第5章:ミームの進化


私たちの脳が進化し、アイデアを受け取り、蓄え、修正し、交換することができるほどになると、進化に必要な二つの特徴を備えた新しい環境がにわかに出現する。その二つとは複製と改革である。
ミームは、私たちの心の媒介として複製を行うレプリケーターである。ミームの進化は、私たちの心が、考えや行動、旋律、形状、構造などの複製と改革にすぐれているために起こる。



心のための利己的な遺伝子


私たちは、遺伝子レベルで進化し、心を持つまでに至った。これは、心を作り出す利己的な遺伝子、あるいは、心の一歩手前の何らかのものを作り出す利己的遺伝子によるものである。

そうして生まれた心が、その利己的な遺伝子を持った人間に、生き抜く上での有利な状況を作り出している。その有利な状況の下で、私たちは生存し、子供を作り、心のための利己的な遺伝子を複製してゆくのである。

DNAの側から見れば、私たちはただ一つの理由によりここに存在している。生き延びて子孫を残すためである。けれども、この目的を達するためのDNAのやり方は、20年からそこらかかってやっと1ステップを進む程度の非常に遅い遺伝子進化によるものである。これに比べて、一つの考えが文章を読むくらいの時間内に変異してしまうようなミーム進化は猛烈に速い。



利己的なミーム


利己的遺伝子を中心に種の進化が起きているように、考え、文化、社会の進化は、利己的ミームを中心として進行している。



ミームの視点


ミームの視点からは、私たちの心や脳だけでなく、体や都市、国、テレビさえも、ミームの利己的目的のために存在しているのである。この事は重要なので、しっかり理解しておく必要がある。
文化の中で最も人気があって優秀なものは、ミームを複製するのに最も秀でたものである。



私たちの脳の目的


脳は私たちに、動物が持つ四つの基本的衝動を追及する力を与えてくれた。この四つの衝動は、「闘うこと、逃げること、食べること、つがうこと(fighting,fleeing,feeding,finding a mate)であり、その頭文字をとって動物学者が好んで「四つのF」と呼んでいる。

脳には、私たちに意識という心を与える以前に、すでにこうした衝動のために働くメカニズムがたくさんあった。そのメカニズムは、恐れ、言語や視覚のシグナルをやりとりすること、記憶、集団に入ろうとする本能、などであり、こうしたメカニズムのすべてが、DNAの複製の助けになっていた。



コミュニケーションの進化


動物が進化するとき、特定の情報をやりとりするコミュニケーション能力に優れたものは、そうでないものに比べ、より生存、再生する可能性が高くなる傾向がある。その情報とは、四つのFに基づいた情報、すなわち、危険に関する情報や食べ物のありかに関する情報、つがえるかどうかに関する情報である。

私たちの心は、すなわち識別ミーム、戦略ミーム、関連づけミームを私たちがコピーするのをとても容易にしている。文化や情報の進化における複製の重要性は非常に高い。もし私たちの心が互いから考えをコピーする能力を持っていなければ、私たちみんな、一回の人生で自分で集められる知識だけに限定されてしまう。

ある段階で私たちの心は言語を生み出すまでに進化した。言語はミーム進化を爆発的に前進させた。新しい概念や新しい識別を生み出し、お互いを関連づけ、戦略を共有するといったことが言語により可能になった。これにより言語はコミュニケーションに革命を起こしたのである。

コミュニケーションを改善するためには、二つの基本的方法がある。大声で話すことと、集中して聞くことである。

コミュニケーションは、危険、食物、生殖といったまさに特定の情報を交換するために進化してきた。したがって、生物の進化の産物である私たちは、危険、食べ物、生殖に関して、他の事柄よりも注意を払い話をする傾向が強い。

危険、食物、生殖を含んだミームは、他ミームよりも早く広まる。これは、私たちがそういったものにより多くの注意を払うように仕組まれているからである。つまり、私たちはこれらに対する感情のボタンを持っているのである。



ミームの起源


私たちを生存や再生を助け、コミュニケーションできる人間を増幅させるために必要な基本的ミーム、すなわちミームの起源となるようなものは一体なんだろう。つぎのようなものが考えられる。

1. 危機:恐怖感をすばやく広めることができると、人々に対して危険の存在を迅速に警告できるので、多くの命を救うことができる。

2. 使命:敵と戦うとか、食べ物を見つけるといった使命を人々のあいだでやりとりすると、逆境の時代や飢餓の時代に生き残りやすくなる。

3. 問題:食物の欠乏や結婚相手をめぐっての争いなどの状況を、解決べき問題として認識することが、各個人を向上させ生き延び生殖する機会を高める。

4. 危険:潜在的な危険に関する知識は、それがただちに危機的状況につながらなくても、とくに重要なものである。

5. 好機:報酬―歴史的には食物や餌食、結婚相手などーが現れたとき、すばやく行動しなければチャンスを逃してしまう。

危険、食物、生殖とともにばらまかれるこれらの基本的ミーム(危機・使命・問題・危険・好機)に関して、私たちがいかに度を超えてコミュニケーションしているかを少し見てみよう。

これらはテレビ番組からも現れる。毎日の新聞からも現れる。現在。書籍のベストセラーリストは、スリラーやラブストーリーといったフィクションや、恐ろしい病気(ウイルス)や性生活のハウツーもの、食生活改善、政治危機といったノンフィクションで占められている。人々は、これらの本をもし読まないと何らかの危険に遭遇するのではないかと恐れ、本を読んでいるのである。



私たちのボタンを押す


すべての動物には基本的な本能からくる四つの衝動(四つのF)がある。争うこと、逃げること、食べること、つがうこと。このため、危険、食物、生殖に注意を払うことに加え、私たちの脳には危険に対処する二つのやり方(争う、逃げる)と、食物と生殖に関しては一つずつのやり方(食べる、つがう)が意識的に考えずとも備わっている。

