はるかなる風の中に

 

    1

 

 

 「夢を見ました」

 男は画面の中で告白を始める。

 モニターに映っているのは一人の若い男。ぼさぼさの髪。日に焼けた顔。その瞳には精気があふれていた。

 画面の右下にこの男に関するデータの文字列が浮かぶ。

 <ジミー・オードウェル。二十四歳。学院学生>

 「夢の中で、私は丘の上に立っています。眼下は見わたす限り青々とした草原です。さわやかな風が頬に当たって、とても気持ちがいいです。私はその丘に立って誰かが来るのを待っています」

 モニターをながめていたモリスは、ジミーというその青年が語る内容に心当たりがあった。作業卓のかたわらにあるディスプレイに自分の監視作業記録を表示させてみる。三日前だ。町の鍛冶屋に勤める青年が、今ジミーが話しているのとほとんど同じ内容の夢を見ていた。

 モリスは、ジミーと同じ二十四歳。ただし、その年齢の持つ意味は二人の間でまったくちがう。モリスは、四年前に二百年の冷凍睡眠から目覚め、三か月の研修ののち監視者となった。眠っていた時間も加えれば、モリスは二百二十四歳ということになる。それに対して、ジミーは生まれてから二十四年しか生きていない。

 「私がこの夢を見たのはこれが三度目です。三回も同じ夢を見るということには何か意味があるのでしょうか?」

 ジミーの告白は続いている。

 モリスはしばらくこの青年を追うことにした。

 監視室の中には三十台のモニターが置かれ、白い制服に身を包んだ監視者たちが自分の受け持ち区域の画像を見ている。

 もしかすると、これは何かの前兆かもしれない。

 何の根拠もないのに、モリスにはそんな考えが浮かんだ。

 

 

 丘の上の会堂から午後五時の鐘が鳴り響く。

 この鐘は<アース・ベル>と呼ばれ、太陽系を出発した移民宇宙船がこの星――47アルセ・マジョリス第二惑星に到着した年に鋳造された物だった。

学院の講義をすべて終えたジミーは、アパートの帰る前にセリーナの家へ行こうと決めた。学院の門を出るとエコータウンの中心街に通じる道ではなく、町はずれの農村部へ向かう道を進んだ。

 白茶けた土壁の小さな家は、沈もうとする夕陽にぎらぎら照らされながら、広い畑の中にぽつんと建っていた。畑の彼方には風力発電のための巨大な風車が見える。小さな家の古びた木の扉を叩くと、扉はぎいと音を立てて開いた。顔を出したのはセリーナの母だった。

 「こんにちは。見舞いに来ました」

 ジミーの言葉に、母はやせて頬骨の出た顔をほころばせた。

 「おやジミー。いつもすまないね。セリーナも今日はかげんがいいみたいだよ。さあ、入っておくれ」

 母はジミーを迎え入れ、居間の奥へ向かって声をあげた。

 「セリーナ。ジミーが来てくれたよ」

 そしてまたジミーの方を見てにっこり笑った。

 「かけて待ってておくれ。今お茶をいれるから」

 居間に置いてある円いテーブルと二つの椅子を手で示した。ジミーは遠慮なく腰かける。

 セリーナは母と二人暮しだった。幼なじみだったジミーは、セリーナといっしょにこの農村と町の中間地帯で遊んだものだった。ジミーの生家は農村にあったが、家と家の間が離れているせいか農村の子よりも、町はずれに住むセリーナと遊ぶ機会が多かった。それは、ジミーの両親が幼いジミーを連れて作物を町へ運ぶ途中、セリーナの家のそばの井戸で一休みしたからだった。

 鬼ごっこ。木登り。花つみ。

 セリーナは町の子の仲間に入れてもらえない病弱な子だったが、ジミーとだけは心を開いて遊んだ。

 年が移り、町の初等学校に通うようになってからもセリーナとの仲は変わらなかった。クラスはちがっていたがセリーナは同じ学校に通っていた。

 町の子供たちと交わるようになってから、ジミーはセリーナが仲間はずれにされたことについて話を聞いた。セリーナが町の子どもたちの輪に入れてもらえなかったのは、彼女が病弱なせいもあったのだが、彼女がいっしょにいると時々奇妙なことが起こるからだった。食器がはね上がったり、小鳥や野良犬がよって来たり、他の子が考えていることを言い当てたり。最初は面白がっていた子どもたちも、しだいに気味悪がり始め、彼女をその小さな社会からしめ出してしまった。

 ジミーがそのことをたずねた時、セリーナは笑ってこう言った。

 「昔は、たしかにそんなこともあったけど、今は起こそうとしても起こらないわ」

 その言葉を聞いて、ジミーはなぜか安心した。

 セリーナは花を栽培して町に売りに行く母の手伝いをしていた。しかし、ここ三か月ほどの間、身体に変調をきたしていた。高熱が出てうなされる日が続いたかと思うと、異様に気分が高揚することがあった。さらに身体じゅうに発疹が出ることもあった。町の医者が来たが、その原因はわからなかった。セリーナは不規則な心身の異常と小康を繰り返していた。そしてジミーは五日と置かずセリーナを見舞っていた。

 セリーナが寝室から出て来た。きゃしゃな身体に白いネグリジェを着て、青いガウンをはおっていた。そのどちらもが母の手製だった。

 「こんにちは」

 セリーナは長い黒髪を手でとかしながら、ジミーの向かいの椅子に腰をおろした。白い、面長の整った顔も今日は血色がよかった。

 「今日は元気そうだね」

 「ええ、身体の方は何ともないの。でも、変な夢ばかり見て……」

 「夢と言えば、ぼくもこのところ三回も同じ夢を見たんで、今日学院へ行く前に告白してきたんだ」

 「どんな夢を見たの?」

 ジミーは丘の上で待つ夢の話をした。セリーナは瞳を丸くした。

 「へえー、不思議ねえ。わたしの見た夢の中にも同じようなのがあったわ。でも、それは何かを待ってるだけじゃないの。丘の上からわたしは飛ぶのよ。風を切って空を飛んで何かを探しに行くのよ。するとね、青い空のかなたから大きな銀色の球がいっぱい降りてくるの。わたしはそれを見てすごくうれしくなるんだけど、夢はそこで終わっちゃうの」

 セリーナの瞳は輝いている。それはまるで、夢の光景をもう一度眼前にしているかのようだった。

 「たしかに不思議だね。でも、それを告白してみれば何か意味が得られるかもしれないよ」

 告白とは、心の平安をもたらすシステムだった。エコータウンの町のあちこち設けられた告白室と呼ばれる小部屋。この中にはエコータウンの守護聖人――計画者の像が置かれていた。悩みを持つ者が告白室に入り、この像に向かって告白すると部屋に備えられた電子頭脳(それがどんな仕組みかジミーは知らない)が告白の内容を分析する。電子頭脳は、告白に対して助言を与える場合もあれば、黙って聞き流す場合もあった。このシステムは、宇宙移民とエコータウン建設を指導した計画者と呼ばれる人物が考案し、彼の後継者たちが完成させたものだった。

 「夢に意味を求める事自体、無意味だわ」

 その語気の強さに、ジミーは思わずセリーナを見た。セリーナは中空を仰ぎ、瞳孔は大きく開かれている。

 「あっ」

 母の声がした。

 ジミーがふりむくと、湯気をたてた白いティーカップが宙に浮いていた。

 それは、セリーナの母が盆にのせて台所から運んできた二つのうちの一つだった。ティーカップは、盆から三十センチくらいの高さに浮かび、夕暮れの淡い光の中をゆらゆらと揺れている。不意にもう一つのカップもすうっと浮かび上がった。

 呆然としていたセリーナの母は、から担った盆を取り落とした。木の盆は、カラカラと音をたてて床を転がった。母は両手を口に押し当てて、おののいていた。

 「ああ……計画者さま……」

 中空に浮いた二つの白いカップは小さくぶつかり合い、カチャカチャと音をたてていたが、やがてゆっくりと傾いていく。注がれた紅茶が二すじの褐色の流れとなって、白い湯気をたてながら緑の絨毯の上にこぼれ落ちた。

 不意に二個のカップは床めがけて落下した。そのままコロコロと転がり、止まる。それはもはや見なれた食器にもどっていた。

 セリ―ナは椅子にかけたまま気を失っており、母は両手で顔をおおったまますすり泣きをもらし始めていた。

 

 

 「早いとこ終わらせようぜ」

 モリスは同僚のゲラーにせかされて観測室に入った。二人は監視者の会議で、監視長から観測室の調査を命じられていた。彼らが監視している<世界V>に異変が起こっており、その原因調査の一環としてここへ来たのだった。

 二人が入ると、暗かった室内に自動的に灯りがともった。

 壁という壁にはすべて観測用のディスプレイが並んでいる。モリスがかたわらの壁にアル電源スイッチに指を当てると、部屋じゅうのディスプレイがよみがえった。画面の上に情報を刻み出す。

 この観測室には、彼らをとりまく情報が集められている。それは、人類初の恒星間移民プロジェクトの一部である巨大宇宙船の航行状態と外部の環境に関する情報だった。

 全長千五百キロメートルにおよぶ円筒。そしてそれを螺旋状に取り囲む直径百キロメートルの十二個の球体。この奇妙な構造物はただ単に<船>と呼ばれていた。目的地は47アルセ・マジョリス第二惑星。

 この観測室のディスプレイには<船>の各システムの状態が刻々と表示されていた。<船>の前方後方を見張るセンサー。センサーからの情報とのマッチングを行うための航行データをたくわえたメモリ・バンク。<船>が出発してから現在までの時間を告げるマスタ・クロック。<船>の速度を示すジャイロスコープ。そして<船>を推し進める核融合エンジン。

 モリスとゲラーは、ディスプレイの内容を一つ一つ確認し、異常のない旨チェックリストに記入していく。<船>はスケジュールどおり、異常なく航行していた。

 「めんどうくさいな、まったく」

 ゲラーが文句を言った。

 「しかたがないだろう。一つ一つ確認するのが今回の仕事なんだから」

 過去三か月ほどの間に百二十人近くの生活者が、ほぼ同一の内容の夢を見たと告白していた。細部に多少のちがいはあるが、いずれも草原を見おろす丘の上に立って何かを待っているという内容である。夢を見た者は十歳から五十七歳までで、住んでいる場所もバラバラだった。

 監視長は監視者たちに種々の調査を命じた。<船>の航行状態及び外部の状態を調べるため、十二個の<世界>の監視者区域にそれぞれある観測室のうち<世界V>のそれにモリスとゲラーが派遣されたのだった。

 「異常なんかあるわけないだろう。まったく、たかが夢でどうしてこんなに右往左往しなくちゃならないんだ」

 ゲラーの言葉に、モリスも苦笑した。

 「たしかに、夢は生活者の心理的な問題だと思うから、<船>の内外の物理的状況を調べても何も出こないとは思うけど……」

 「そうだろ」

 「しかし、仕事は仕事だ」

 <船>の円筒部分につらなる十二個の球体はその一つ一つが独立した<世界>であり、中にいる人々は自分たちが宇宙船の中にいるとも知らずに暮らしていた。球体の上半球はドーム上になっており、中の人工地表の上にそのに住むもの――生活者たちの<世界>が築かれていた。下半球の中には、生活用水の供給、浄化のための装置や、重力制御装置などがつまっていた。<船>の内部は加速によって1Gが保たれるようになっていたが、微妙な重力バランスは重力制御装置によって行われていた。

 「しかしなあ」

 ゲラーは急にきまじめな口調で言った。

 「おれはときどき、中の連中がうらやましくなることがある」

 「と言うと?」

 「なるほど彼らは<世界>の本当の姿を知らない。おれたちに見張られるために存在しているようなものだ。でも、彼らは日々の暮らしを全うして生きている。働き、愛し、子を生み、育て、死んでいく。人生の一幕一幕を精一杯に演じている。おれたちにはそんな舞台はない。何かもかも太陽系に置いて来ちまった。あるのは冷たい機械と、毎日の覗き見作業だけだ」

 「でも、われわれは生活者とちがって生きながら目的地の土を踏めるじゃないか」

 モリスたちの監視している<世界V>は、<船>の未来をパノラマ化したものだった。

 「わかるもんか」

 吐き捨てるようなゲラーの一言に、モリスは驚かされた。

 「たしかにおれたちは太陽系出発前に眠りに入り、ここで目覚めた。十年か二十年たつとまた冷凍睡眠に戻る。しかし、本当にこの次は47アルセ・マジョリス第二惑星で目覚められるという保証はどこにもない。考えてもみろ。おれたちは今自分がやっている仕事のこと以外に、<船>についてほとんど何も知らない。一体どういう意図で十二の世界は造られたのか。すべては眠っている計画者だけが知っているというわけだ」

 <船>に乗る人々は三種類に分けられた。<世界>の中に住む生活者。彼らを見張る監視者。そして<世界V>の建設を計画、指揮した計画者。十二の世界に一人ずつ計画者がおり、彼らは監視者とちがって旅の始まりから終わりまで眠っているのだった。

