第14章:無視界飛行

生物は環境を変えずには生きていけない。これはすべて生命あるものの性である。微生物が地球大気の化学組成を変えはじめた20億年前から、この事は少しも変わっていない。

しかし、20世紀人類と地球の関係は新たな段階に入った、まさに転換の世紀である。科学技術に備わった未曾有の力が、地球上に暮らす人間の増加と相まって、環境変化の規模を地域単位から地球単位へと変えてしまった。

そして地球の生命システムはすっかり様変わりしつつある。この一大変化は、地球規模の壮大な実験といってもよい。それは、人類をはじめ地球上の生きとし生けるものすべてを、知らず知らずのうちに巻き込んだ実験だ。

この実験で大量の合成化学物質を散布したとき、人類は、人智が及ばないほど複雑なシステムをいじくり回すことになってしまったのである。オゾンホールやホルモン作用攪乱物質の経験が教訓になるとすれば、それはこんなふうに言い表せるだろう。

「人類は未来に向けて猛スピードで飛んでいるが、それは無視界飛行にすぎない」と。

未来への道行きで肝に銘じねばならないのは、人類がいままさに無視界飛行中であるという事実だ。人類はいま、地図をもたず、何の誘導もないまま霧をかき分けて飛んでゆかねばならない。

いま何よりも大切なのは、地球上にすむ一人一人がこの問題を真剣に考え、論じ始めることだ。

子供達が合成化学物質にさらされることなく、安全に生まれてこられるような未来をつくるには、科学技術と専門技術がぜひとも必要だ。けれども、人類の幸福と生存にとって何より大切なのは、いかに知識が豊かになろうとも、知らないことはまだまだたくさんあると悟る知恵だろう。

この心得がなかったために人類は途方もない危険に身をさらし、生死に関わる賭博にまで手を染めるはめになってしまったのだ。この賭博の儲け金は途方もなく高額である。だから、われわれ人類がよりよく状況を理解できるようになったいまこそ、もっと用心深く勇気を持つべきだ。

これこそが、子供達の未来を守る親の義務なのである。