第13章:不透明な未来

 この章では、問題の兆候が現代社会に蔓延するさまざまな病気とどう関わっているか考えてみたい。汚染地域にすむカモメは巣を置き去りにするという報告がある。また、殺虫剤を投与された親ネズミから生まれたオスは成長すると、正常な親から生まれたオスよりはるかに縄張り意識が強く、気性も荒くなるという報告がある。

野生生物に関するデータ、研究室での実験、DSEにまつわる体験、そしてごくわずかだがヒトを対象にした研究から見て、ホルモン作用攪乱物質が、肉体、精神、行動の各レベルで人類に有害な影響を及ぼす危険性は十分にある。生殖能力、学習能力、攻撃性、それに子育て行動やつがい行動に影響が出る可能性があるのだ。

ホルモン・メッセージの攪乱が、身のまわりの人々に見られる不妊症や学校で慢性化している学力不振、家庭崩壊、幼児虐待、暴力などとどのくらい関連しているのだろうか?ホルモン作用攪乱物質が免疫系の機能を蝕んでいるとすれば、人体はますます抵抗力を失っていく。人類の未来は一体どうなるのだろうか?

現代社会で、恐ろしいのは人類が知らず知らずのうちに蝕まれているという状況なのだ。人類の潜在能力が、目に見えない形で失われているのである。行動や知能、社会を組織する能力など人類特有の資質を損ない、変化させているホルモン作用攪乱物質の力が気がかりである。ホルモン作用攪乱物質が脳の発育や行動に影響を及ぼすことは、多くの研究から明らかになっている。

最近とみに増えている子供への無関心や暴力の背景には必ず、親自身の個人的な問題が潜んでいるという評論家もいる。そういう親には、何か基本的な本能がかけているというわけだ。確かに行動は、ホルモンだけに牛耳られているわけではない。けれどもホルモンは、動物の交尾やヒトの性生活、さらには子育てに影響を及ぼしているようだ。

ホルモン作用攪乱物質が人間の社会や行動に厄介な問題を引き起こしているのかどうか。もしそうだとすればそれはどの程度深刻なのかについて全くわかっていない。そうした問題はどれもみなおそろしく込み入っており、もろもろの力が絡み合った産物なのだ。

同時に、動物実験からは、発育期に被った有害化学物質の影響が、その後の学習能力や行動に影を落とすという事実が明らかになりつつある。ホルモン作用が攪乱されると、縄張り意識のようなある種の行動が増すか、親なら当然果たすべき監督と保護といったごく普通の社会行動がとれなくなる可能性が出てくるのだ。こうした動かぬ証拠がある以上、化学物質による汚染が、現代社会に蔓延しつつあるゆがんだ行動をもたらす要因であると考えねばならない。
 
自然をねじ伏せようとしてきた人類が、当初の思惑とは裏腹に、生殖能力をはじめ、学習能力や思考力までを損ないかねなくなっているということは皮肉な話である。合成化学物質を使った大規模な実験の材料に人類がいつのまにかなってしまったことは、当然の報いのようにも思われる。

けれども結局のところ、化学物質によって脅かされているのは次の世代であり、その人生なのだ。これは実に悲しむべき事態である。ホルモン・メッセージを攪乱する化学物質は、人類を人類たらしめている豊かな可能性を奪い取る力を持っている。滅亡よりはるかにたちの悪い運命が、人類を待ちかまえているのかもしれない。