 <世界V>の守護聖人としての計画者は、<船>の計画者の投影像だった。

 「そのことはわかってるだろう? 社会生活を営むことによって人間の活力が低下しないようにするためだ。<船>の設備には限界があって、出発当時の全乗組員を冷凍睡眠に入れることはできなかった。だからある者たちは<世界>の中へ入り、社会生活を営み、後の世代へ希望を託すことになったんだ」

 「そんなこと、本気で信じてるのか?」

 ゲラーの声は静かだったが、刺しこんでくるような響きがあった。

 「じゃどうして生活者たちはそのことを知らない? どうして<世界V>があんな社会でなければならないんだ? だいたい<船>が目的地に着いた時、そのことをどうやって中の連中に告げるんだ?」

 ゲラーの詰問に、モリスは言葉につまった。

 「それは、わからんが……しかし、おれたち監視者の知識レベルさえ<船>の<計画>の中に組み込まれている。担い手が必要以上の知識を持つことで<計画>の遂行に支障をきたす恐れもある。だからこそおれたちは<世界V>以外の、他の<世界>がどんな状況にあるのかさえ知らないんだ」

 モリスは話ながら、それがゲラーに聞かせるためよりも自分自身を納得させるための言葉のような気がしてきた。自分の声が、むなしく観測室の中に響きわたるのがわかった。

 ゲラーが急に笑い出した。

 おかしさがこみ上げてくるような、それでいてどこか引きつった笑いだった。

 「知識のレベルも計画に組み込まれている……それは、<世界V>の生活者たちのセリフじゃないか。彼らとおれたちと、一体どこがちがうと言うんだ……」

 それだけ言うと、ゲラーはうつむいた。

 モリスは、ゲラーをただ見つめるだけだった。

 

 

 ジミーが自分のアパートに帰りついたのは夕闇が町をつつみ始めた頃だった。

 セリーナが気を失ってしまったあと、すすり泣くばかりで何も言おうとしないセリーナの母をなだめて、ジミーは母といっしょにセリーナの身体をかついで寝室に運んだ。甘い香りのする髪と、やわらかい手足にさわるたびに、ジミーの身体の中を欲望が駆け抜けた。

 セリーナをベッドに寝かせて居間に戻ったとき、もう涙も涸れたのか、母はぽつりぽつりと話し始めた。

 「セリーナはこの頃、ときどきああなることがあるんだよ。不意に手を使わないで周りの物を動かして気を失ってしまう。三日前は、わたしが食事の仕度をしている最中に椅子とテーブルをひっくり返して……。部屋の中はめちゃめちゃさ。

 小さい頃から人とはちがったところのある子だったけど、大きくなってからは人並みになってくれたんで安心してたんだ。今になってこんな事が起きるなんて……。あたしゃいったいどうしたらいいのかわからないよ」

 セリーナの母は椅子にかけて、うなだれるだけだった。ジミーは黙っている彼女に別れを告げて家を出た。

 ジミーの住居は町の中心部にあった。ジミーの両親があいついで病死した三年前、農村にあった家と農地が法院に接収された時、その代わりとして与えられた独身者用アパートの一室だった。ジミーはここに住み、平日の午前中は卸し売り市場に勤め、午後は学院に通っていた。

 ベッドと書物とノート。そして汚れっぱなしの衣類と食器。それらが入り乱れて転がっている室内を、うすぼんやりした電灯が白々と照らしていた。

 ベッドに腰をおろして、ジミーは今日の出来事をについて考えた。

 セリーナのことを法院に報告しておかなくていいだろうか?

 法院は計画者が設立したエコータウンの最高機関だった。エコータウンは、自然との調和を保つために、生活に用いる科学技術のレベルを一定に押さえるという方針のもとに運営されていた。その方針のために、法院は科学技術に関する知識を管理していた。すべては計画者の書いた<計画の書>に指示されていた。

 セリーナの身辺に起こっているような現象を<計画の書>はどのように位置付けているだろうか?

 それを確かめたい気もしたが、同時にそれが怖くもあった。法院に報告することによって、セリーナ親子が何らかの危機に立たされるかもしれないという予感が首をもたげた。

 ジミーは法院への報告という考えを、頭から追い払うことにした。

 今朝脱ぎ捨てたパジャマを探し始めたとき、扉を叩く音がした。

 「あたしだよ、ジミー。開けておくれ」

 セリーナの母だった。扉を開けると、両目から涙をこぼし、肩で息をして立っていた。泣きながら走り続けてきたようすだった。

 「ジミー、助けておくれ。セリーナが……セリーナが大変なんだよ」

 「どうしたんですか?」

 「あなたが帰ってからしばらくすると、セリーナのようすがおかしくなりだしたんだよ。台所で夕食の仕度をしてると、寝室で物音がするんで行ってみたんだ。そうしたら……」

 涙がこぼれる。

 「まあ入って」

 ジミーはすすり泣きを始めた母を部屋に入れた。小さな椅子にかけさせると、部屋の隅にある小さな台所で水を汲んだ。コップをきれいにするためによく洗わなければならなかった。コップを差し出し、彼女がふるえる手でそれを受け取ると、今度はベッドの横の戸棚をかき回して、比較的きれいなタオルを見つけ、それをわたした。

 「さあ、くわしく話して下さい。寝室に行ったらどうだったんです?」

 「椅子もテーブルもひっくり返っていて、戸棚の扉も開いていて……でも、何より恐ろしいのは……セリーナが……」

 「どうしたんです?」

 言いよどむ母に、ジミーは腹を立てた。

 「セリーナの身体が……宙に浮いていたんだよ。毛布を身体にのせたまま浮かび上がっていたんだ。しかも、手足がぼうっと青白く光ってたんだ。あたしは……恐ろしくて……恐ろしくて……」

 それだけ言うと、タオルで目頭をぬぐった。

 セリーナの身に何か、とんでもないことが起こっているらしい。

 「わかりました。いっしょに行きましょう」

 「ありがとう、ジミー」

 二人は夜の町に出た。

 母は何も言わず足早にジミーについて歩いた。仕事を終えて家へ帰る人々とすれちがった。ジミーは知り合いにあいさつしたが心は上の空だった。

 セリーナの家のそばまで来て驚いた。

 通りがかりの、農村や町の人々も立ち止まってセリーナの家を見ていた。

 家は、闇の中に浮かび上がり、窓という窓から青白い光を放っていた。

 セリーナの母は、それを見て嗚咽をもらし始めた。

 「おい」

 不意に誰かが声を上げて、空を指さした。

 星がまたたく夜空に、星以外の何かがぼんやりと光っていた。青白い何かがセリーナの家の上空に浮かんでいた。その色合いは、セリーナの家の窓から溢れ出てくる光と同質のもののようだった。

 それは、ひときわ大きく輝くと、ひらひらと動いた。青白い尾を引いて光は飛んだ。生き物のようにくねくねと身をゆらしてセリーナの家の上空を飛び回り、見上げる人々をあざ笑うように照らし出した。そして、最初の位置に戻ると、現われたときと同じように突然消えた。

 われに帰ったジミーの耳に、計画者の名を唱える人々のささやきが伝わってきた。

 

 

 「人工的パターンを示す波形なし」

 ディスプレイに表示された電波解析システムからの情報をモリスが読み上げる。

 電波解析システムは、<船>のセンサーがとらえた、一〇〇〇から一万メガヘルツの周波数帯の電波のうちから、明らかに人工のものと判断できるものがあれば伝えてくる。太陽系外からの知的生命体からのメッセージを受け取る可能性を考えて造られたシステムだった。

 「さあ、帰ろう」

 電波解析システムのチェックで観測室の仕事は終わった。ゲラーは、早々とチェックリストの署名欄に自分の名前を書き込むと、モリスに差し出した。

 「これは、何か効果を生むことがあるのかな?」

 モリスは電波解析システムのディスプレイを見ながら言った。

 「センサーが拾ってくる電波の中に、未知の知的生命体からのメッセージがふくまれている確率なんかきわめて低いだろう。そんなことぐらい予想できただろうに」

 ゲラーはめんどうくさそうに答える。

 「計画者はいい考えだと思ったんだよ。大昔から、宇宙からのメッセージを受け取ろうする試みはあったんだ。その伝統にのっとって、聞き耳たてながら宇宙を飛んでるだけだよ。たしかに太陽系にへばりついてるよりはメッセージを受け取る確率は高い。でも、それは比較の問題であって、どっちにしても微々たる可能性であることは変わりはない。せっかく人類の英知を結集して移民宇宙船を建造するんだから、いろんなことがやってみたかったんだろう」

 不意に、ゲラーのベルトの携帯通話機がけたたましい音をたてた。ゲラーは小さくため息をついて、取り上げる。

 「はい」

 「オーリンだ」

 監視司令室の次長からだった。

 「二人とも、至急第一会議室に来てくれ。緊急の監視者会議を開くことになった。そこを早く切り上げてくれ」

 有無を言わさぬ口調だった。

 「わかりました。すぐ行きます」

 通話を切ると、ゲラーはモリスに内容を告げた。

 「さあ、お呼びもかかったことだし、早く引き上げよう」

 モリスもうなずいて立ち上がった。

 二人が出ると、観測室の灯りは自動的に消えた。

 

 

 第一会議室には、ただならぬ緊張がみなぎっていた。

 手の空いている看視者たちは、全員楕円形の会議卓についており、思い思いに話していた。

 モリスとゲラーも空いている席についた。いつもとちがう雰囲気に、ゲラーが隣の仲間にようすを聞こうとしたとき、監視長が入ってきた。監視司令室の二人の次長、オーリンとパドムを後ろにしたがえていた。三人が席につくと、会議室内はやっと静まった。

 監視長は、室内を一通り見まわすと話し始めた。

 「すでに知っている者もいると思うが、エコータウン郊外の家に不可思議な現象が起っている」

 監視長は、セリーナの家で起っている超自然現象について説明した。

 <世界V>のドームの天井に仕掛けられた監視カメラが、セリ-ナの家の映像を記録していた。拡大されたそのホログラフ映像は、会議卓の上の中空に映し出された。

 生き物のような青白い光は、不意に現われて家の周りを飛び回り、また不意に消えた。

 「面白いですねえ」

 不謹慎な発言をしたゲラーをにらみつけたのは、監視長の右隣にかけていたパドムだった。ゲラーはかつて、監視司令室の見習い職員だった。だがパドムは、ゲラーは司令室には不向きだと監視長に進言して、一般の監視者に降格してしまったのだった。

 「このような事態は<計画>には述べられていない。<船>の出発以来、なかった出来事だ。現在までの事件に関する情報を分析してみたが、どのように対処するかという結論は出ていない」

 モリスは監視長の言葉を聞きながら、さっき見たホログラフのことを考えていた。あの家は、モリスが追跡していたジミーという青年がときどき訪れていた家だ。たしか母と娘の二人暮しだったはずだ。

 「もっとくわしく調査してみてはどうでしょう」

 モリスは何気なく発言した。

 「もちろん監視装置から取り出せるデータはすべて調べる」

 監視長は答えた。

 「いや、そうではなくて」

 モリスは不意に、周りの視線を感じた。

 「<世界V>の中へ入ってみてはどうでしょう?」

 「<計画>の基本方針を忘れたのかね? われわれの存在は生活者に知られてはならんのだ」

 オーリンが口をはさんだ。

 監視者の存在は、あくまでも生活者に知られてはならなかった。

 「しかし、たとえば旅の者などと偽って入れば正体は知られなくてすむでしょう。もちろん、事前に入念な準備はいると思いますが。<計画>にない事態が起っているのですから、多少<計画>からはずれた手段を用いるのもやむを得ないと思いますが」

 「うーむ……」

 監視長は、両腕を組んで椅子に深々と身を沈めた。

 その場にいるすべての監視者の視線が、モリスと監視長の間でゆれていた。

 

 

 セリーナの家の光が完全におさまったのは、夜半をすぎた頃だった。

 その頃には、町の者も大勢集まってきていた。青白い光は断続的に現われ、脈打つように輝きながら飛び回っていたが、不意に消えてそれっきりになった。

 あとには、夜の暗さとそこに立っている人々だけが残された。

 ジミーは、かたわらにセリーナの母の姿が見えないのに気づいた。あたりを見まわすと、そばの樹木の根本に腰を下ろし、うつむいていた。打ち続く緊張がこたえたのだろう。

 青白い光がもう家から湧き出してこないのを確かめるため、ジミーはしばらく家を見つめていた。やがて、大きく息を吸うと家の方へゆっくりと歩き始めた。

 内も外も暗い家は、もとのセリーナの家に戻っていた。

 「ジミー・オードウェル!」

 鋭い声が響くと、三人の男がばらばらと走り寄ってきた。男たちはジミーの前に立ちはだかった。

 声の主は、人々をかきわけてゆっくりと登場した。白髪と長身、そして法院評議会議員のしるしである濃紺のマント。

 「ウィルキン先生」

 ジミーは驚いて声をあげた。

 ウィルキンは法院評議会議長であると同時に学院の教授でもあった。ウィルキンの背後には、あかあかと燃える松明を持った法院の職員が四人続いていた。

 「話は聞いた。取り乱した当直者のおかげで、だいぶ遅くなってからだがな」

 そう言うとウィルキンは、セリーナの家の方を見た。

 「お前はこの家の親子と親しいそうだな」

 「はい……」

 探るようなウィルキンの口調に、ジミーは身体が萎縮するのを感じた。

 「近くの者の話では、このところセリーナというこの家の娘はずっとようすがおかしかったそうではないか」

 ジミーは、心身がともにこわばっていくのを感じた。

 「しかも、お前は何度となくこの家に見舞いに来ている」

 目の前にいる法院の大物政治家が、まるで怪物のように思えてきた。

 「そう驚かなくてもいい。法院の使命はエコータウンの秩序を保ち、計画者の意図を遂行せしむることだ。そのためには町の情報を集めることは欠かせんのだ」

 見ると、ジミーの前に立ちはだかった三人は、暗い中をセリーナの家に入ろうとしていた。また松明を持った四人は、取り巻いていた農村や町の者たちを家に帰らせようとしていた。

