第6章:性―進化の根源



性交渉による子孫作りが始まって以来、人間やそれ以前の動物に対して、競争相手に打ち勝つ異性獲得能力を与えてくれるような遺伝子こそが、その後まで伝えられていく遺伝子なのである。同じように、生殖に失敗した個体は、それが選んだ結果だろうが、やむを得ない運命の結果だろうが、自然淘汰により排除されてしまう。そしてこれらの個体のDNAは、その個体とともに死んでしまうのである。

 

性の争い


性の争いは、DNAが複製を作る争いにおける主要な戦場となっている。性をもつ生き物にとって自然淘汰は信じられないようなスピードで機能し、子供をあまりもたない宿主に対するDNAは消し去り、宿主の子孫を増やす能力を向上させるDNAは強化する。

宿主の生殖を成功させるようにDNAが手をかす方法はたくさんあるが、中でもいちばん直接的なものは、異性に対して訴えかけられるものを強調することである。

DNA
の代わりに人々の性的魅力を増すために、たくさんの産業が現れた。流行の服、化粧品、ダイエット、フィットネスなどは、もっと魅力的になりたいという人間の衝動に力を与える文化要素のほんの一部である。

 

性差別主義の起源


男女の性の違いは、性の起源まで遡る。そのとき女性は大きくて比較的貴重な卵子を生み出すように進化し、男性は小さくて大量の精子を作るように進化してきた。

男と女で行動が異なるようになったのは、女性のDNAは受精卵に大きな責任を持ち投資も行っているのに対し、男性のDNAは失うものがないという事実から来ている。実際、男性のDNAは宿主に働きかけ、目にいる女性をすべて妊娠させるようとする。

私たちは、動物や有史以来の人類から衝動や傾向を受け継いでおり、結婚や一夫一婦制といった概念が現れるのはもっと後のことである。一人の女性だけと交渉を持つ男性のDNAは非常に不利な状況にある。DNAをできるだけばらまき続けている他の男性達が、どんどん子供を増やしてしまうからである。男達はできるだけ子供を残そうと進化する。大切なのはすべてDNAなのだ。

一方、女性達がDNAを伝えるチャンスは一生の間にもそれほどない。それに対して求愛の数は非常に多く、そのため女性は選り好みをするように進化してゆく。何を基準に相手を選ぶのか。重要な要素はたくさんある。

第一に、彼女たちはよいDNAを持った男を求める。「よい」という意味にはいろいろある。強靱で健康な体を意味するかもしれない。その場合、この特徴は子孫に受け継がれ生存能力を高めることになろう。

第二には、未熟で傷つきやすい子供に対して、男性が時間をさいて自分の持っているものを分け与えるかという点である。そういう男性の子供の生存確率は高いであろう。

長い長い時間が過ぎ、進化における性の中心的役割は、事態をさらに複雑で込み入ったものにしてしまう。男性の階層構造ができ、女性をめぐって争いが起きる。

なぜ男は、誰が上で誰が下かという力関係にこだわるのか。ある理論によると、それは男性がどの女性と関係を持つかということを争わずして決めるために人間が適応してきた結果である。

進化を通じて、男は階層構造のトップに立つために権力を享受し熱望する。そしてそのために一生懸命にがんばり、結果として多くの相手と結ばれる。

相手をたくさん見つけられるだけでない。子供により多くのものを与えることができ、子供がさらに子孫を残す可能性を高めることができるのである。

 

しきたりと偽善


DNA
が人間の生殖ゲームで勝ち残る可能性を高める一つの方法は、宿主の生殖のためにあらゆる手を尽くす以外に、他の者を生殖しにくくさせて邪魔するということがある。

ミームが現れる以前は、力の強い男性が他の男性をねじふせ、女性をたくさん獲得していた。階層構造の下の方の男達は、上位の男の神聖なハーレムを尊重するふりをして、内緒でいろいろな異性と関係を結ぶことで自分のDNAを伝えてきた。研究によれば、チンパンジーの社会では実際にこのような行為が行われている。

ミームが表舞台に現れると、他の男に交渉を持ちにくくさせるミームを広めることが男性遺伝子の興味となる。女性のDNAの興味は、言い寄ってくる男達にきちんとした行動を広めることである。こうして、性に関するしきたりが生まれた。

性のしきたりは、戦略ミームであり、あなたが欲望を簡単に満たそうとしてはならないという内容である。このしきたりのために、あなたはある特定の相手と関係を持つことができない。人は育てられる過程でこのしきたりをプログラムされるのである。

性のしきたりに従うと、あなたは自分のDNAではなく他人のDNAの思い通りに行動してしまうことになる。そのため、利己的遺伝子の最適な戦略は、しきたりを広めておいて、ただし、しきたりに反して異性と関係を結ぶ機会があれば、いつでも内緒でしきたりを無視するというものであった。

これが偽善の進化論的説明である。偽善は性にまつわることが多い。というのは、性に反対するミームをばらまくためにも、そしてそれを勝手に無視するためにも、あらゆる人のDNAにとって偽善は有利になるからである。

男性は、一般的に権力に関心がある。その力は、階層構造のあるレベルに位置して、できるだけ素早く効率的に性交渉の機会をつかむ際に必要なのである。普通の男性は、最も生殖能力の高い女性、すなわち若い健康的な女性に惹かれる。そうした男性は、たいてい女性に対する所有欲が強く、女性が不貞を働かないように気を付ける。

女性は、一般的に安全や責任、そして喜んで投資をしてくれる男性に価値を見いだす傾向がある。普通の女性は二つのタイプの男性に最も惹かれる。頑強で権力を持つ男性と、責任感があり寛容な男性である。普通の女性たちは、相手の男性が別の女性に奪われないように気を付け、男性が自分に興味を失っているかどうか警戒している。そして状況を改善するために、できることは何でもする。

過去数世紀にわたり、性の役割はミームの進化によって大きく変えられてきた。そして男と女の生殖能力は落ち、男女間にフラストレーションを感じるようになり、全般に混乱を来すことが多くなった。

この状況は、私たちが進化の過程で過ごしてきた原始的な社会が、信じられないほど複雑で強い文化の力で、消失するにつれて発生してきた。けれども、私たちが進化する途中で身につけた衝動はいまでも残っており、マインド・ウイルスはそれを利用して私たちをつり上げるのである。

 

性のボタン


異性と関係を持とうとする衝動を、それに関連した役割とから生ずる感情のボタンを要約してみよう。次に示す最初の三つはおもに男性のボタンであり、残りの三つは女性のボタンである。

1. 権力:男性は権力を得るチャンスに対して特に目を光らせている。太古の時代は、権力が男性を女性にとって魅力的な存在に仕立てていた。

2. 優位:男性は、階層構造の中で自分の地位に関心がある。有史以前は、階層構造の高い地位にいると、けんかなどしなくても女性に近づくことができた。

3. 好機:男性にとって、できる限り多くの生殖の機会を持つことは、DNA的な意味で、失うものは少なく、得るものは多い。

4. 安全:女性は安全や保証を求めている。有史以前この欲求は、女性達の子供が生き残り、さらに子孫を増やす可能性を上昇させた。

5. 責任:女性は、定期的に何度も会いに来てくれるような約束を守る責任感の強い男性に惹かれる。一方、男性は逆に八方美人的に、いろいろな女性と関係を持つことに関心がある。

6. 投資:女性は自分に投資してくれる男性に注意を向ける。花屋が繁盛するのもそのおかげである。