ごめんなさい」

南条「(あかねに)どうだい、許してあげたら?」

あかね「(腕組みをといて)社長がそうおっしゃってくれるなら、わたしはいいですけど。(さつきに)でもね、さつき、わたしが働くとなると、ほんとに今までみたいにはいかないからね。あんたにも、それ相応の負担をしてもらわないといけないからね。もし、それが出来ないなら……」

さつき「(あかねを見て)……」

あかね「わたしは一人暮らしをするからね。この家、出て行くから」

さつき「……(しゅんとなる)」

南条「まあ、そう決まったわけじゃないし、これからお互いがんばればいいんだろう。うちの会社も、海外と提携した仕事は初めてなんだ。お姉さんの力はぜひとも必要なんだ。君にも協力を頼むよ」

あかね「そうよ。あんたもう二十五でしょう。世の中には、二十五で一人暮らしして、家事も仕事もがんばっている人が大勢いるのよ。あんたに、出来ないはずないわ」

さつき「(自分に言い聞かせるように)そうね、あたし、がんばってみる。掃除も洗濯も食事の支度も、一人前に出来るようになる。お姉ちゃん一人に苦労はかけないわ」

南条「よかった。みんなで、それぞれがんばっていこうよ」

あかね「今日は、本当に、ありがとうございました。一日予定は遅れましたけど、明日から作業に入りますから」

南条「うん、頼むよ。じゃ、ぼくはこれで」

   南条、帰る。見送りに出るあかね。

   さつき、カップ麺の蓋を開けてみる。すっかりのび切っている。

   あかね、戻ってくる。

さつき「お姉ちゃん」

あかね「なに?」

さつき「あたし、明日からがんばるから、今晩の晩ごはん、作ってくれるよねぇ」

あかね「(目をむいてにらみつけ)あんたねぇ……」

 

                                     

                            2004年6月執筆

 

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