 「あの娘は町の病院で預かる。できるかぎりの方法で調べてみるつもりだ。今夜の出来事の原因があの娘なのかどうかをな。お前と娘の母親には明日――もう今日だが、午前中に法院へ出頭してもらう。ちょっとした審問を受けてもらいたい。なに、心配はいらん。自分の思うところをありのままに述べてくれればいいのだ。あの娘についての調査の一環だ。別に法院に報告しなかったことを責めるわけではない」

 ウィルキンの言葉に安心してしまう自分が、ジミーは無性に情けなかった。

 「お前も帰って休め。セリーナの母には病院の宿泊室を用意する」

 それだけ言うとウィルキンはジミーのかたわらを離れ、松明を持った職員の一人に何事か話しかけていた。

 ジミーは身体じゅうの力が抜けていくのを感じた。夕方から緊張のしっぱなしで、しかも夕食を取っていないことを思い出した。足元の地面がぐらついているのかと錯覚するほどのめまいが襲ってきた。

 見ると、セリーナの母は法院の職員に手を引かれて歩いて行くところだった。自分もとぼとぼと歩き出したジミーは、エコータウンの病院の紋章のついた馬車がこっちに向かってくるのとすれちがった。

 

 

 

    2

 

 

 目が覚めたとき、日はすっかり昇っていた。

 顔の上まですっぽりかけた毛布をのけると、モリスは身体の節々をのばす。小舟の上での眠りは、モリスに浅い、不確かな休息しか与えなかった。

 川の岸辺に見える森から鳥のさえずりが聞こえてきた。

 地球もかつてこうだったのだろうか……。

 モリスは47アルセ・マジョリス第二惑星を模したこの<世界V>が、細部にいたればいたるほど地球に似ているのではないか、という印象を受けた。

 晴れわたった青い空。照りつける太陽。清新な水の流れ。森の香り。それらは皆いつかどこかで、おそらくは太陽系出発以前に地球で得た思い出の中にあったはずだ。モリスの過去の記憶は、おそろしく不確かだった。

 監視者として必要な知識、経験以外は意識から除去されていると聞かされていた。監視者の任務中は、自分の過去の一部しか見ることができないように催眠法によって処置されていると。しかし、<世界V>の光景は、鍵がかけられているはずの記憶の箱から何か立ち昇ってくるもののあることを感じさせた。

 そうした、妙になつかしい夢想にひたりはじめると、自分に課せられた任務のことが急にぼやけ始めた。

 モリスの提案した<世界V>の探索について、監視長はややしばらく思案した末に言った。

 「よかろう。やってくれるな、モリス」

 オーリンとパドムが、不服そうに監視長を見た。監視長は、視線を中に浮かせたままだった。居並ぶ監視者たちの間には、声こそなかったが驚きの波紋が広がっていた。当のモリスはことの重大さが飲み込めていなかった。

 大騒ぎはそれからだった。

 手のあいている監視者はすべてモリスの<潜入作戦>のために狩り出され、会議後の数次間は準備のために費やされた。

 どのような形で<世界V>のエコータウンに入るか。それは難なく決まった。問題は、モリスの言動、持ち物の一つ一つまでがそれにふさわしくなければならないという点だった。監視者の生活用品がしまわれた倉庫から、監視作業が始まって以来、使われたことがなかったさまざまな品物が持ち出された。

 <世界V>の中を、東から西に向かって川が流れていた。それは東の山地から出て森を抜け、農村地帯の灌漑用水をもたらし、<世界V>の中心に位置するエコータウンを横切って、やはり西の山地の中へ入っていく。

 モリスは、<世界V>の下部システムのメンテナンス用通路を通って中に入り、さらに、小舟で川を下ってエコータウンに入ることになった。東の町から来た旅人というのが<世界V>での身分である。

 「ちっくしょう!」

 加工機械の制御卓を操作しながらゲラーは悪態をついた。

 モリスの乗る小舟は、倉庫にあった合成材料から作ることになった。ふだん、あまり使われていない会議室が臨時の作業場にあてられ、監視者たちは慣れない力仕事をやる羽目になった。長年使われていなかった加工機械が運び込まれた。古い資料をもとにして設計された小舟のデータが加工機械の電子頭脳に入力された。しかし、入力されたデータを使ってシミュレーションをしてみると、小舟は水に浮かなかったり舵がきかなかったりした。

 「これでどうだ」

 シミュレーションを担当したゲラーは、まるでゲームでもやっているように次々とデータの入力をやり直した。結局五回目の入力で仕上がった。

 「やったぜ」

 ゲラーは、うれしそうに加工機械の始動スイッチを押した。不細工な機械は、ギーギーと音を立てながら動き出した。データをもとに材料を化学処理し、切削して形状を整えていく。唸りながら働く機械を見守るゲラーは、得意げだった。

 <世界V>の風俗習慣や潜入のふれ込みを習得するのに時間はかからなかった。

 モリスは、自分と同じくらいの年齢の生活者が何を考え、どのように行動するかについては、監視者の中の誰よりも熟知しているという自信があった。

 しかし、モリスがたずさえる道具や、身につける衣服を作る仕事を割り当てらた者たちは、容易ならざる時をすごすことになった。細々とした道具類は監視長の検査を受け、物によっては三度も作り直しを命じられた。

 用意された衣服を身につけ、道具類を入れた袋を手に下げると、モリスは妙になつかしいものを感じた。

 「まるで生まれながらの生活者だな」

 ゲラーはしげしげとモリスの姿を見て言った。

 「しっかり頼むぞ」

 監視長はモリスと握手を交わした。

 監視司令室の室員たち、中でもパドムは何か言いたげに一連の作業を見ていたが、結局何も口をはさまなかった。

 モリスは、ゲラーもふくめた三人の若手の監視者につきそわれて監視者区域を出た。

 <船>の円筒部分と球体ユニットを結ぶ通路は、球体ユニットの下部システムにメンテナンスの必要が生じた時のためのものだった。若い監視者たちは、苦労して作り上げた小舟を、長い間使われていなかった小型のロボット・コンテナにのせて、その通路を進んだ。

 薄暗い、必要最小限の照明しかない通路。その内側には、むき出しの鉄骨の上に何十本となく配管が這っていた。

 数分後には広い場所に出た。わずかだった照明が自動的に明るさを増した。目の前には三十メートル四方のプールがあった。水はなく、灰白色の底が白い明りに照らされていた。プールの奥の壁には直径五メートルほどの穴が暗く口をあけていた。穴は生活者たちの<世界V>へ通じる道であり、<世界V>を横切る川に通じていた。

 監視者の一人が、入り口のかたわらにある操作盤からメンテナンス用のコードを打ち込む。

 にぶい音とともに、給水パイプから水が出始めた。水が十分な量になるのを見はからって、監視者たちは小舟を持ち上げプールへ運んだ。

 「気をつけろよ。舵取りをまちがえるとひっくり返るからな」

 ゲラーは言った。

 「わかってる。気をつけるよ」

 モリスは舵の動かし方は学習していたが、実際に水の上の舟で試したことはなかった。

 小舟は水に浮かび、舳先と艫にロープをかけられ、監視者たちの手によってプールのへりに固定されていた。

 ゲラーのかけ声で全員がロープを離した。小舟はゆらゆらとゆれながら水の上をただよい始めた。水は、プールの奥のトンネルに流れ込むまでにたまっていた。モリスは必死で舵を取りながら監視者たちに手をふった。

 「気をつけろよ、モリス。気をつけろ!」

 ゲラーの声が耳に残った。

 モリスの回想は中断した。

 いつのまにか森は後方へ去り、川の両岸には見わたす限りの畑が広がっていた。畑の所々に風力発電用の風車が立ち、農村の家々があった。

 朝の仕事に出かけようと、一軒の家から男が出て来た。太った、中年のその男は、川に浮かぶモリスの方を見て、ぽかんと口をあけていた。

 

 

 二度目の審問は、ジミーを不安にした。

 セリーナの家での事件があった時、ウィルキンはそれがジミーを責めるものではないと言った。だが、最初の審問から一日置いた次の日の早朝、ふたたび呼び出しを受けたジミーは、法院の意図をはかりかねた。

 法院の使いはジミーの部屋の扉を壊れんばかりに叩き、ジミーが寝ぼけた顔で応対すると、大声で召喚状を読み上げ、読み終わると書類をジミーに押しつけて、一方的に帰って行った。

 二度目の審問は法院の小会議室の一つで行われることになっていた。

 法院の受付で名乗ると、待っていたとみえて書記官の一人がすぐ出てきた。案内されて法院の奥、会議室が並ぶ一画に案内された。目的の会議室の前に、法院の警備員の一人がいかつい顔で立っていた。ジミーの顔なじみの一人だった。

 ジミーは「おはよう」と言いかけたが、警備員が顔をそらしたので、その言葉を飲み込んだ。

 書記官は会議室の扉を開き、ジミーが来たことを告げた。

 「ごくろう。入りたまえ、ジミー」

 応対に出たのは法院の書記次長だった。

 会議室の中は会議卓の多くが部屋の隅に片づけられ、がらんとしていた。中央に椅子が一つ置かれ、その前に長方形の会議卓。そして会議卓には四つの席が設けられ、中央の椅子と向かい合っていた。会議卓には、すでに三人の人物がついていた。中央にウィルキン。右には行政官のバラース。左には計画研究所長のクルメンズ。法院の長老グループだった。右端の席は空いていた。

 「かけたまえ、ジミー」

 ウィルキンが中央の椅子を手で示した。

 この前の審問とはずいぶんちがうぞ。

 ジミーは固い椅子に腰をおろした。書記次長が空いている席についた。前回の審問は下級の書記二人による簡単なものだった。それに比べて、この物々しさは一体なんだ?

 「審問を始める」

 ウィルキンが宣言した。

 「二度にわたって呼び出されて、驚いているだろうな?」

 ウィルキンはジミーに話しかけた。

 「はい……」

 「セリーナ・アルペジフという娘の家で起きた事件について協議した結果、再度お前を審問し、状況を確認することにした。今回の事件をよく吟味し、慎重に考慮した上で、後顧に憂いを残さないように処置せねばならん。

 町の者たちが<光りもの>と呼んでおる、あの青白い発光物体だが、お前はあれを一体何だと思う?」

 突然の問いに、ジミーはとまどった。

 「あれは……あれはセリーナの、魂ではないでしょうか。そう呼べるものがあるとすればですが……」

 「ふむ、魂か……」

 クルメンズが不意に考え込むような顔つきになった。

 「なぜ、そう思うのだ?」

 ウィルキンが、刃物を刺し込むような目つきでジミーを見た。

 「あの光はセリーナの身辺で起っている奇妙な現象の一つです。彼女の身の回りで、最近どのような現象が起っているかはご存じだと思いますが……?」

 「質問するのはお前ではない」

 バラースが威圧的に口をはさむ。

 「申しわけありません」

 「続けたまえ。なぜ<光りもの>はセリーナの魂だと思うのかね?」

 ウィルキンにうながされて、ジミーは話し出した。

 「セリーナの身辺で起っている現象は、何と言うか、その、超自然的な現象だと思います。それは、セリーナの精神の、ふだん使われていない部分が引き起こしているのではないかと思います。それほどまでに活発な精神ならば、肉体の外に形を持って現われることもありえるのではないでしょうか……」

 三人の長老は、表情を変えなかった。クルメンズは考え込んだままであり、ウィルキンは探るようなまなざしでジミーを見つめ、バラースは見下したような顔つきだった。

 「ふむ、面白い」

 そう言ったのはクルメンズだった。

 「実はな、ジミー。われわれは<計画の書>をすみずみまで調べてみたのだが、このような超自然的な現象に関する記述は一行もなかった。<計画>の基本理念は自然との調和だ。人間と自然との調和を崩さぬように科学技術を最適化して用いることこそ、われわれの暮らしを支えている思想だ。法院で論議が尽くされながら結論が出なかったのは、セリーナの身辺の現象が、果たして自然の現象なのかどうかという点だ」

