第12章:わが身を守るために

合成化学物質が人体に及ぼす影響は、単に恐ろしいといってすませられる問題ではない。この影響の重大さを、まだ正確には把握できていないからといって低く見積もるのは危険である。また、絶望や虚しさしかもたらさない厄介な問題に直面したときは目をつぶりたくなるのが人情だが、それも危険である。

どんなに厳しく混乱した事実のように思えようとも、事実が即、運命というわけでもあるまい。世の流れは宿命に牛耳られているわけではないのである。

30年前、レイチェル・カーソンは合成殺虫剤の危険性を予測した。そのおかげで、殺虫剤の使用をめぐって一大変革が起こり、カーソンが恐れていた黙示録さながらの悲惨な「沈黙の春」だけは、おおむね回避できたのだ。

そしていま、本書で述べてきた新たな危機の到来を防ぐには、内分泌系攪乱物質に関する科学知識が力を与えてくれるだろう。この知識はますます深まりつつある。希望を抱くことができるとすれば、それはこうした知識のおかげだろう。

しかし、残念ながら問題解決の糸口はそう簡単には見つかるまい。ホルモン様合成化学物質に関心が集まっている理由の大半は、それが環境内に大量に残留していることにある。この手の化学物質は、人畜無害な要素に分解されにくいのだ。残留性の高い化学物質が生産中止になってからほぼ30年がたつ。けれどもその名残りは、食物やヒト及び動物の体内に今だ蓄積されている。

ではこの危機的状況から身を守るにはどうすればよいのか?ホルモン作用攪乱物質を今後はつくらないこと、すでに環境内に蔓延したホルモン作用汚染物質にできるだけ暴露しないようにすること。この二点をふまえた行動を各方面に実践すべきだ。

子宮内で暴露した場合には重大で永続的な被害を誘発するおそれのあるホルモン作用攪乱物質にしても、遺伝子を傷つけたり、世代を越えて突然変異を引き起こすまでにはいたらない。また人類を人類たらしめている基本的な遺伝子配列を変えてしまうこともない。だから、母体とりわけ子宮からホルモン作用攪乱物質を取り除いてやれば、正常な発育を促す科学メッセージは、また元のように正しく伝達されるだろう。

個人だけでなく社会全体で、この有害な遺産を減らしてゆくという姿勢が大切なのである。未来の人類のためにも、子供達をできるだけ汚染物質にさらさないようにし、妊娠までに女性の体内に蓄積される汚染物質の量を最小限に食い止めねばならない。子供には、化学物質に汚染されずに生まれてくる権利があるのだ。