FORGET ME NOT


ばさり・・・
私の左右に、力強い翼の音が二つ。
父様と母様のそれは、ようやく翼を動かす筋肉がまともに働くようになった私とは大違いの力強さを持っていた。
ふらふらと時折バランスを崩し、危うくなるたびに母の優しい手が私を支えてくれる。
『大丈夫よ、ほら・・・頑張って、レミア』
落ちそうになる度に強く握り締めてくれるその手を支えに、私はまたバランスを立て直す。
風を感じ、流れに身を任せる。
決して逆らわず、一体となるように飛ぶ・・・
自由に翼が動かせるようになったその時から、少しなら飛べる様になった今に至るまで幾度も言われてきた教え。
最初は怖かった風も、今はもう怖くなかった・・・
そして風と翼は、素敵な出会いを私にもたらしてくれた。


「わわっ・・・」
長距離の飛行で疲れていた事と、まだ着地が上手くなかったのが禍した。
「きゃっ!」
それに気づいた両親が手を差し伸べる暇も無く着地寸前に翼の動きを狂わせて、1メートルにも満たない高さではあるが・・・落下した。
「ひぅっ・・・」
派手に打ち付けた膝を擦り剥き、傷みに視界が歪む。
普段であれば『歪んだ』まま堪える事も出来たであろうが、間の悪い事にその日は従兄妹との初対面の日であった。
私が飛べる様になったから、皆で父の兄夫婦とその娘と息子に逢いに行く・・・
そう聞いたときは初めて逢う『お兄ちゃん』と『お姉ちゃん』に期待が膨らみ、結局殆ど眠れなかった。
その上の飛行でもあり、落下の原因も『あそこの家がそうだよ』と父に指され、焦って降りようとしたからだ。
全て、自分が悪い。
さらに運の悪い事に、そろそろ到着だろうと出迎えてくれた一家の目の前での墜落ですらあった。
―――恥ずかしい
痛み以上に私の目を濡らしていたのはそういった感情であった。
思考の混濁した頭ではそうした感情が制御できるはずも無く・・・
瞳にたまったソレはあっという間に頬を濡らし、派手に泣き出してしまった。
「ひっく・・・ふぇぇぇ・・・」
『始めまして』も『こんにちわ』も告げる事が出来ず、従兄妹達の前で始めて見せたのはそうした泣き顔だった。
戸惑われても当然・・・困惑すら招きかねないそれに、いち早く対応したのは降下中であった両親ではなく。
「あぁ・・・大丈夫?怪我は・・・って、あぁ血が出ちゃってる」
目の前に立っていた、歳の離れた従兄妹であった。
「ちょっと、まっててね?」
彼はそのまま家の中に駆け戻り、消毒液とガーゼを取ってきた。
その時には一緒に居た、彼よりも年上の女性・・・母親に見えないということは、やはり従兄妹の姉なのだろう。
びっくりするほど大人びた彼女も手際よく私の膝の傷を消毒し、ガーゼを当ててくれる。
「これでよし・・・と、まだ痛い所ある?」
腰を落としたまま私に目線を合わせ、少年はにこりと微笑む。
「ぅ・・・ううん・・・ありがとぉ・・・」
その笑顔が余りにも綺麗で、泣いてしまった気恥ずかしさもあってあわてて涙を拭う。
その頃にはとっくに両親も合流し、私の心配をしつついきなりのトラブルを先方に詫びていた。
―――それが、サイオン兄様との出会いだった。