 「もし自然の現象でないとすれば、しかるべく処置せねばならん」

 バラースが目を光らせる。

 「お前は、あれが自然の現象だと思うか?」

 クルメンズが問いかけた。

 ジミーが黙ってうなずいた時、会議室の扉に荒々しいノックの音が響いた。今まで議事録を書いていた書記次長が立ち上がって応対に出る。法院の下級職員が顔をのぞかせ、何事かささやいた。

 「ウィルキン議長」

 話を聞いた書記次長は驚いたようすで呼んだ。ウィルキンはいぶかしげな顔で立ち上がり、扉へ歩いて行った。職員に同じように耳打ちされると、やはり驚きに目を開いた。部屋の中へ向き直ると大声で言った。

 「諸君、審問は中止する。ジミー、君は帰りたまえ。追って指示があるまで自宅で待機するのだ」

 その言葉には、ただならぬ気配が込められていた。

 自分以外のすべての人間の視線に追い立てられ、ジミーは席を立った。二人の長老に一礼し、扉の前でやはりウィルキンに一礼して廊下に出た。

 

 

 モリスが小舟を降りたのは、エコータウンの中央に位置する川沿いの公園だった。

 すでに、モリスの姿を見た農村の住民が町にその知らせをもたらしていた。川のそばに立ってモリスの姿を見ようとする者は、町の中に入ると格段にふえた。

 モリスが舵を操って小舟を岸につけたときには、公園には数十人の住民が集まって遠巻きに見ていた。

 声一つない凝視の中、モリスは岸辺の木にロープで小舟をつなぎとめた。そして住民たちをながめる。老いた顔。若い顔。どの顔も一度以上はモニターで見ていた。

 「東の町から来た者だ。この町の代表者に会いたい」

 かすかなざわめきが人々の間を走った。

 若い男が二人、そこを離れて走り出した。法院に駆け込むのだろう。白髪まじりの一人の男が、勇気をふるって前に歩み出て来た。この男は洗濯屋を営んでいるが、三年ほど前には評議会議員も努めたことがあった。

 「あんたは……何者なんだ?」

 ふるえる声で男はたずねる。

 「私の名はモリス。東の町の使いだ」

 「エコータウンの外の町か?」

 「そうだ」

 「<計画の書>によれば、町と町の接触は禁じられているはずだ。なぜやってきた?」

 モリスは相手の男が徐々に自信を取り戻しているのを見て、内心驚いた。

 「わが町に起っている非常事態について解決の糸口を探るためだ」

 かすかなざわめきが群衆のに広がった。洗濯屋のおやじが口を開きかけた時、騒々しい足音とともに五人の男が駆け寄ってきた。黒い制服を着た、法院の職員たちだ。一様に鋭く、緊張した目をしていた。

 「東の町から来たというのはお前か?」

 隊長格の若い男が、威圧的な表情でたずねた。この男は半年ほど前、酒に酔って同僚を殴り、二十日間の謹慎処分を受けていた。

 「そうだ」

 モリスはできるだけ堂々とふるまおうとした。

 「お前を法院へ連行する」

 黒い服の男たちは、モリスを取り囲んで歩き出す。<酔っぱらい>の隊長はモリスと並んだ。モリスは晴れわたった空に目を向けた。頭上彼方の地上監視カメラが今の自分は、今の自分をとらえているだろうか?

 大丈夫だ。おそらくエコータウンに入る前から、片時も目を離していないだろう。

 法院の図書室が取調べにあてられた。

 三人の書記が待ちうけていた。正面の椅子にモリスが腰かけると、彼らは異口同音に繰り返したずねた。お前は何者か? どこから来たのか? どのような手段で来たのか? 何のために来たのか?

 モリスも公園で洗濯屋のおやじに話したことを繰り返した。

 「これ以上のことは町の代表者に会ってからでないと話せません」

 なおもしつこくたずねようとする書記たちに、モリスははっきりと告げた。書記たちは困ったようすで顔を見合わせた。

 そうだ。ここでペラペラしゃべってはいけない。町と町の接触は最小限とすること。できれば皆無であることがのぞましい。それが<計画の書>の教えだったはずだ。

 図書室の扉にノックが響き、応対も待たずに開いた。

 法院の下級職員の一人が入ってきた。そして、そのあとから法院評議会議長のウィルキンが姿を現わした。名目上のエコータウン町長とちがい、事実上この町を支配している権力者だった。ウィルキンの姿を見たとたん、三人の書記たちは弾かれたように立ち上がって一礼した。モリスもつられて立ち上がった。

 「エコータウン法院評議会議長のウィルキンだ。東の町から来たそうだな?」

 ウィルキンはまっすぐモリスを見つめながら、低い声でたずねた。モリスは、この人物にモニターを通して見た時以上の威圧感を覚えていた。

 「はい」

 「町の名は?」

 「<計画>の定めるところにより、お教えするわけにはまいりません」

 ウィルキンは唇をゆがめて苦笑した。

 いいぞ、この調子だ。

 モリスはウィルキンに対し、毅然として視線を投げ返していた。

 ウィルキンはつかつかと歩み寄ると、書記たちのかけていた椅子のうち中央のそれに腰をおろした。書記たちは立ったままだった。

 「お前がここへ来たこと自体、<計画>にそむくことになるとは思わんか?」

 「私の町の議会でも、そのことはずいぶん議論されました。しかし、結局私を派遣するのもやむを得ないということで落ちつきました」

 「何のためにわがエコータウンを訪れたのだ?」

 「わが町は今、非常事態にあります。それと同じようなことがこちらの町でも起っているかどうか調べ、解決の糸口を探るためです」

 「非常事態とは?」

 「それは……」

 言いかけて、部屋の中の書記たちをちらりと見た。

 「それは、議長閣下にだけ申し上げます。おたがいの町の事情を知る者は少ない方がいいと思いますので」

 「ふむ、たしかにそうだ」

 ウィルキンはうなずくと、書記たちと職員に部屋を出るように命じた。男たちはどたばたと出て行った。

 「では聞こう」

 モリスは緊張した面持ちで話し始めた。

 

 

 ジミーは法院内のようすにただならぬものを感じた。

 事務室。廊下。階段。いたる所で職員たちが集まり、ひそひそと立ち話をしている。最初はセリーナのことかと思った。しかし、彼らの話し方は二、三日前の出来事を語っているにしてはどこか騒々しかった。

 正面玄関ロビーには、いつもより多くの職員がいた。会議室の前にいた警備員が立っていたので声をかけてみた。

 「何かあったのかい?」

 警備員はジミーをにらみつけた。

 「早く帰れ。今、一般市民は法院から退出するよう命令が出てる。さっさと自分の家へ帰るんだ」

 その高圧的な口調は、警備員が神経を高ぶらせているためだろう。ジミーはそれ以上の追及をやめ、足早に法院を出る。

 ただならぬ気配は、法院はおろか町全体に広がっていた。店先では客と店員が、町角では住人同士が、路上では馬車を止めた商人たちが、やはり法院の職員たちと同じようにさかんに何かしゃべっていた。

 町の公園に出ると、ジミーがいつも仕事をしている卸し売り市場の仲買店の主人が、同業者二人を相手に話し込んでいるのが目にとまった。

 「ボス。何かあったんですか?」

 ジミーはたまりかねてたずねた。仲買人たちは一瞬あきれた表情でジミーを見た。

 「お前、何も知らんのか?」

 「ええ……」

 「大変だぞ。エコータウンの外の町から人がやって来たんだ」

 たしかに一大事だ。よその町から人が来たのはエコータウン創立以来のことだろう。

 「さっき川岸に小舟で着いてな。法院の者たちが来て、連れて行った」

 なるほど審問が中止されるわけだ。

 「どんな奴なんですか?」

 「お前と同じくらいの年かっこうでな。東の町から来たモリスとか名乗っておった」

 ジミーの主人と話していた仲買人の一人が言った。

 「町じゅうその話で持ちきりじゃ。アルペジフの家の一件といい、まるで何かの前ぶれのようじゃ」

 「どうも」

 ジミーはその場を離れた。

 自宅での待機を命じられてはいたが、セリーナのところへ寄って行こう心に決めた。今は町じゅうの目が新しい出来事に向いている。ちょっとぐらいセリーナを見舞ってもとがめられることはあるまい。

 法院の指示にあからさまに逆らうのはこれが始めてだった。その罪の意識をふり払うように、ジミーは病院を目指して走り出した。

 病院は茶色の壁の三階建ての建物だった。

 ガラス張りの広い出入り口から中に入る。薄暗い室内は閑散としていた。受付の机には二十七、八の女が二人、小声でさかんに話していた。

 「法院の使いの者ですが、セリーナ・アルペジフの部屋はどこですか?」

 自分でもすらすら嘘がつけるのに驚いた。受付の女が一人こちらを見た。

 「二階の特別室です。階段を上がって右に曲がった廊下の突き当りです」

 「ありがとうございます」

 ジミーはにっこりと笑って受付を離れた。

 木造の階段を上がると、つんと鼻を刺す消毒薬の匂いがただよっていた。廊下の両側には病室の扉が並んでいた。教えられた特別室に向かって歩き出すと、突然前方右手の扉が開き、看護婦が一人出て来た。

 ジミーは心臓が高鳴ったが、速度を変えずに歩き続けた。看護婦は書類を見ながら歩いていた。

 落ちつけ。落ちつけ。

 ジミーはできる限り堂々と廊下を進み、看護婦とすれ違った。結局看護婦は彼に一瞥もくれず、すたすたと歩き去った。

 ジミーはふっと息をつき、突き当たり部屋に向かった。ゆっくり歩こうとしたが、どうしても小走りになってしまう。特別室の前まで来て、また胸が高鳴り出した。中に誰がいるかが問題だ。大きく息をすって、扉をノックした。

 「はい」

 中から年をとった女の声がした。扉が開いて、のぞいた顔はセリーナの母だった。

 「ジミー……」

 彼女は驚きに目を丸くしながら、扉を開けて彼を迎え入れた。

 日当たりのいい、清潔な部屋だった。白い、大きなベッドが扉の向かい側、日の入る大きな窓の下に置かれ、セリーナはその上で静かに眠っている。白い肌が、光の中に溶け込んでいるようだった。

 室内にいたのがセリーナと母だけなので安心した。

 「セリーナは、大丈夫ですか?」

 「眠っているよ。この三日間ずっと眠りどおしなんだよ。お医者さまにも皆目見当がつかないらしい」

 ジミーはベッドのそばによって、眠っているセリーナを見つめた。長い黒髪はほつれ、唇の色も薄い。かすかな寝息が鼻からもれていた。

 不意に、眠っているセリーナの眉根がつり上がった。眉間に皺を寄せて、苦悶の表情を見せている。

 「おばさん……」

 呼びかけるまでもなく、セリーナの母も彼女を見ていた。

 うーっ、という苦しそうな声がセリーナの口から聞こえた。彼女の両目がかすかに開いているのに、ジミーは気づいた。

 「ジミー……」

 か細い声が唇からもれ、細い指が毛布の端から出た。

 「セリーナ」

 ジミーは思わずその手を握った。

 一瞬、激しいしびれが全身を襲い、ジミーは弾き飛ばされそうになった。

 「目を開け」

 太い声だった。声色はまさしくセリーナのものだったが、その調子はまるで他人のようだった。

 「目を開き、世界の真実の姿を見よ」

 セリーナはベッドの上に身を起こした。瞳孔は開ききっている。ベージュのパジャマを着たその姿は、まるで生きた人形のようだった。

 セリーナは虚空の一点を見つめたまま、ベッドをおり立った。

 「セリーナ……」

 ジミーの呼びかけにも反応するようすはない。

 不意に、セリーナの全身が青白く光り始めた。

 

 

 「ふーむ……。すると、東の町では住民の多くが同じ夢を見ると?」

 「はい、そのとおりです」

 ここまでは予定どおりだ。

 「こちらの町ではそのようなことは起っていませんか?」

 モリスの問いには答えず、ウィルキンは相手を値踏みするように見つめている。

 信用されていないな。

 モリスは思った。

 「それは何とも言えんな」

 ウィルキンは口を開いた。

 「われはわれ住民一人一人が見る夢まで管理しておらん。だが、<告白室>というシステムがあり、住民の悩みを聞いている。その<告白室>の記録を調べてみれば何かわかるかもしれん。しかし、それには評議会の承認がいる」

 「その動議を提出していただけませんか? もし、こちらの町でもおなじようなことが起っているとすれば、それは町を超えた現象で、両方の町が協力して調査すべきことだと思います」

 「果たしてそうかな?」

 ウィルキンはモリスを見すえた。

 「<計画の書>によれば、夢は個人一人一人に帰すべきものであると述べられている。町の政治機構が関与すべき問題ではないと思う」

 「問題は、実は夢だけではないのです」

 モリスは押してみることにした。

 「わが町では、夢以外にも不可思議な現象が起っています。ある工房で働いている少年の身辺で、手も触れないのに工具が動いたり、塗料の容器がひっくり返ったりという現象が起きました。必ずその少年がいるときに限って起きるのです。最初は町のうわさにすぎなかったのですが、あまりにも頻繁に起きるので、工房の主が議会に訴えたのです。議会ではその少年を病院に隔離し、手をつくして調べたのですが、特に変わった点は何もありませんでした」

