第1集:海からの創世

灼熱、猛毒の極限下だった太古の海から、地球のすべての生物の出発点となる生命体が誕生した。
その最古の生命体はやがて共生により新たな生命の階梯を迎えた。

第一章:猛毒の海からの出発

地球が誕生してから、気の遠くなるような長い時間が過ぎた。その間、様々な生命が地球環境と密接に関わりながら生きてきた。しかし、その長い歴史もたった一つの生命から始まる。私たち人間もその生命の子孫に過ぎない。私たちの究極のルーツ、最初の生命体とはどのようなものだったのだろうか。

原始の海は、私たちから見れば猛毒である物質で満ちあふれていた。アミノ酸を作り出すHCN(シアン化水素)、HCHO(ホルムアルデヒロ)、HCNは青酸である。海底では、猛毒の硫化水素が吹き出していたに違いない。

青酸などの猛毒物質に満ちた原始の海で、アミノ酸と並ぶもう一つの主役が生まれようとしていた。生命の遺伝情報を伝えるDNAである。それは原始の海で生まれた三つの素材の出会いから始まる。三つの素材とは、青酸などの猛毒の元素から生まれた塩基と糖、そしてマグマから吹き出した燐酸である。これらの素材が何らかの刺激によって目を覚ました。その三つの素材は次々とつながり、やがてRNAというつながりを完成させる。

RNAは二つの画期的な機能を持っていた。不安定であるが自分で自分の情報を編集でき、しかも浮遊するアミノ酸を自分の手で集め、タンパク質を作り出すことが出来たのだ。生命の営みを「自分自身を次の時間と空間に伝える」と定義すれば、このRNAの戦略は生命の原点である。

私たちの知っているDNAとタンパク質に基づいた生命は、RNAに基づいた生命体から起こった。残る生命の起源の問題は、RNAワールドがいつから始まり、いつRNAワールドが現在のDNAワールドへ移行したかだ。

最初の生命誕生の時期については、おそらく微惑星の衝突がおさまり、地球が比較的安定し始めた39億〜37億年前ではないかといわれている。

最初の生命体は脂肪の膜にDNAを包み込んだ単純なもので、膜の中の環境を一定に保つ自己保存能力、次々と成長し子孫を増やしてゆく増殖能力を備えていた。初めの生命体はおそらく宇宙から、そして雷や火山から作られた有機物、そして仲間の死骸を食べていた。しかしほどなくその餌も絶え、多くが死滅していったであろう。この最初の食糧危機を乗り越えていったのが、私たちから見れば猛毒のガスである硫化水素などを使い、エネルギーを得ることを知った生命体であった。

生態系の要を握っている、猛毒のガスで生きるバクテリアこそ、酸素のなかった太古の地球で最初に進化した生命体の子孫に違いない。彼らは37億年の歳月を経て、今も連綿と生き続けている。

第二章:酸素で生きはじめた日

世界最古の化石は、その形状、分裂の様子、酵素の共通性から、現存するシアノバクテリアと考えられている。

シアノバクテリアは、太陽の光を用いて水と二酸化炭素から、糖分を作る。植物のように光合成を行い、その廃棄物として酸素を吐き出す。もし化石がシアノバクテリアと同じ機能をもつものだとしたら、化石が生きていた35億年前に、すでに生き物によって酸素が作り出されていたことになる。初め、地球には酸素がなかった。酸素は生き物によって作り始められたのである。

35億年前に酸素を吐き出すシアノバクテリアが登場して、10億年の間に地球の環境は大きく激変した。それは生物が初めて積極的に環境に働きかけるという画期的なシステムの到来を告げるものであった。地球と生命がともに歩き始めた。

20億年前の地球。そこには太陽エネルギーを起点にミクロの住人、バクテリアたちがつきることのないエネルギーの中で、連帯しながら生きていた。

まず天下の覇者、シアノバクテリアが地球を覆った。次に、その廃棄物の酸素を利用して生きることを知った。抜群の繁殖力を持つプデロビブリオに似た好気性バクテリアが、新興勢力となって威力を発揮する。そして、地球上が酸素に覆われる前からの住人が、その下に行き続けていた。好気性バクテリアは、徹底したエネルギー効率追求の果てに辿り着いた一つの完成品である。