これらの衝動は、脳のそれぞれある部分を活性化させることで発生している。その脳の部分は、私たちが意図的に、要求を満たすように私たちを動かしている。たとえば衝動的に行動するのを意図的にやめたとしても、その衝動が続いてゆくのを感じ取ることができる。衝動には感情が伴うのだ。たとえば、争う、逃げる、食べる、つがうという衝動に伴う感情は、怒り・恐怖・空腹・性欲である。

この四つの感情は、私たちの脳に直結しており、それを通じて私たちは文明を築いてきたのかもしれない。感情と脳が直結しているために、何かを言ったり行ったりすることで、これらの感情の一つが私たちの内側に現れてくる。何かがあるいは誰かがあたかも私たちのボタンを押しているように感じる。

私たちはマインド・ウイルスを探しているわけだが、その第一候補は、怒り・恐怖・空腹・性欲といった感情のボタンを押して私たちの気を引く様なものである。そんな状況では、普段意識しないようなことを利用する方向に私たちの貴重な注意が向けられる。



意識


高度なコミュニケーション能力は、人類の進化において、私たちの生存能力を大きく高めた。しかし、私たちを人間として作り上げた革新的なものは意識である。またその意識が、私たちをミーム進化にとって都合のいい環境を作り上げてしまった。



二次的ボタン


遺伝子進化は、生きることと子孫を残すことのほかの四つの基本的衝動を満足させるために、脳は無数の二次的戦略を進化させていった。本能的な二次的衝動を、以下にいくつか書き並べてみよう。

1. 属する:人間は群をなす。グループに属したいという感情を人間に与えられるミームは、そうでないミームに比べて有利なのだ。

2. 自己の区別:自分は重要な存在だと、人に思わせるミームは、ミーム進化において強みを持っている。

3. いたわり:人間のいたわりの気持ちを利用するミームは、私たちの心の争奪戦で優位に立てる。

4. 承認:他人や自分自身が賛成できるようなことをしたいという衝動。動物や人間が進化して社会を作る際に、自分の役割をきちんとこなして人に認められる人は、ルールに従わない人よりも、自分の遺伝子を長持ちさせることができる。すぐれたミームは、認められたいという人間の衝動に入り込み、認められない場合に現れる罪、恥、痛みの感情を弄ぶ。

5. 権力への追従:自分よりも力を持っていたり賢かったりする人の権威を認識することは、個人の遺伝子的興味、すなわち、その人のDNAの興味の範囲にいる。その権力とうまくやっていれば、彼のDNAが生き残り複製されるチャンスが高まる。しかし権力に逆らうと、殺されてしまうか冷遇されてしまう。

こうした二次的衝動が作用する様子は、原始的な一次的衝動が作用すると同じ様なものである。衝動があなたに行わせようとしていることを実行すれば、ある種のよい気分が得られ、それを行おうとしなければ、悪い気分になる。

人々はさまざまな強い感情につながる多くの二次的衝動を持っている。そしてその感情を引き起こすミームが、進化的に優位なのである。



より適応したミーム


ミーム進化は急速に起こる。そして進み続ける。実際には、私たちがミームをコピーできるようになった瞬間からミームは進化を始める。脳がそれを広めるように設計された基本的ミームから進化し、理由はどうであれ広がることにすぐれた適応性の高いミームに進化してゆく。ミームは、人の心の社会という環境で、文化の「生物」を通じて進化してきた。これはDNAが地球という環境で生物を通して進化したのと同様である。



適応性の高いミームとは、


1. 伝統:過去に行われたこと、信じられていたことを継続させる戦略的ミームは、自動的に自分を長く生き延びさせる。その際、その伝統の善し悪しや重要性は関係ない。

2. 伝道:ミームの中でも、そのミーム自身を他の人に広めるという考えを含んだものは、特に有利である。伝道や布教は、そうした使命のミームに結びついていることがあり、そのことが伝道をより強力なものにしている。伝道では「できうる限り、このミームを広めよ」と伝えられるのである。

3. 信念:それ自身を盲目的に信じることを要求するミームは、どんな攻撃や議論に突き当たっても、あなたの信念システムから撃退されることはない。

4. 懐疑:懐疑は信念の裏返しであるが、それによってプログラムされた心に対して非常に似たような効果を発揮する。



古い脳・新しい世界


私たちが進化して意識というものを持つようになってからというもの、私たちの世界は何度も変革された。それにもかかわらず、比較的変化のなかった時代での生き残りを助けるよう進化した脳は、本質的に変わっていない。ミームを理解するためにはそのことを認識する必要がある。

文化や技術、社会が急速に進化しているため、「自然の流れ」が、私たちに遺伝子のコピーをできるだけたくさん作らせることができなくなってしまっているのである。今日では、太古の時代を対象にした脳の古い回路は、現代社会において降りかかってくる異次元の出来事との間の、恐ろしく不釣り合いな組み合わせこそ「自然の流れ」なのである。



長期的展望


ミーム進化は人類の遺伝子進化とは比較にならないほど速いスピードで進んでいる。ということは、ミーム進化は人間の精神を利用してミームの複製をどんどん人に作らせているのだと考えることもできる。ますます強力なマインド・ウイルスが進化によって現れ、私たちは疑うことを知らない不幸な宿主としてあとに残され、ウイルスに奉仕するために人生を捧げるのではないかと心配になるかもしれない。

ミーム進化は、私たちをどこに導くのだろうか。涅槃か。生き地獄か。とくにどこというわけでもないのか。その方向づけのために私たちができることはあるのか。あるとしたら、それをおこなうべきか。