 ウィルキンが驚きを隠そうとしているのを肌に感じることができた。モリスは続ける。

 「私の町には、心理学者と呼ばれる者たちが何名かおります」

 「地球の科学の伝統を受け継いでいる者たちだな」

 「はい。その者たちが言うのには、古来、超自然的な現象は群発的に起るのだそうです。それも相互に何らかの関連が見られると言います。今回の夢の件と超自然現象には関係があるのではないか、というのが彼らの意見です」

 「ふーむ」

 ウィルキンは本心から考え込んでいるようだった。

 「実は、わがエコータウンでも奇妙な現象が起っているのだ」

 決意して、ウィルキンは話し出す。

 「一人の娘が、やはり身の回りにある物を動かし、意識不明の状態になった。そして、娘の家の上空に青白い発光物体が飛んだ」

 モリスは目を丸くする。精一杯の、驚きの演技。

 「ほう……」

 「その娘は、やはりわが町の病院に収容されておる。どの町も考えることは同じのようだ」

 モリスは、任務の第一段階は達成できたと思った。

 ウィルキンは、東の町が同じような超自然現象に見舞われており、このやっかいな現象についての知識を持っていることを知って、協力した方が得策ではないかと考え始めている。

 「議長閣下。両方の町でそのような現象が起っている以上、もはやためらっている場合ではありません。私に、この町に滞在して自由に調査を行う許可をお与え下さい。<告白室>の記録を調べる件は、そちらで検討していただくとして、とりあえずは調査の許可を」

 「止むをえんな」

 モリスは肩の荷が軽くなるのを感じた。

 「別室に法院の幹部を待機させている。いっしょに行って状況を説明してくれ」

 「わかりました」

 二人は立ち上がり、図書室を出た。

 廊下を歩き始めたとき、背後からばたばたと誰かが走ってきた。

 「ウィルキン議長!」

 先刻、図書室から追い出された下級職員だった。えらく取り乱している。

 「どうした?」

 「た、大変です。セリーナ・アルペジフが広場に出て……」

 「なに?」

 「<光りもの>が飛んでいます」

 ウィルキンは、大きく開いた瞳をモリスに向けた。

 「どうやら、超自然現象の実例を見せられそうだ」

 

 

 「目を開け!」

 セリーナの声は異様に響きわたった。

 広場には町の住人が続々と集まっていた。広場の中にある円形の芝生。その中央に計画者の胸像が建てられていた。セリーナはその胸像の上、地上二メートルほどのところに浮かんでいた。なびく黒髪。白い仮面のような顔。

 「目を開き、世界の真実の姿を見よ!」

 セリーナの頭上には、青白い光が飛びかっていた。夜のようなあざやかさはなかったが、不定形の発光体はいくつかに分かれたり、一つに固まったりしながら尾を引いて飛び回っていた。

 ジミーは呆然とセリーナを見つめていた。

 病室で立ち上がったセリーナは、身体から青白い光りを放ちながら部屋を出た。そのただならぬようすには、手を出すのも言葉をかけるのもためらわせるものがあった。

 セリーナは廊下に出た。悲鳴が聞こえた。ジミーとセリーナの母が廊下に出てみた。先刻ジミーとすれちがった看護婦が、持っていた書類を取り落とし、目を開いて立ちつくしていた。セリーナはそんなあたりのようすも目に入らないらしく、看護婦の前を通り階段の方へ行った。

 「セリーナ! どこへ行くんだ?」

 あとを追うジミーが声をかける。すると、セリーナを包んでいた青白い光が、すうっと止んだ。階段の前に立ち止まったセリーナはジミーの方を見た。

 「真実を語るのよ……」

 その言葉は、さっきまでの異様に太い声とちがい、いつものセリーナのものだった。

 だが次の瞬間、セリーナの全身は青白く輝いた。薄暗い病院の廊下は、異様な光で照らされた。

 そして、セリーナの身体はゆらゆらと宙に浮かんだ。ジミーが息を飲んで見つめる中、光をまとったセリーナは空中をただよいながら階下へ降りていく。彼はしばしその場に凍りついていたが、奥歯をかみしめて気力を奮い立たせると階段を一気にかけ降りた。

 一階でも混乱が起っていた。

 受付の机にいた女性は二人とも腰かけたまま両眼を見開いていた。一人は、断続的なうわずった声で「あっ……あっ」と言葉にならない声を出していた。もう一人は、何も言わず両手を口に当てていた。

 セリーナは、青白く輝きながら外へ出た。そして、道行く人々の驚愕をまったく無視して広場へ出て来た。そこで、青白い光は彼女から離れ、<光りもの>となって舞い上がった。

 「汝らの見ている世界は偽りだ」

 セリーナの声が響く。

 <光りもの>は、セリーナを見つめている人々の頭上を飛び回った。

 「汝らの信じている掟もまた偽りだ。この町は閉ざされた世界なのだ。外から見張りを受けている世界なのだ」

 何を言っているんだ、セリーナは?

 ジミーが群衆の後ろに立って見つめていると、不意にざわめきがもれた。そちらを向くと、法院の方角から四人の職員に囲まれて、ウィルキンと見なれない若い男が歩いて来るところだった。

 薄茶色のシャツとズボン。やせた身体に背嚢を背負っている。こげ茶色の髪と色白の顔。まなざしには深い知性の色があった。これが東の町から来た男だな。たしかモリスという名だ。

 ジミーは眼前のセリーナのことも一瞬忘れて、歩んで来るモリスを見つめた。

 「見よ、偽りの世界を与え続ける者たちを」

 セリーナは、群衆をかき分けて最前列までやってきたモリスたちを指さした。

 「若い男よ、汝の名は?」

 東の町から来た男は、セリーナの人間離れした視線を受けとめながら答える。

 「東の町から来たモリスだ」

 セリーナは笑い出した。ひきつったような、低い笑いだった。

 「偽りだ。すべて偽りだ。汝は見張りの者だ。この世界の外にあって、この世界を見張り続ける仕事に就いている者だ。このセリーナという女を調べるためにやってきた」

 セリーナをしゃべらせているのはセリーナ以外の者なのか? ジミーは、セリーナとモリスの対決を凝視する。

 「お前は何者だ?」

 モリスの問いに、セリーナは一声笑うと答えた。

 「私は、まことの意味で外の世界に属する者だ。われわれは汝らが近づいてくるのを察知し、交流を持とうと呼びかけを行った。しかし、誰一人答える者はいない。私はわれわれの世界の代表として、汝らにメッセージを伝えることとした。この、セリーナという女はそのための伝達手段にすぎない。この女にはその素質があったからだ。

 私はこの女の心を探って驚いた。われわれが知覚している汝らの世界と、この女が抱いている世界に対する観念はあまりにもちがいすぎる。私は汝らに対してより知覚を深め、この世界が別の世界から見張りを受けているのを知った。そこで私は、見張りの世界より人を招くため、この女に潜む力を一時的に解放し、ことを起したのだ。

 汝、見張りの世界から来た若者よ。私は汝に告ぐ。ただちにもとの世界に戻り、われわれと交渉を持つべく準備せよ。汝の世界の者たちが、いかにわれわれの存在を否定したとしても、われわれは存在する。そして、汝らのようすを知覚しているのだ」

 セリーナの言葉を聞きながら、ジミーは奇妙な感覚に身が包まれていくのを感じた。

 広場に立って、空中のセリーナを見つめているのが自分でないような気がした。自分は、計画者の胸像の上空に浮かび、東の町から来たモリスと対峙している。あたりには自分を見つめる町の人々の顔が並んでいる。そして、その中に……自分自身の顔もある……。

 まるで、セリーナといっしょに宙に浮いているような、いや、セリーナ自身になっているような、不思議な気分だった。

 不意に<光りもの>が消えた。

 それとともに、ジミーを包んでいた奇妙な感覚も消え失せた。空中のセリーナの表情も変わった。仮面を思わせる顔は消え、眠る幼なじみの顔に戻っていた。

 セリーナは、身体をゆらゆらさせながら地上に降りてきた。そして芝生の上に倒れ込んだ。

 

 

 病院の薄暗い廊下を歩き、突き当たりの部屋の扉をノックする。

 「はい」という返事が聞こえ、扉が少し開く。

 「入ってもいいかな? 彼女を見舞いたいんだ」

 モリスは部屋の中のジミーに言った。

 「どうぞ」

 ジミーはモリスを部屋に入れた。

 モリスは、病室までついて来ようとした法院のたちを階下に待たせておいてよかったと思った。

 彼らの姿を見てはジミーも心を開いてくれないだろうし、第一、セリーナの病室にじみーがいることをとがめだてするかもしれない。

 南向きの窓からは夕日が差し込んでいた。セリーナはその光を浴びながらベッドで眠っていた。

 セリーナが芝生に倒れてから、見守っていた人々がわれに帰るまでにはいくらかの時を要した。特にモリスは、セリーナに突きつけられた言葉に混乱していた。さまざまな憶測が頭の中をかけめぐった。精一杯落ち着いて話したつもりだったが、セリーナの言葉は彼を当惑させるのに十分だった。

 セリーナに歩み寄ったのはジミーだった。彼は呆然としている人々をかき分け、セリーナのかたわらに立った。しばらく倒れている彼女を見つめていたが、やにわに彼女を抱き上げた。群衆の間からかすかなざわめきがもれたのはその時だった。

 「病院へ連れて行く。道をあけてくれ」

 法院の者たちをまったく無視して、ジミーはセリーナを病院へ運んだ。

 ウィルキンはわれに帰ると、法院の職員二人にモリスに協力するよう命じた。そして別の職員二人とともに法院へ戻って行った。

 ジミーのあとを追うモリスに、二人の職員はついてきた。病院の特別室へ行こうとした時もついてこようとした。押し問答のあげく、二人は一階で待っていることに不承不承同意した。

 「君はこの子と親しいそうだね」

 モリスはジミーに向き直ってたずねた。

 「幼なじみというだけさ」

 ジミーの瞳にはあからさまな警戒が浮かんでいた。

 「今まで彼女が奇妙な現象を起したことは?」

 「話には聞いていたけど、実際に見たのは今回が始めてだ」

 「聞いた話というのはどんなこと?」

 モリスは幼い頃のセリーナの話を聞かされた。

 「セリーナは最近何か夢の話をしてなかったかい?」

 「してたよ。おれが見たのと同じような夢を見ると言っていた」

 「丘の上に立つ夢かい?」

 しまった。

 よけいな一言は、恐れたとおりの結果をもたらした。

 「どうして知ってるんだ?」

 疑惑に満ちた目で、ジミーはモリスを見つめた。

 「どうしておれの見た夢の内容を知ってるんだ?」

 「東の町でも、その夢を見てる人が多いんだ。だから聞いてみたんだ」

 できる限り落ちついた風を装ってはみたが、ジミーの目からは疑いの色は消えなかった。

 「おれもあんたに聞いてみたいことがあったんだ」

 心臓がさらに高鳴り出す。

 「セリーナが広場であんたに向かって言ったこと、あれは一体どういう意味なんだ?」

 「何がだい?」

 「この世界が見張られていて、あんたはその見張りの仕事に就いている者だとセリーナは言った。それはどういうことなんだ?」

 まずい。最悪の事態だ。

 モリスの協力が得られなくても、生活者が<世界V>の本当の姿を知ることは避けなければならない。

 「何のことだかわからないね。この子がなぜあんなことを言ったのか、こっちが聞きたいくらいだよ」

 ジミーから視線をはずし、セリーナの方を見る。ジミーは信用していない。そのまなざしに、モリスはいたたまれなかった。

 「また話を聞かせてくれ。それじゃ……」

 逃げるようにして病室を出た。

 

 

 風が頬をなでる。

 かぐわしい風だ。

 眼下に広がる一面の草原。風が、緑の波を起す。

 ふりそそぐ陽光。

 丘の上に立って、モリスは広がる光景に見入っている。

 はるかな昔、自分はすでにこの光景に出会っていたのではないか?

 モリスは、そんな思いにとらわれていた。

 かぐわしい風も、広がる草原も、ふりそそぐ陽光も、すべてどこかで体験したことが、再び目の前に現れているだけではないか? しかし、それがいつのことか、モリスには思い出すことができなかった。

 もうすぐ来る。

 何が来るんだ? わからない。しかし、まちがいなくやって来る。

 何だかわからないものを、モリスは待っている。

 空に目をやる。

 澄みわたる青い空には、できたてのパンをちぎって浮かべたような雲がただよっている。

 もうすぐ来る。

 それは空からやって来る。それは空から降りてくるのだ。

 見えた。

 不意に青い空の彼方に、白銀に光る点が姿を見せた。

 それは一体何なのか?

