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結構、この会社、気に入っていたんですが・・・
入社3年目に父他界。
ちょうど仕事も大事な部分を任されて始めて、おもしろくなってきた時期。
しかも、そのときは、超多忙なプロジェクトに参加していた。
帰らなきゃいけない。でも帰れない。
今帰ったら、東京に出てきた意味がないような気がした。
そのうち妹が結婚して母がひとりになる。
周りの人たちも心配してくれる。
仕事にやりがいがあった。忙しい仕事ばかりだが。
会社に福岡支店への転勤の願いを出してはいた。
他の希望者はぞくぞくと願いがかなう。
くまさんはかなわない・・・・・・・・その秘密は。
この会社、社員のほとんどが地方の系列専門学校の出身。
で、あるが故、転勤希望者がやたら多い。
当時、バブル期で、社員に辞められるとその上司の評価が下がる。
他の希望者は退職を楯にして転勤を勝ち取っていたのである。
もちろん、くまさんはそんなことはしていない。
それでもいいか。と、ずるずると時が過ぎていき・・・・・・・
バブルがはじけた。
地方から影響がでた。
地方支店の仕事が激減。地方から中央への出張、転勤者が相次ぐ。
社内Uターンの道が閉ざされた。
そのうち東京も続いた。
特にくまさんの所属している部。
あるプロジェクトが原因でN□Cの流通対応の部門より仕事をほされたらしい。
部が主管の仕事が減る。社内他部門の下請け的な仕事が続く。
そんな折、くまさんは主任に昇格した。
主任になって、仕事のレベルが下がった。モチベーションも下がった。酒が増えた。競馬始めた。
そういう状態が続く。こういう毎日をおくっていても、給料はそれなりにくる。
サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだぁーーー♪
そのうちアキレス腱を切る。2カ月会社を休む。
2カ月間、色々考えた。
このままじゃいけない。のんびりし過ぎてしまった。
そろそろ辞め時かもね。
半年後、辞表を提出した。
この時期、自ら辞めるのは俺くらいかな。
会社は、各部で何人かずつ退職者を出すようにと指示を出しているらしい。
部長孝行のくまさん。
退職の日。
部長に挨拶。
お疲れ様。と部長。
お疲れさせられ様。とはさすがに言わない。
部長が餞別に1万くれた。
その日の帰りに寿司に変わった。
さあ、田舎に帰って仕事を探そう。
くまさんのいばらの道のはじまりはじまり。
それから数ヶ月後、その会社、希望退職を募りやがった。
退職金の額が違い過ぎ。
おわり。
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