第三章:地球と共に生きる

最初の生命が誕生したのは今から38億年前と言われている。それから20億年間、バクテリアたちのあらゆる代謝の実験が試みられ、積み重なっていったにちがいない。そして、生き物の基礎がつくられたこの20億年の結論の一つが「共生」であった。

私たち哺乳類の細胞の中にも、共生のはっきりした姿を見ることが出来る。それは、ミトコンドリアである。ミトコンドリアは、細胞内の呼吸を行う器官で、酸素を取り入れ、そこからエネルギーを取り出す。現在このミトコンドリアがバクテリアの子孫であるという考えは、広く受け入れられている。

次々と繁殖してゆくミトコンドリアの祖先(固い殻を持った好気性バクテリア)はついに、温泉細菌(サーモプラズマ)に襲いかかる。そしてその中に飛び込んでゆく。多くの温泉細菌は、食いちぎられて死んでいった。しかし、その中には侵入者から身を守るために、DNAを真ん中に集め、それと同時に膜がくびれ、DNAを保護するように囲いが出来た。これが核膜である。

攻撃と防御の緊張関係が、核膜と複数のDNAが収まった核を生んだ。さらに攻防の果てに、二つの生き物が共存を始めた。

ミトコンドリアの祖先は宿主の中で自分が限りなく繁殖すれば宿主が死に、そのことが自分の生命をも危うくすることを知った。そこで次の選択は何か。それは、ほどよいところで手を打ち、共存の道を歩み始めることだった。

共生関係の多くは、初めは戦争や闘争から始まり、非常に微妙な和平状態という、複雑な相互関係に行き着いたものである。そしてそれは非常に異なったタイプの有機体が、全く新しい有機体として共に生き残った姿である。

この共生に成立により、核を持ったバクテリアは、一挙に高性能の酸素呼吸能力を手に入れることが出来た。

この共生の原点が、「ミトコンドリアをもった新たなシステム=真核細胞」の完成である。

ミトコンドリアから膨大なエネルギーを得ることにより、核を持つバクテリアの繁殖力は一挙に増した。そして、それまで無駄になった膜の部分、そして核と膜の間のスペースに次々と梁が打たれ立体化され、そこでは膨大なタンパク質が生産されることになった。さらに、核膜に包まれたDNAは、多彩なタンパク質製造の設計図を余裕を持って格納することが可能になった。核膜によって、遺伝子情報を扱う部分とタンパク質を作る部分が仕切られたことが、作業の効率的な運営を可能にした。こうして想像を超えた全く新なシステム=真核細胞は、次々とその機能を充実させていくのである。

世界最小の真核細胞であるシアニゾシゾンというバクテリアは、核とミトコンドリアとさらには葉緑体を持つ。

核を持つバクテリアとミトコンドリアの寄り合い所帯がスタートして一億年後、さらに大きな飛躍が起こる。あのシアノバクテリアまでもが、このシステムに組み込まれたのである。おそらく、新興勢力の真核細胞と天下の覇者シアノバクテリアの間で、さらに高次の熾烈なサバイバルゲームが展開されたのであろう。その結果、和平が生まれた。そして、膜に包まれたわずか数ミクロンの中に、さらに完成されたシステムが誕生したのだ。

葉緑体となったシアノバクテリアは、太陽エネルギーと二酸化炭素と水を使って糖分を作り出し、酸素を吐き出す。ミトコンドリアは、その酸素を使って糖分を燃やし、エネルギーを得て、DNAの情報からさまざまな細胞質内の流れが始まる。まさに理想的な循環システムである。

ミトコンドリアを得た動物細胞は、餌を求めて動き回る。しかし、さらに、光合成をする葉緑体を得た植物細胞は、自分で栄養を作り出せるから動かなくても良い。ただし、細胞の中は原形質流動で、ものすごく動く仕組みになっている。

生命:40億年はるかな旅1(NHK出版)