 モリスは目をこらし、その物体に思いをはせる。

 すると、その物体がどんな形をしているのかが頭の中に浮かんできた。

 球体だ。白銀色の球体。とてつもなく大きい。その表面には、いくつかの正方形の装置が取りつけられていた。そして球体の北極部と南極部には、円盤状の装置があった。

 これには見覚えがある。

 ふと見ると、青空の彼方の白銀の点がふえていた。ひとつ、ふたつ、みっつ……。それは結局十二個で、帯状になって移動していた。

 わかった。

 モリスにはその瞬間、すべてがわかった。

 これは球形ユニットだ。十二個の<世界>が飛んでいるのだ。これらの<世界>は単独でも航行できる宇宙船でもあったのだ。そして今、これらの宇宙船は、この惑星めがけて降下しようとしている。

 惑星? そう惑星だ。この緑の大地は惑星なのだ……。

 すべてを悟った瞬間、モリスは目を覚ました。

 エコータウンの町長邸の一室。来客用のベッドの上に起き上がり、モリスはじっと闇を見つめた。

 セリーナが昼間投げかけた言葉の意味が、今、明確に理解できた。ふと、今も自分の姿がモニターに映っているだろうかと思った。しかし、見ている夢まではモニターに映らない。

 ベッドから降りると、絨毯敷きの床を歩いて窓のそばに行った。カーテンを開くと、寝静まるエコータウンの町と、47アルセ・マジョリス第二惑星から見える星々のパノラマが見えた。

 だがモリスは、その作り物の向うに本当の星々を見ていた。

 

 

 丘の上の会堂から<アース・ベル>が鳴り響いた。

 薄雲を通した、ぼんやりした光の中を、ジミーは仕事に出るために市場に向かって歩いていた。

 平常の生活に戻るようにという法院からの布告状が町の住民全員に配られたのは昨日の夕方だった。ジミーはそれを見て、ここ二、三日市場の仕事に出ていないことをやっと思い出した。雇い主が何も言ってこない所を見ると、やはり町全体が今度の出来事でゆさぶられていたのだろう。

 セリーナの件は、目下法院が調査中であること、また、東の町の特使モリスには、エコータウンを自由に調査する特別許可が与えられたことも書いてあった。

 人通りの少ない石畳の道を西へ行くと、卸売り市場の門が見えた。市場は周囲を柵で囲まれ、二ヵ所の門でしか中と出入りできなかった。

 ジミーがいつも利用する大通に面した門の前に、モリスが立っていた。昨日と変わらないいでたちでジミーの方を見ている。

 「おはよう」

 あいさつをするモリスは、深く落ちついた目をしていた。

 「おはよう。こんな所で調べものかい?」

 「君が来るのを待ってたんだよ。話がしたくてね」

 ジミーは、モリスの態度が昨日とはまるでちがうことに気づいた。

 「よくここがわかったな」

 「学院の学生課に聞いた」

 「おれに何が聞きたい?」

 「ちがう。君に教えたいことがあるんだ。昨日、ぼくは、セリーナが言った言葉の意味がわからないと言った。でも、それは嘘だ」

 「嘘?」

 二人の頭上を、一羽の鳥が飛び去った。

 「いっしょに来ないか? 見せたいものがある」

 「何だ?」

 「世界の、真実の姿だよ」

 モリスは、ジミーを真摯な目つきで見つめていた。

 

 

 

    3

 

 

 モリスが、生活者を連れて戻ったと聞いて、パドムは驚く半面、自分の予感が的中してほのかに満足げでもあった。

 モリスが<世界V>内部に派遣されることが決まった時、パドムは言い知れぬ不安を感じた。

 いくら異常事態が起っているからといって、監視者が生活者と直接接触するのは危険が大きすぎるのではないだろうか。万一、生活者が監視者の存在や、<世界V>の構造に気づいたらどうするのか。

 パドムは監視司令室の次長として監視長に反対意見を述べた。しかし、監視長はモリスを信頼して派遣した。

 たしかに監視作業だけでは、今回の事件の核心に迫ることはできなかった。だが、結果はこのとおりだ。もう少し事態を静観するという方法もあったはずだが監視長はそうしなかった。

 非常の呼び出しで、パドムが会議室へ行ってみると、もう一人の次長であるオーリンと監視長が会議卓を前に立っていた。二人とも眉間にしわをきざんでいた。

 「困ったことになった」

 監視長が話し始めた。苦々しい口調だった。

 モリスが<世界V>の生活者、ジミーを連れ出したこと。司令室のメンバーに二人を連行するように命じたこと。ジミーは予備の居住室に軟禁し、モリスはこの会議室へ連れて来る予定であること。

 「モリスはともかく、問題はジミーをどうするかですね」

 オーリンが言った。

 「いまさら<世界V>に戻すわけにはいかないでしょう」

 「うむ……われわれに心理処置を施す技術があれば記憶を消すこともできるんだが……」

 監視長の言葉には苦渋が感じられた。

 「二人とも眠らせてはどうでしょう?」

 パドムは静かな口調で言った。

 「冷凍睡眠か?」

 「はい。<世界V>の連中も時がたてばジミーがいないことに慣れてしまいます。モリスも危険分子であることが明らかになった以上、監視者として作業を続けさせるわけにはいかないと思いますが」

 パドムの言葉に、監視長もオーリンもうなずいた。

 その時、来室のチャイムが鳴った。

 オーリンがインターフォンを使った。

 「モリスが来たそうです」

 「とりあえずモリスと話してみよう」

 監視長は二人に言った。

 「よし、入れ」

 扉が開いて、モリスを連れた二人の司令室員が入ってきた。モリスは悪びれたようすも見せず、落ちついたようすで歩いた。

 「かけて話そう」

 監視長が言った。

 モリスは会議用の席の一つに腰を下ろした。監視長は二人の司令室員に外で待機するように命じた。二人が出て行くと、監視長、パドム、オーリンもモリスの向かいの席についた。

 「とんでもないことをしてくれたな」

 オーリンは、モリスをにらみつけながら口火を切った。

 「生活者を連れて来たりして、どういうつもりかね?」

 監視長もたずねた。

 「今回の事態に、監視者、生活者が協力して対応していくためです」

 モリスは、あくまでも落ちついていた。

 「なんだって?」

 監視長は声をあげた。モリスは続ける。

 「<世界V>の生活者たちは、何者かからメッセージを受けています。それはおそらく異星からのメッセージです。もはや事態はわれわれだけの問題ではありません。監視者、生活者、そして計画者もふくめて対策を考えるべきだと思います。さらに他の<世界>とも連絡をとり……」

 「いいかげんにしたまえ!」

 監視長がどなった。

 目をむき、肩を震わせていた。

 「そんなこと、できるわけがないだろう。<計画>を何だと思ってるんだ?」

 「計画者もふくめるとはどういうことかね?」

 パドムがたずねた。

 この若い監視者の真意はどこにあるのか。

 「計画者を冷凍睡眠から目覚めさせて、指示をあおぐんです。今は<計画>を云々している時ではありません。<船>に乗っているすべての人間にかかわることなんです」

 監視長は黙ってモリスを見つめていたが、やがて言った。

 「君の考えはわかった。しばらく身柄を拘束させてもらう」

 監視長はインターフォンで司令室員を呼んだ。モリスは、入って来たときと同じように落ちついたようすで出て行った。

 パドムは、モリスをあのように落ちつかせているものが何なのか気にかかった。

 

 

 ジミーはめまいの中にいた。

 それは、生まれてこのかた乗ったことのない乗り物に次々と乗せられたための肉体的なめまいであると同時に、自分の慣れ親しんだ世界が崩壊していくことによる精神のめまいでもあった。

 世界の真実の姿を見せるというモリスの言葉に、ジミーは驚いた。

 「じゃ、セリーナの言ってたことは……」

 「本当だよ。彼女は真実を言い当ててたんだ。正確に言えば、彼女の口を借りて話している者たちがだけどね」

 「昨日とはずいぶん話がちがうな」

 モリスは、薄雲のかかった朝の空に目を走らせた。

 「夢を見たんだ」

 「夢?」

 「君たちと同じ、丘の上で何かを待つ夢さ。そして何を待っているのかがわかった。セリーナの言ったことは正しいんだ。別の世界からぼくたちに呼びかけようとしている者がいるんだよ」

 ジミ―にはモリスの語る言葉が納得しかねた。

 「いっしょにこの町を出よう。君に本当の世界を見せてあげるよ。そのかわり、ぼくがやろうと思っていることを手伝ってくれ」

 本当の世界とはどういうことなのか?

 「町から出るには法院の許可がいる」

 「かまわない。それにそれは意味のある制度じゃないんだ。あれは人々が外に出るのを禁じるためだけの制度さ」

 ジミーは目を見張った。

 「こんなことは驚くに当たらないよ。外に出て、セリーナの言葉を確かめてみたまえ。そのときは自分の正気を保つのがやっとだろう」

 モリスの言葉に、ジミーは自分の中で何かが動き出すのを感じた。

 「おれの正気をゆさぶるほどのものを見せてくれると言うのか?」

 「そうだ」

 「よかろう。見せてくれ」

 「よし。じゃあ、四、五日の旅の仕度をしてくれ。特に食べ物の用意を忘れずに。<向こう>には君の口に合う物がないかもしれないから、多めに用意しておいた方がいい。どれくらいかかる?」

 「そう、二時間もあれば……」

 「二時間後に広場の川岸で会おう。ぼくの舟がつないである所だ」

 「わかった」

 「では、あとで」

 モリスはジミーから離れ、通りを歩いて行った。

 残ったジミーは、しばらくモリスの後ろ姿を見ながら呆然としていた。モリスとの会話を頭の中で反芻してみると、その内容に驚いてしまった。

 しかし、動き出してしまったものはもう止められない。

 ジミーは自分の部屋に取って返すと、戸棚の奥から背嚢を引っ張り出し、部屋の中で干していた洗濯物の下着類をつめ込んだ。そして手持ちの金を全部持って、近所の店を開けたばかりの雑貨屋へ走った。保存のききそうな干し肉や干した果物などを買い込んだ。

 「どっかへピクニックかい?」

 雑貨屋のおやじが何気なくたずねた。

 「まあね」

 あいまいに笑ってごまかすと、ジミーは急ぎ足で自分の部屋に戻った。そして、しばらく旅に出るという短い手紙を書いた。

 この手紙を最初に読むのは誰だろう?

 市場の雇い主か? セリーナの母か? あるいは学院の仲間か? 自分がいなくなって、ちょっとは心配してくれるだろうか?

 手紙を扉の下に置き、背嚢を背負って外に出た。

 一目セリーナに会って行きたかったが、またトラブルに巻き込まれる恐れがあるのと、セリーナの顔を見て町を出る決意がにぶるかもしれないのでやめにした。

 約束の時刻前に川岸に着くと、モリスは並木の根本にすわって待っていた。

 「出かけよう。乗りたまえ」

 ジミーが恐る恐る小舟に乗り、腰を下ろすとモリスは小舟につないであるロープを解いた。そして、水の中に入って小舟を押し出し、自分も乗った。モリスは舵をあやつりながら、小舟を川の中に進めていった。

 それから丸二日、ジミーはモリスと共に川を下ってすごした。

 夜は手近な岸辺に小舟をつけて野宿した。モリスはたき火を起し、そのかたわらで<世界>のことについて語った。ジミーにとっては、それはとんでもない作り話にしか思えなかった。

 「宇宙船の中だって?」

 「そうだ」

 モリスの口調は淡々としていたが、語る態度には何にも動じないようすが見て取れた。

 「しかし……」

 ジミーは一瞬あたりを見回した。

 闇に包まれた森。その奥からは虫や鳥の鳴き声。空には見慣れた星々……。

 これがすべて作り物だというのか?