ばさり・・・
それから幾年かの時間が過ぎ、私の飛行もそれなりに上手くなった。
長距離の飛行は未だに苦手なままだが、短距離であればさほどの苦労でもない。
それに私は風を感じながら、その中から音を紡ぎ出すのが大好きだった。
でも・・・
「兄様?」
木陰で本を読む彼の姿を発見し、近場に降り立つ。
「あ、レミアじゃないですか。どうしました?一人で。」
読みかけであろう本に栞を挟みこみ、パタンと閉じる。
そして何時もの微笑みを浮かべて、手招きをしてくれる。
その微笑を見る度に私は『兄様こそ、神様に愛されて産まれて来た人なんだ』と思っていた。
「父様達は、叔父様の所でお話です・・・」
だから兄様を探したのだが、外出中との事で・・・空を飛んで探していたのだ。
「そうですか・・・ごめんね、間が悪くって」
ぽすっと、私の髪に手を乗せてくれる。
拗ねたフリをして、構ってもらって、嬉しくなる。
多分兄様も判っていて甘えさせてくれるんだろう・・・
それでも、私は兄様が好きだった。
「さて、じゃあお菓子でも食べようか?」
言うと、彼はごそごそと持ってきた鞄を漁り始める・・・
私はその傍らに座り、さっきまで兄様が読んでいたであろう本にふと目を向ける。
私達の、聖典だった。
「あ・・・お勉強中、でした?」
自分の我侭で邪魔をしたのだろうか・・・そういえば兄様は聖職者の資格を持っていた筈・・・
「あぁ、これ?ん〜良いよ、折角レミアが遊びに来てくれたんですから」
そう言ってから、不意に笑顔を曇らせる。
「僕も・・・レミアの所に遊びに行くことが出来れば良いんですけれどね」
私の住んでいるところは、山を一つ越えた先にある。
馬車等の手段でも行けない事は無いのだが迂回の必要ができて酷く時間がかかる。
だから私達は・・・
―――空を、飛ぶ。
ちくり・・・
そう思い立った途端、胸が痛くなった。
私が父様に頼んで兄様の所に文字通り飛んで遊びに来る事も、
もしかしたら彼の、四枚しか存在しない翼を傷つけていたのではないか。
神の前で姿と顔を覆う事しか出来ない、大空を産まれながらに奪われた彼を・・・
それでも、神に愛されようと願っていた彼を・・・
傷つけていたかもしれない。
そう思うと、涙が溢れてくる。
彼の前で流す、二度目のそれは・・・
今度は、戸惑わせてしまったらしい。
「え、えと・・・ど、どこか痛いんですか?」
会話の最中にいきなり泣き出した従兄妹を持余す様に、何事か無いかあわてて探し始める。
「ごめん・・・なさぃ・・・」
私の口をついて出たのは、そんな言葉だった。
「え?」
涙混じりに思わぬ事を言われた彼は、より混迷の度合いを深めたようだ。
「私っ・・・兄様に逢いたくって・・・その・・・ふぇ・・・」
『傷つけたかもしれない』
そう思ったが故の涙―――
幼い私には、それを説明なんか出来るはずも無かった。
「ああ・・・」
それでも何か判ってくれたらしく、兄様は泣いている私の髪を以前と同じように撫でてくれた。
「気にする事はありませんよ、レミア。僕は貴女にこうして遊びに来てもらえるのは、とても嬉しい事なんですから」
そして彼は、触れた金色に紅いリボンをくるりと巻きつける。
「ほら、折角来てくれたんですから笑顔のお土産を下さいね?」
数分前までお菓子の口を閉じていたソレを私の頭に飾り終えると、また透き通った微笑みをくれる。
―――悪い事をした、と思っていたはずなのにそれだけで幸せになってしまった。
「は・・・はぃ・・・」
だから私は、まだ涙で歪んだ視界一杯に彼の顔を納めて酷く不器用に微笑んで見せた。


それは、風の穏やかな昼下がりの一枚。

酷く歪んだ、忘れられない音を運んでくれた日の出来事だった。


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レミア可愛いです。らーぶーv
ごめんね、この後、ひとを殺して行方不明になった挙句、再会した時には悪の秘密結社の幹部になってるよぉなおにーちゃんで…(
っていうか、気障だ! 僕ってば気障さ全開!(笑