第6章:地の果てまで

これまでにホルモン作用撹乱物質であることが確認されている51種類の合成化学物質のうち、PCBを含む少なくとも半数は、残留性の高い化学物質である。
 
つまりこうした物質は、なかなか分解されないために、いつまでも有害な物質であり続けるのである。将来の人類にとっては、遺産とも、影のようにつきまとう危険ともいえよう。しかもその影響がおよぶ期間は、数年、いや数十年にも及ぶだろう。ある種のPCBの場合には、数世紀にわたることすらあるかもしれない。

1929年に導入されたPCBは、当初の検査では、これといった短所など何一つ見あたらないように思われた。PCBは、実に安定した構造を持つ、不燃性物質である。
 
PCBが汚染物質であり、しかも地球上の隅々まで広がりつつあるという深刻な事実を初めて報告したのは、デンマーク生まれの化学者、ソーレン・イェンセンだった。1966年、英国の科学雑誌「ニュー・サイエンティスト」に掲載された。

本格的な調査が始まると、PCBは、土壌をはじめ、大気、水、湖や河、河口水域に溜まった泥土、海、鳥などから次々に検出されていった。その10年後の1976年、アメリカ合衆国は、PCBの製造を中止した。そのほかの先進国も最終的には右へならえということになった。しかし、世界の合成化学産業が半世紀間に生産したPCB量は、概算で155万トンに上り、その大半はすでに自然環境内に蔓延し、取り返しのつかない状態になっていた。

さらにPCBは、おぞましいまでの安定性と揮発性に加えて、脂肪への著しい親和性を兼ね備えた有害物質として世に悪名を馳せたのである。

人体脂肪中にも、PCBをはじめとする残留化学物質が蓄積されており、それはそのまま次の世代へと受け継がれている。人体の脂肪組織中には、すくなくとも250種類の汚染化学物質が混入しているのだ。人類は、この化学物質の魔の手から逃れることはできないのである。

さらに残留化学物質は、母乳にも蓄積されつつあるという事実が明らかになったのは、ここ30年のことである。憂慮しなければならないのは、汚染物質が母乳を介して、子供に受け継がれているという事実である。母乳を摂取することで、子供は極めて高濃度の汚染物質にさらされてします。

例えば、半年に及ぶ母乳の授乳期間内に、許容されているダイオキシンの生涯摂取量を体内に取り組んでしまう。このダイオキシンも、PCBやDDT同様、食物連鎖を介して人体に侵入してきたのである。母乳を摂取している乳児は、体重70キログラムの成人に対して認められているPCBの一日国際健康標準量のなんと5倍にも相当するPCBを摂取しているのだ。
 
残留性化学物質による人体汚染は、地球上、どこに住んでいようと、程度の差こそあれ誰もが等しく分かち合っている問題なのである。人類の未来を脅かす数々の化学物質はすでに、各人の体内へと取り込んでしまっている。とすれば、この地球上に、安全で汚れなき場所など望むべきも無いのである。