 「すべて作り物なんだよ」

 モリスは静かに続ける。

 「<船>が太陽系を出発する前、何らかの理由で十二の<世界>は作られた。この<世界>の最初の住人となった人々は皆、自ら志願してその<世界>に入っていったと言う。そして、宇宙移民の<計画>達成のために、自分たちの過去の記憶を捨てて、それぞれの<世界>に合わせて作られた新しい記憶を受け入れた」

 「信じられん。そうまでして達成しなければならない<計画>とは一体何なんだ? われわれの町の<計画の書>とはどういう関係があるんだ?」

 「<計画>については、ぼくにもよくわからない。君たちの計画者は、ぼくたちの計画者と同じ人物だと思う。彼は<計画>を遂行する人間は、その役割に応じた知識を持つべきで、必要以上のことを知ると<計画>の達成の障害になると考えた。だから、ぼくたち監視者も必要なことしか知らされていない。ぼくたちは地球出発以来、冷凍睡眠に入っていたんだが、おそらくその間に記憶が操作されたらしい。生まれ育ったはずの地球のことは何も憶えていない」

 「<計画>の目指しているものとは何なんだ?」

 「人類の、47アルセ・マジョリスへの移民。文化的なものもふくめての移動だと言われている」

 ジミーのめまいは、この時からかすかに始まっていた。

 三日目の朝、川は山あいに流れ込み、あたりには大小の山々が木々に覆われた姿を見せていた。

 大きな蛇行を一つ越えた所で、モリスは前方を指さした。

 「見ろよ、<世界>の果てだ」

 川は、山肌にぽっかりと開いたトンネルに流れ込んでいた。

 トンネルの中は暗闇だった。

 川にしたがってその中に吸い込まれていくとき、ジミーは自分の心と身体が音をたてて崩れていきそうな気がした。

 それ以来、ジミーは全身を襲うめまいの中にいた。

 くねくねと曲がったトンネルを抜けてからは、彼にとって時間も空間もその意味を失ってしまった。

 小舟は四角い、人工の池のような所へたどり着いた。池の縁には、白い服を着た男が五人立っていた。皆一様にこわばった表情だった。

 モリスは艫からロープを投げた。男たちの一人が何も言わず、受け取る。そして二人が加わって三人で小舟を引いた。小舟は池の縁に着く。

 「さあ、降りよう。気をつけて」

 モリスにうながされて、ジミーは舟を降りた。

 見たことのない空間だった。

 白い灯りに照らされた壁には大小さまざまな鉄骨や配管が走っている。

 男たちの一人がモリスと二言、三言何か話した。とげとげしい口調だった。モリスは落ちついていた。

 「いっしょに来てくれ」

 モリスはジミーに言った。

 ジミーとモリスは、無言の男たちに引きたてられるように、馬のいないい小さな馬車のような乗り物に乗せられた。そしてトンネル状の通路を進み、角をいくつも曲がった。ある扉の前で乗り物から降ろされる。白い服の男の一人が扉のかたわらで何かすると、扉は左右に分かれて開いた。

 「こっちへ来い」

 ジミーは扉を開いた男に言われて、一行から離された。一瞬心細くなり、モリスの方を見た。モリスは驚くほど冷静なまなざしでジミーを見ていた。その瞳を見ると、ジミーも落ちつくことができた。

 しばらく歩くと、男は扉の一つを開けた。

 「入るんだ」

 男はジミーとともに中に入ってきた。装飾は一切なかったが、居住用の部屋であるのはわかった。

 「ここでしばらく待て。用がある時はこのボタンを押せ」

 そう言うと男は、扉のわきにある赤いボタンを示した。

 男は出て行った。閉まった扉はいくら動かそうとしてもびくともしなかった。部屋の中には簡単なベッドとテーブルと椅子があった。出入り口とちがう扉も一つあり、開いてみたが洗面所とトイレだった。

 一人になると、波打つような、ひときわ大きなめまいがジミーを襲ってきた。

 

 

 ゲラーは興奮していた。

 モリスがジミーを連れてきてしまったという話を聞いて、目もくらむような気分の昂揚を感じていた。こんなに、心の底から愉快な思いをしたのは、冷凍睡眠から目覚めて以来、始めてだった。

 今回の調査では、ゲラーは非日常的な作業を楽しんでいた。自分には他の監視者とはちがうところがあるということを、ゲラーはわかっていた。他の監視者のように、決まったスケジュールどおりに監視作業を続けることが苦痛だった。こんな自分にも<計画>の中で果たすべき役割があるのだろうか。ゲラーは人知れず考え込むことがあった。

 モリスが公然と<計画>の前提を破壊するような行為に出たことは、痛快だった。仲間の監視者や司令室員たちが、うろたえたようすで話しているのを見るのは小気味よかった。モリスは、ゲラーが前々から心の底で望んでいたこと一気に実現してくれたのだった。

 ふと、モリスのことが気になった。

 モリスにあのようなことをさせたのが何であるのかも知りたかった。

 ゲラーは監視作業のの休憩時間中に、モリスが自室で軟禁状態に置かれていることを知った時、心の中に駆け抜けるものを感じた。

 監視作業のシフトを終えると、共同の休憩室には寄らず、すぐに自分の部屋に戻った。

 愛用の椅子を、通話機の前に持って行き、腰を下ろした。

 深呼吸を一つしてから、通話機のキイを叩き始める。まず、モリスの認識コード。

 通話機が発信者の暗証を求めてくる。ゲラーは自分の暗証を打ち込んだ。

 閉鎖中。

 そっけないメッセージが、通話機の画面の中央に浮かぶ。これは当然だ。モリスは外部との接触を絶たれているのだから。だが勝負はこれからだ。

 ゲラーは画面の表示を初期状態に戻した。そして再びモリスの認識コードを打ち込む。たずねられた暗証に、今度は監視長の暗証を打ち込む。今この時に監視長が通話機を使用しようとしたら、通話ができない。また、通話機を使用中の場合は画面に警告メッセージが表示されてしまう。しかしゲラーは、どちらの可能性もない事を確信していた。監視長は今、司令室員たちと会議中なのだ。

 監視長の暗証は司令室の見習い時代、偶然見る機会があった時にこっそり憶え込んだものだった。ゲラーは機械に頼る監視者の中ではめずらしく記憶力がよかった。

 案の定、通話機は逆らわずゲラーを監視長と認め、モリスの部屋を呼び出し始めた。画面が四、五回点滅すると、驚いた表情のモリスが出た。

 「よう、元気かい?」

 画面の中のモリスは目を丸くする。

 「どうやったんだ?」

 「まあ、いろいろあるのさ。そんなことより、お前さんの行為についての釈明が聞きたいな」

 モリスは話した。<世界V>で見た超自然現象。モリス自身の見た夢。そして得られた確信。

 「ふーん……。にわかには信じられんな。奇妙な現象が起るのはたしかにモニターで見たが、それが異星人のしわざというのは、どうもな……。おれもお前と同じ夢を見てみたいよ」

 「見られるさ」

 臆するところなどみじんもないモリスの態度を、ゲラーはこころよく思った。

 「まあ、とにかく面白そうだな。モリス、お前のやりたいことは一体何なんだ?」

 

 

 パドムは満足していた。

 監視長をふくむ監視者会議の大多数が、彼の考えを支持したからだった。

 「しかし……もし、その、もしモリスの言ってることが正しいとしたらどうしますか? 現に<世界V>では超自然現象が起っているわけですし……」

 会議室に顔をそろえた司令室員のうち、若い一人が遠慮がちに言った。パドムは発言を求めた。

 「この問題は、生活者セリーナ個人が引き起こした問題にすぎません。異星からのメッセージだとすれば、その旨、中央電子頭脳から通報があるはずです。第一、観測室を調べても何の異常もなかったではないですか。まあ、確認のため、もう一度調べる必要はあるでしょうが」

 それ上の議論はなかった。

 「監視者モリス、並びに生活者ジミーを冷凍睡眠とする」

 監視長の裁定が下った。

 パドムの意見に全員が従った形となった。

 パドムは、かつて監視長が彼の進言によってゲラーを司令室から追放した時以上の満足を得ていた。

 役割の分担もすぐに決まり、冷凍睡眠処置ははただちに行われることになった。

 

 

 監視司令室員の一人、ローレルは面白くなかった。

 通常の勤務シフトが終わり、休憩室に行こうとした矢先、モリスの帰還を知らされ、特別任務に就くことになった。<世界V>までモリスとジミーを拘束しに行き、そのあとジミーを待機させた部屋の警備を命じられた。初めて命じられた任務にどうしたらよいかわからず、とりあえずジミーの部屋の前に立っていた。

 一時間もしないうちに脚が痛んできた。

 どうして電子錠で閉ざされた扉の番などしなくてはならないのか。不満がふつふつと心の中にくすぶり始めた。

 「ローレル」

 呼ぶ声にふり向くと、ゲラーがこちらに向かって歩いて来るところだった。

 「どうだい、調子は?」

 「さんざんだよ」

 ローレルは肩をすくめて見せた。

 「こっちもさ。せっかくの休憩から引っぱり出されちまって、生活者を訊問するから、ようすを見て来いとさ」

 「そんな話は聞いてないけどな……」

 「今さっき決まったんだよ。すまないけど早く開けてくれよ。おれがどやされちまう」

 「わかった」

 ローレルは、扉のかたわらにある電子錠の制御盤を操作して扉を開いた。

 

 

 ジミーは突然入ってきた男に驚いた。

 白い服のその男は、やせていて抜け目ない印象を与えた。

 「どうだい、ここの感想は?」

 なぜか親しみのこもった口調だった。

 ジミーは無言で男を見た。

 油断できなかった。

 周囲の状況は混沌としていたが、モリス以外の人間に心を許すのは危険だった。

 「おれはゲラー。モリスの友だちだよ」

 そう言って、男は人なつこそうな笑いを浮かべた。

 「モリスにお前さんのことを頼まれて来た。モリスはお前さんと同じように閉じ込められてる。まず、おれがお前さんをここから連れ出す。次に二人してモリスを助け出したい」

 「助け出してどうするんだ?」

 「そのあとどうするかは、お前さんも知ってるとモリスは言ってた」

 罠かもしれない。しかし、モリスと連絡がとれない今、このゲラーという男を信用するしかないだろう。

 「計画者を目覚めさせるんだな?」

 ジミーの言葉に、ゲラーはうなずいた。

 

 

 ローレルは、部屋に入ったゲラーがおそいので心配になり始めていた。

 かれこれ十五分以上。

 たとえ予備的な訊問をするにしても、こんなに時間のかかるものだろうか?

 ローレルは、ゲラーが監視司令室を追放になったことを思い出し,不安になり始めた。

 ゲラーは気のいい人間だったが、勤務態度に不まじめなところがあるのと、<計画>に対して不遜な態度をとり続けたことが原因で司令室を追われてしまったのだ。

 一度考え始めると、ひどく不安になってきた。

 司令室に連絡しようかとも思ったが、それはあまりにもみっともない。ローレルは扉を開けてみることにした。電子錠を操作する。

 「おい、ゲラー」

 声をかけながら中を見て、ローレルは飛び上がった。

 いない。ジミーもゲラーも。

 部屋に飛び込む。

 テーブル。椅子。ベッド。床。二人の姿は見えない。

 何かの気配を感じて、ふり向うとした時、ローレルは視界のすみに二人の影を見つけた。

 次の瞬間、激しい衝撃がローレルの首すじを襲った。

 

 

 「こいつは縛っておいた方がいいんじゃないか?」

 倒れて気を失っているローレルを見おろしながら、ジミーはゲラーに言った。

 「ああ……そうだな」

 答えたものの、ゲラーはジミーの暴力に圧倒されていた。

 監視者は、心理的処置によって仲間を傷つけることができなかった。ジミーがローレルに襲いかかるのをまのあたりにしたゲラーは、吐き気がこみ上げてきていた。

 そんなゲラーを無視して、ジミーは背嚢の中から紐を取り出すと気絶しているローレルを後手に縛り上げた。

 「よし、いいぜ」

 一方、ゲラーは深呼吸をして気を取り直す。

 「ちょっと、待ってくれ」

 ゲラーは腰のベルトから携帯通話機を取ると、キイを叩き出した。

 

 

 警報が鳴り響いた。

 パドムは会議室から司令室に戻り、自分の席について少ししたところだった。

 警報はかん高い音で、壁、天井、床、あらゆる所から聞こえてきた。その音は、生理的な不快感をもたらし、じっとしていられない衝動を聞く者に与えた。監視者の中で、今まで警報を聞いた者はいなかったが、意識下に施された心理的処置によって、その音が警報であることはわかった。

 司令室員たちは、音を聞きながらしばし顔を見合わせているだけだったが、数秒たつと反応し始めた。

 「何だ、いったい?」

 一人が声を出した。

 「誰か、電子頭脳に問い合わせてみろ」

 パドムがどなった。

 今、司令室にいる者のうち、一番上級なのは次長のパドムだった。

 室員の一人が端末に向かう。

 「警報は生活者モリスを待機させている部屋から発信されています」

 やはり……。

 「いっしょに来い」

 パドムは、そばにいた二人の司令室員を連れて部屋の外に出た。

 ジミーの部屋まで小走りに進む。ついてきた二人は、状況がよくわからないままパドムのあとを追った。

 扉は閉まっており、立っているはずのローレルの姿が見えない。パドムは扉に走りより,電子錠に開錠暗号を打ち込む。開かない。開錠暗号が変えられたのだ。

 「くそっ」

 パドムは、自分の認識コードと暗証を打ち込む。電子頭脳がパドムの特権を認め、電子錠を解放した。

 部屋の中を一瞥して、パドムは目を見張った。気を失い、縛られているローレル。ジミーはいない……。

 「監視長に連絡しろ。すぐにだ。自室にいるはずだ」

 語気荒く、一人の司令室員に命じた。

 「は、はい」

 「早くしろ!」

 パドムに気圧されて携帯通話機を取り上げた。

 監視長と連絡をとっている間、パドムはしばし考え込んだ。

 ジミーがどのようにしてここから出たのかはわからない。しかし、おそらくモリスも自分の部屋を出ているだろう。彼らはどこへ行くか……?

