第5章:脳が遺伝子の支配を解放する

遺伝子の探求は心理学から脳へと向かう

人間を知るためには、人間の意識や行動を知ることが重要です。そうした意識や行動についての研究が心理学であり、人間の心理学状態についてさまざまなことを明らかにしてきました。

心理学は、こうした人間の心理状態に関しては研究の進んだ学問なのですが、脳のこととなると、また違った研究分野になります。

脳の研究が進み、脳に科学の光が当てられるようになると、人間の意識や行動は心理学だけでの専売特許ではなくなりました。

「DNAに魂はあるか」という本を書いたクリックは、人間の意識について「無数の神経細胞の集まりと、神経細胞に関連する分子の働き以上の何者でもない。」とのべています。人間の意識の研究に、心理学の入り込む余地はほとんどないと言い切っているのです。

人間の意識に関するこれからの研究の主役は、心理学ではなく脳科学になります。来るべき二十一世紀には、最後の秘境といわれている脳の謎が、次々に明らかにされていくことでしょう。

そうすれば、人間の意識や無意識といった神秘の扉も、科学者の手で明けられることになると思います。

脳のソフトの部分は遺伝子に支配されない

バイオテクノロジーを見ると、人間は遺伝子を思いのままに切ったり、繋いだりしています。さらに、人間は遺伝子を人工的に合成することさえできるのです。こうした遺伝子を操作しているのは、人間の脳なのです。人間の脳は、遺伝子を自由に操れるのです。

ところが、遺伝子は生命の設計図ですから、人間の脳も遺伝子に書かれた設計図どおりにつくられていることになります。いくら人間が万物の霊長といっても、この生物学の法則からは逃れることはできません。

生物の設計図として遺伝子に支配された人間の脳。そして、遺伝子を自由に操作できるようになった人間の脳。いったい、遺伝子と脳のどちらが主役なのでしょうか。

この疑問に答えるには、人間の脳をハードとソフトに分けると分かりやすくなります。遺伝子に支配されているのは、コンピュータでいうとハードの部分で、ソフトの部分であるフロッピーは、遺伝子には支配されません。

ハードの部分とは、基本的な生命活動を維持するための間脳や小脳などであり、大脳の新皮質がソフトの部分に当たります。

私たち一人一人のハードとしての脳は同じでも、一人一人のフロッピーが違いますから、それぞれの個性や性格が違ってくるのです。地球上には、人間の数と同じ数のフロッピーが存在するのです。

「遺伝」か「環境」かということからみれば、フロッピーのソフトの部分に当たるのが環境です。人間が生まれてからの、さまざまな経験や学習が、脳というフロッピーに入力され、それを一人一人が独自のプログラミングを行って人生を生きています。

そう言う意味では、ソフトをどんどん充実させることができます。わかりやすくいうと、あなたの一生はあなたしかない一枚のフロッピーに書き込まれていくのです。そして、あなたの一生が終わったとき、脳というフロッピーに書き込まれた記憶は、あなたとともに消えてしまうのです。

バランスのいい刺激を与えないと脳は退化する

脳の中身は一生の間、絶え間なく変化していきます。生まれたばかりの赤ちゃんの脳は、成人の脳より小さいのに、神経細胞の数は圧倒的に多く、成長するにしたがい減少していきます。

脳細胞の数が減っていくのに脳が大ききなるのは、成長するに従って、神経細胞から出ている軸索が髄鞘という皮膜で覆われて太くなるためです。神経細胞は、軸索が髄鞘で覆われて初めて完成するのです。

完成された脳は、神経細胞の本体よりも、この配線部分の方が圧倒的に体積を占めます。ですから、大人の脳は大きいのです。

しかし、神経細胞は刺激を受けて働かないと死んでしまいます。外から与えられた音や触覚、味覚、神経など多様な刺激に応じて、必要な神経細胞が残るのです。刺激を受けなかった大部分の神経細胞は死滅し、体に吸収されてしまいます。

この神経細胞が死滅していくプロセスは、生まれてから12年間ほど続きます。12歳までは、脳は学習内容に従って大きな変化を続けているのです。

刺激といっても、色々な物がありますが、脳の発達、すなわち、神経回路の形成にとっては、偏った刺激でなくバランスのいい刺激が必要です。
脳への刺激、つまり、外界からの情報は五感と呼ばれる感覚器官から脳へ入ってきます。その割合は、視覚系が約80%を占めており、残りの20%が触覚や味覚、臭覚、聴覚なのです。

目からの刺激が圧倒的に多いわけですが、視覚系だけで出来上がった神経回路は、ある情報が入ってきたとき、視覚系でしか対応しなくなってしまいます。視覚的な神経回路になってしますと、視覚情報にしか快感を感じなくなってしまい、視覚だけで行動するようになってしまいます。

テレビやビデオ、パソコンなどといった視覚情報に偏った環境で育った若者達の中には、バーチャル・リアリティ(仮想現実)だけでしかセックスができないという人が増えているといいます。

ビデオを見れば興奮し、射精することができるのですが、実際の女性に接すると、たちまいインポテンツになってしまうのです。

これは、五感の中の触覚、嗅覚、味覚をまったく使わず、生身の女性と肌も合わせずに、ビデオや写真といった視覚だけでセックスしてきた結果といえるでしょう。

ですから、視覚系だけに偏るのでなく、残りの20%である触覚、味覚、嗅覚。聴覚からも、いい刺激を与えることでバランスがとれてくるのです。というよりも、情報社会といわれる現代こそ、視覚以外の刺激が大切なのです。

脳の可能性が遺伝し支配の生き方を変える

人間の持っている生物学的な形質は、すべて遺伝子によって子孫に伝えられることは間違いありません。そう言う意味では、遺伝子に支配されているといえます。

しかし、人間は、遺伝子に支配されている脳のハードの部分とは別に、ソフトに相当する素晴らしい脳を持っています。この脳のソフトの部分を使うことによって、遺伝子の呪縛から逃れた、自分が願っているとおりの人生を歩んでいくことができます。
 
脳の可能性を大いに引き出し、遺伝子神話に支配された生き方を変えるには、ポジティブな生き方です。脳の可能性を自ら否定してしまうと、遺伝子に支配されたロボットのような人生になってしまいます。