Merciaのフラットには都合、6日間いたので、彼女とは触れ合う機会が多かった。
今もこうしているとなつかしさで、キーを打つ手が止まる。
Marble Arch の地下鉄の駅を出ると、路上に花屋さん。
オックスフォード通りにはマクドナルド、少し離れてケンタッキーフライドチキン。
大きなデパートやしゃれた小物、革製品の店もある。
少し歩くと右手に高級ホテルカンバーランド、左手にはイタリア料理店、その隣にはカフェ。
ここで私は夕食を食べたり、好物のフルーツサラダなどの買い物をした。
こじんまりした小さなホテルがあちこちに。
まっすぐ歩いて突き当たりの三叉路を右に折れると、閑静な住宅街。
長く続く歩道、青いドア、4つのカギで開けたドアだ。ドアを入ると左にキチン、右に居間。
私の部屋へ下りる階段、壁にかかったセンスのよい絵。
間取りやカーテン、ベッドカバー、ピロケース、バスルームにおいてあった、彼女の孫たちが
使うらしいユーモラスな形をしたハブラシ立てなどが次々と目に浮かぶ。
折に触れて、彼女と話した思い出のひとこまを。
@ 「あ、そうそう。あなたに言っておかなくては。私には36歳で独身の息子がいるの。
この半年、一度も顔も見せたことないのだけれど、ひょっとして、ふらりと帰って来て、このソファ
にでも寝てると、あなたを驚かせるかもしれないでしょ。
あなたのベッドルームで、なんてことはない、と思うけど」
想像して、二人で大笑いした。
A 「Joy と私は性格が全然違うでしょ。知り合ったのは、教会でなの。
その日、なつかしい賛美歌を歌ったのね。聞いているうちに、私、自分の母や父と過ごした幼い頃を
思い出してしまって、泣いちゃったの。
涙が止まらなくなってしまって。ヒックヒックって。
そしたら、たまたま、となりに座っていたJoy が自分のハンケチを貸してくれて・・・。
どうしたの?大丈夫って。
それまでは顔見知りくらいだったのだけど、それから親しく話すようになったわけ。
家も歩いてもいける距離だし。
Joy ってボッシーでしょう。ホラ、何でもきちんとオーガナイズしちゃう。
(ああ、しきりやさん、てことですね)
その彼女がこの間、電話してきてね。(フフとおかしそうに笑いながら)
『あなたのおうち今、ベッドルーム空いてるでしょ。日本のレディを数日泊めてあげてくださらない?』ってこうなの。
びっくりしたわよ。
『だいじょーぶよ。ちゃんとした人よ。今、うちにステイしているのよ。私は明日イタリアへ行くでしょ。
彼女、まだロンドンにかなりいるみたいだし』って。
彼女ってああしてお部屋が空いたら時々、誰かを物色しに Victoria Corch Station へ行くらしいの。
私には考えられないわ。でもま、お泊めしたのがあなたでよかったわ」
ありがとう、そう言ってくださって。
B 車で、駅へ送ってもらった時に、翌日の朝、早く出かけたかったら前の日に言っておいてね、
と言われた。
それで、思いついてある夜、手紙を書いた。
もらったノートを大事に使っているということ、用件だけでなくその日にしたことや、買ったもの、
見たもの、ちょっとした印象などと次の日の予定も書いたら、2枚にもなった。
読み返して、気持ちが伝わるか確かめた。誤字、文法の間違いはこの際気にしない。
わかるようにキチンのテーブルに乗せておいた。Mercia はその日でかけていて、会えなかったからだ。
翌朝、彼女は「おはよう」 とてもいい笑顔が返ってきた。
「手紙読んだわ。ありがとう。いい内容だったわ」
え、それほどりっぱなものを書いたつもりはないけれど・・・と内心ドギマギ。
朝食を食べ始めた私のそばで、手紙を手に、キチンの窓から外を見ながら右手の人差し指をあごにあてた。
「あなたの手紙よく書けていたわ。そうねぇ、この中の表現でこういう言い方はしないところがあるわよ」
(と訂正してくれた)
にこにこと、うなづきながら、そう、そこへ行ったの、どうだった?
と読んでいって最後のところに私が名前のあとに、小さく年齢を書いておいたのをみつけて、顔をしかめて
言った。
「I am 66. Oh, terrible!!! 」 (私は66歳よ。まぁ、なんてこと)
この場合の彼女のことば、“terrible” は日本語ではうまく表現できません。
でもその時の彼女の表情や言い方がおかしくて、私は笑いが止まらなかった。
彼女も一緒に笑いながら、肩をすくめていた。
まったく知らない間にこんなに年をとってしまって・・・という感じ。
「一昔前なら、もうすごいおばあちゃんだもの」と。
「そうそう、あなたのお友達とか、ご家族でロンドンへ来たいという人がいたら、うちでよければ、
紹介してくださってもいいわよ」
ありがとう。
Mercia , あなたは年なんて
感じさせない。
とても素敵でいらっしゃいますことよ。
C 「ロンドンに一人で来るなんて、ほんとにあなたはまぁ、なんて勇気があるのかしら」
このセリフ
“ ちょおっと待って、プレイバック、プレイバック ”
実はこれ、Merciaは笑いながらだけれど、何度か私に言ったのだ。
そのうちに彼女がホントに言いたかったのは、「勇気がある」ではなくて、
[DARE DEVIL(向こう見ず、命知らず)]ではなかったかしらと思うようになった。
でも、私の推測、当たっているって思いませんこと?
D 「今日はね、孫のお守をしたのよ。公園に連れて行ったのね。
ブランコに乗せたりしてあそばせたのだけど、よくケンカしてねぇ。
こちらのブランコに乗っている子に、もう一人がそのブランコを取ろうとしてね。
いくつもあるのにねぇ。子どもの心理っておもしろいわね」
E 「Colinは家事は、何もしない人なの。それが不満だったこともあるわよ、若いころはね。
私、教師してたでしょ。3人の子育てと仕事で、とても忙しかったから。
娘の夫はよく家事をやるので、いいわ」
F 「あら、あなたもコンタクトレンズなの? 私もね、ずっと使ってた。
このごろは、目が乾くようになったので、ふだんはメガネにしてるの。
でも、コンサートとか、観劇や映画に行く時にはコンタクトレンズをするわ」
わぁ、やはりおしゃれ。
最後の日の朝、私が写真を撮らせてほしいと言うと、Merciaは白いブラウスと
赤いベストに着替えてくれた。
カメラを向けると、サッとメガネをはずして、にっこりと笑った。
帰国して現像したら、とても素敵に写っていた。
ご自分がどういう表情をしたら
一番きれいに見えるか、
よく知っていらっしゃる人だった。