 「お前は私といっしょに来い」

 パドムは、もう一人の司令室員に言った。

 「どこへですか?」

 「武器庫で武器を調達する。そして<眠りの間>へ行くんだ」

 

 

 扉が開き、ゲラーとジミーの姿が見えたとき、モリスは張り詰めていたものがふっと消えたような気がした。

 「モリス」

 ジミーが数年ぶりに会った親友のように、モリスの手を固く握った。モリスもほっとした笑顔で答えた。

 「急ごうぜ」

 ゲラーがせかす。

 三人は部屋を出た。ゲラーが先頭に立ち、ジミー、モリスが続く。あたりに気を配りながら歩いて行く。

 ここまでは、ゲラーの作戦どおりだった。

 ゲラーは、ジミーの部屋から監視者居住区を統括する電子頭脳を呼び出し、監視長の暗証を使って警報の放送を命じたのだった。

 監視者たちの注意が警報の発信場所、つまりジミーの部屋に集まれば、その間、モリスの警備は手薄になる。事実、モリスの部屋を警備するものは誰もいなかった。

 ゲラーとモリスとともに、ジミーはエレベーターに乗った。えれべーたー≠ニいう言葉が何を意味するのかは理解できなかったが、ゲラーが制御盤を操作すると、全身が落下感に揺さぶられた。それで、えれべーたー≠ェどんな物なのかは見当がついた。

 監視者居住区は三層からなっていたが、冷凍睡眠用の<眠りの間>は最も下の層にあった。

 「目的地までの道順は?」

 吐き気をこらえながらジミーがたずねる。

 「えれべーたー≠ェ止まったら、外へ出て正面をまっすぐ行く。最初の四つ角を右に曲がって突き当たりだ。見張りがいるかもしれん。もっともその方がスリルがあるがね」

 「<眠りの間>の開錠暗号は?」

 今度はモリスがたずねた。

 「わかってるよ。司令室の見習い時代に仕入れたことがこんなふうに役立つとは思ってなかったぜ」

 えれべーたー≠ェ止まった。

 モリスは二人の顔を見て言った。

 「行こう」

 

 

 エコータウンには平和が戻ったかのようだった。

 東の町から来た特使は姿を消した。法院は形だけの捜索を行った後、この件を保留として片づけてしまった。

 しかし、セリーナの母にとっては、いくつかの気がかりが残っていた。

 宙に浮かんで妙な言葉をしゃべって以来、セリーナは再び昏々と眠り続けている。医師たちは相変わらず打つ手がないと言い、栄養剤を注射するだけだった。

 さらに心配なのは、ジミーが旅に出るという手紙を残して姿を消してしまったことだった。

 幼い頃から知っているジミーがそばにいてくれるだけで、彼女はずいぶんとはげまされた。どうやらジミーは、東の町から来たモリスという男といっしょに姿を消したようだった。彼らが市場の前で話している所を見た者がいた。

 セリーナの母はジミーの無事を計画者に祈りながら、セリーナの看病をしていた。

 曇り空のせいで、特別室の中も色あせていた。セリーナのベッドのかたわらに腰をおろし、編み物をしていた母もついうとうとしてしまう。

 「ううっ」

 不意にセリーナが声をもらした。

 母がびっくりして顔をのぞき込むと、セリーナは悪夢でも見ているかのような苦しげな表情を浮かべている。母が医師を呼ぼうかどうしようか迷っていると、セリーナの口から言葉が出た。

 「ジミー……気をつけて……」

 

 

 エレベーターの扉が開いても、そこは前の階層と何の変わりもない廊下が続いているだけだった。

 外に出る。

 左右の廊下に人影はない。

 白い光の中を、三人は歩く。

 警報はすで止んでいた。今にも監視者の誰かが現れるかもしれない。だが白い廊下は静寂につつまれている。

 四つ角まで来た。ゲラーは角から左右をうかがう。

 「大丈夫だ。誰もいない」

 他の二人も壁ぎわから離れ、廊下の角から右を見た。五メートルほど先にいかめしい黒い扉があった。

 モリスは、自分が冷凍睡眠に入った時のことは憶えていない。薄明の記憶の底にあるのは、この部屋から出たあとのことだけだ。

 三人は歩き出す。あたりに誰もいなくても、油断はできなかった。

 「よし、大丈夫だ」

 モリスの言葉に安心したゲラーは、黒い扉のわきにある制御盤に向かおうとした。

 「待て、何をしてる!」

 パドムだった。

 司令室員を一人したがえていた。二人とも右手に黒い銃をかまえていた。麻酔銃だった。二人は靴音を響かせながら走り寄ってきた。

 「馬鹿な真似はやめろ!」

 「馬鹿な真似かどうか、やってみなきゃわかんねえだろ!」

 威圧するようなまなざしのパドムを、ゲラーがにらみ返した。

 ジミーが無言のまま前に出る。

 「気をつけろ」

 モリスの言葉に、ジミーは小さくうなずく。

 「そこを動くなよ」

 パドムたちは麻酔銃をかまえたまま、ジミーのそばへ寄った。

 二人が正面に来た時、ジミーは不意をついて襲いかかった。頭を落として、両肩を二人のみぞおちに叩き込む。格闘ということをまったく知らない二人は、うめき声をあげた。パドムはあお向けに倒れ、もう一人は身体を折り曲げてあえいでいた。ジミーはすかさずパドムの顔をなぐりつけ、もう一人の腹を蹴り込んだ。

 二人の追跡者は動く気配がなかった。

 「みごとなもんだ」

 ゲラーが片手で胃のあたりを押さえながら言った。

 「君が言ったとおりだな」

 モリスはゲラーの方を見て言う。

 「えっ?」

 「生活者は、われにはないものを持ってるよ」

 「たしかにな」

 「行こう」

 ジミーがうながす。

 ゲラーは制御盤に一連の数字を打ち込んだ。

 音もなく黒い扉が開く。室内に消えていた照明が灯る。ひんやりした空気があふれ出た。三人が中へ入ると扉は閉まった。

 広い室内には何百という数の、薄青い冷凍睡眠カプセルが並んでいた。白い照明の下のそれらは、多くの死者の柩のようだった。

 扉の前から柩≠フ間をぬって部屋の奥の壁に通路がのびていた。奥の壁には黄色い扉があった。

 「あれが、計画者が眠っている部屋だ」

 ゲラーの言葉をきっかけに、三人は歩き出した。扉の前へくると、それは自動的に開いた。その向うには、やはり白い光に照らされた小さな部屋がある。三人は入る。

 部屋は、ガラスのような透明な壁で仕切られている。透明な壁の前には小さな制御卓が置かれていた。そして壁の向うには。黄金色の冷凍睡眠カプセルがあった。

 「成金趣味だな」

 ジミーが感想をもらす。

 「まったくだ。早いとこやってしまおう」

 モリスの言葉に、ゲラーはうなずいて制御卓に向かった。

 キーを操作する。

 「入力暗号は不正である」

 低い人工の声が響く。

 「ちっくしょう。開錠暗号を変えられた」

 「計画者冷凍睡眠システムに異常あり。防御システムスタート」

 人工の声が続ける。

 かすかな、機械的な音が天井から聞こえた。

 見ると、白い光を発している天井の一部が四角く開いた。そしてそこから機械の腕が現れた。三つの関節を持ち、先端にレーザー砲とおぼしき円筒形の武器をつけた黒灰色の腕だった。グロテスクな金属の塊は、天井から伸びてきた。ゲラーに照準を定めようとしているようだった。

 ゲラーもモリスも立ちつくしていた。

 「セリーナ!」

 ジミーが叫んだ。

 彼の瞳は大きく開かれ、二人には見えない何かを見ているようだった。

 次の瞬間、<光りもの>が現れた。

 それは、青白く光りながら三人の頭上を飛び、長い尾を引いてあたりを一巡したかと思うと、防御システムの機械の腕にぶつかった。

 円筒形の装置からかすかに赤い光が散り、小さな爆発音が聞こえた。ぎーっという音とともに関節が次々にゆるみ、機械の腕はだらりと天井からぶら下がった。

 <光りもの>は、さらに三人の周囲を一回りしたかと思うと、消え失せた。

 「防御システム作動不能」

 人工の声が響く。

 「第一級非常事態につき、計画者覚醒処置を開始する」

 かすかな音とともに透明な壁が床から持ち上がり始めた。三人が見つめるうちに、壁は天井におさまった。モリスが最初に歩み出し、黄金のカプセルのかたわらまで行った。二人があとに続いた時、不意にカプセルの蓋が持ち上がり始めた。

 「そんな馬鹿な。覚醒処置には何時間もかかるはずなのに……」

 ゲラーの言葉をあざけるかのように、カプセルの蓋は簡単に開いた。そして、白いマントをはおった人物が起き上がった。

 「私を目覚めさせたのはなぜか?」

 老人だった。

 長くのびた白髪と白い髭。やせた頬とおちくぼんだ目。その目には無機的な光があった。

 「あなたは、計画者か?」

 モリスがたずねる。

 「そうだ。私は計画者だ」

 「<世界V>を作り、そこを見張ることを定めたのはあなたか?」

 「そうだ」

 老人の声は落ちついていて、よどみがない。モリスは、気おくれしている自分に気がついた。

 「あなたは……あなたは<計画>を定め、監視者に<世界V>を見張らせた。しかし今、<世界V>の中に、あなたの<計画>にはない現象が起きている。一人の女性が超自然的な現象を引き起こし、さらに、<外の世界>の者が女性の口を借りていると語っている。これは、他の惑星の知的生命体からの呼びかけではないのか? このような事態に、われわれはどうたいしょすればいいのか? 答えてくれ」

 「外部宇宙から検出される電波には、人工的パターンを示す波形はない。よって異星からの連絡があるとは判断できない。超自然現象については<計画>の例外である。よって人間の判断が必要である」

 その時、ジミーが計画者のそばに寄ると、白いマントの胸元をめくった。そこに見えたのは、白銀色の金属の胸。

 「あんたはロボットか?」

 ゲラーが声をあげる。

 「そうだ。私は<船>を管理する中央電子頭脳のメッセンジャー・ロボットの一つだ」

 「計画者は、<船>が47アルセ・マジョリスに着いた時に目覚め、われわれを導くと聞いていたが……」

 ゲラーの言葉に、計画者は当然のように反応する。

 「そのとおりだ。しかし、計画者が人間である必要はない。<船>の本来の目的である宇宙の知的生命体との接触のためには、<船>の中の人々――生活者、監視者をふくめた人々の生活が安定し、<計画>が遂行されている状態であることがのぞましい。そのためには、自分たちを導くのが同じ人間だと信じていた方が心理的抵抗は少ない」

 「何だって?」

 モリスが聞き返す。

 「<船>の目的が、知的生命体との接触だと言うのか?」

 「そうだ。<船>は本来、人類以外の知的生命体との接触を持つための手段として建造された。十二の<世界>は、さまざまな社会が人類以外の知的生命体と接触した場合、どのような反応を示すかを調べるために実験台として設定された。その時の生活者たちの反応は、監視者たちによって記述され、中央電子頭脳を通じて太陽系に送信されることになっている。<船>がもたらしたデータは、その後の人類と異星人との接触において、人類がどのような方法、どのような戦略で交渉を持つべきかという判断の材料となるだろう」

 「だが……だが、現に知的生命体が接触を持とうとしてるだろう?」

 モリスがたずねる。

 「外部宇宙から検出される電波には人工的パターンを示す波形はない。また、センサーからの情報にも異状はない。よって、人類以外からの接触は認められない」

 「石頭め!」

 相手がロボットであることも忘れて、ゲラーがどなった。

 「しょうがない。中央電子頭脳のプログラムがそうなってるんだ」

 モリスは計画者に向き直った。

 「47アルセ・マジョリスへの移民というのは何なんだ?」

 「宇宙移民は、接触のための手段にすぎない。47アルセ・マジョリスは太陽系に環境が似ていると推定される。知的生命体の発生する確率が高いという予測にもとづく決定だった。ただし、47アルセ・マジョリス第二惑星が人類の生存に適しているという観測結果は今のところ得られていない」

 「47アルセ・マジョリスは……本当の47アルセ・マジョリス第二惑星は、人間の住める所じゃない……」

 不意にジミーが声を出した。

 「どうしてわかる?」

 モリスがたずねた。

 「セリーナが言ってるんだ。さっきからセリーナの声が頭の中に聞こえるんだ。セリーナの口を借りて呼びかけている<彼ら>の惑星は、<船>の現在位置からそう遠くない。<彼ら>は招いている。<船>を方向転換させれば、十分到達できるんだ。<彼ら>は自分たちの惑星から見える星をわれわれに教えると言っている。それによって<彼ら>の惑星までの道を示すと。<彼ら>の惑星は、人間も住める。おれたちが生きているうちに、その惑星の土を踏むことができるんだ」

 ジミーは遠い所を見つめながら、二人に言った。

 「やってみよう」

 モリスが言った。

 「どうやら中央電子頭脳はお手上げのようだ。より多くの<世界>を回り、生活者と監視者を解き放とう。そして、<船>の航行プログラムを書き換えて、<彼ら>の惑星に向かってみるんだ」

 モリスの言葉は静かだった。

 「しかし、大丈夫かな? その惑星が本当に人類に適した惑星かどうか、<彼ら>の言葉以外に何の保証もない」

 ゲラーの心配に、モリスは笑みを浮かべた。

 「心配ないよ。方向転換してから観測を続けて、適さないとわかれば再び方向転換すればいい。それに……ぼくには、<彼ら>が待っているのがわかる……」

 その時、モリス、ジミー、ゲラーの三人は、はるかなる星の丘の上、風の中に立っていた。

 

                              了

 

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