第2章:有毒の遺産

1962年に刊行された「沈黙の春」は、戦後の環境保護運動の火付け役になったが、科学者でで著述家でもあったカーソンはこの本の中で、殺虫剤の乱用によって引き起こされた数々の汚染被害を、鮮やかに描ききることができた。1950年代に行われた殺虫剤の空中散布の結果、郊外の芝生に散乱した野鳥の大量の死骸。殺虫剤の毒を浴びてのたうち回る瀕死の野鳥。こうした悲惨な光景は見逃しようもなかったのである。一方、現在起きている成鳥の異常行動や雛鳥の高い死亡率は、長い目で見れば種の存続に関わる問題だが、すぐにそれとは見分けにくかった。

五大湖周辺の野生生物の研究していたシーア・コルボーンは、椅子の背にもたれたまま考えていた。問題の持ち上がっている野生生物、ハクトウワシ、マス、セグロカモメ、ミンク、カワウソ、ミミヒメウ、カミツキガメ、アジサシ、ギンザケ。さてここには一体どんな共通点があったのだろう?

ここに挙げた野生生物はみな、五大湖の魚を食べて生きている生物の頂点に立っていた。五大湖では、PCBのような汚染物質の濃度はかなり低いので、通常の水質検査では、その濃度を測定することはできない。しかし、この残留性の高い化学物質は、組織内に濃縮され、食物連鎖の頂点へと上り詰めて行くにつれ、その蓄積量も指数関数的に増していくのである。この過程で、分解されぬまま体脂肪中に蓄積されていった化学物質の濃度は、相当なものとなる。つまり、セグロカモメのような食物連鎖の頂点に立つ生物に含まれる汚染物質の濃度は、湖水に含まれるそれの2500万倍にもなりうるのだ。

う一つ驚くべき事実は、健康上の問題が現れたのは主に野生生物の子供であって、親にはこれといった異常は見られなかった。親の体内から検出された化学物質が有害であれば、それはまさに、世代を越えて譲り渡された「有害の遺産」であり、胎児や生まれたばかりの子供にも被害を及ぼすのだ。

コルボーンは、五大湖で起きている現象はいずれも発達異常であり、そのほとんどがホルモンによって誘発されたものだと考えた。おそらく大半の現象が、内分泌系の攪乱と連動しているに違いないと考えたのである。

野生生物の脂肪から検出された各種の「有害の遺産」には、内分泌系に作用するという共通点があった。内分泌系とは、生体機能の要ともいえる生理プロセスをつかさどり、出生前の発育を促す系である。「有害の遺産」は、ホルモン作用を攪乱していたのである。