Are you looking for a B&B?
最初の2日間のホテル住まいの間に、安い「B&B」(Bed&Breakfast= 朝食付きの宿泊所)をさがすつもり
だった。だめだったら、手ごろなホテルでもいいや、というなりゆきまかせ。
翌日、地図を片手に、ビクトリアコーチステイションへ行く。
中には若い男女のバックパッカーたちが大勢。その数の多さにちょっと圧倒される。
そこにツーリストインフォメーションセンターがあるのだ。人に尋ねまくってやっと着いた。
「ここだな」黒のバックパックをしょいなおして、深呼吸。いざ。
何人かが額を寄せ合ってパンフを覗き込み、相談をしている。フ〜ム、私くらいの年齢のはいないね。
奥の方のセンターの窓口に向かって、かなり長い列。
「ウヘェ」だ。
でも、まぁ、しかたないか、とあきらめて列のしっぽに並んだ、その時だった。 私の左後方から声がした。
「"Excuse me, but are you looking for a B&B?"(B&Bをさがしていらっしゃるの?)」
私はふりむきざま、「Yes!」
そこには、鮮やかなピンク色のスーツを来た、私くらいの背の婦人が立っていた。
目が合うとにっこり。
「あなた、お一人?日本人ね」 「ええ」
ちょっと古めの黒のハンドバッグと黒のパンプス。年のころは60代後半か。髪はグレイ、大きな
ブルーの目は品がよくて、チャーミング。
「Joyというの。よろしく」
まったく偶然の、Joyとのこの出逢いが、今回の私の旅をどれほど素敵で、忘れられないものにして
くれたことか。
1年半以上たった今でも、こうして思い出していると、胸が熱くなってくる。
「そのお部屋にはね、女子学生がいるの。でも夏休みで帰ってしまったから、今空いてるの。あ、来たわ。
このバスに乗るの。16番。覚えておいてね」
ちょっと待ってよ。おばちゃま、スローダウン、スローダウン。
彼女が、上品なわかりやすい英語を話してくれていることがわかってきた。
「あのぉ、私あなたを信じていいんですよね」なんて、まぬけなことをたずねたら、Joyはまじまじと
私の顔を見て言ったものだ。
「もちろんよ」
さぁて、どうする? Hisayoちゃん。どうするったって、Joyの後について、もうバスにも乗って
しまって、隣り合わせに座っているわけだし、人が見れば仲のよい友人同士という風情?
えい、こうなりゃ、ままよ。その部屋というのを見て、気に入らなければ、I don't like it. とか、
Sorry、とか言って逃げてきちゃえばいいや、と腹をくくる。
Joyは相変わらず、屈託なく、しゃべっている。
「ほら、あれがハイドパークよ、もうすぐ
スピーカーズコーナーが見えてくるわよ。聞いたことあるでしょ?」
あるある、教科書にも載ってたよ。
「そりゃ、有名だものね。今日も誰かがスピーチしてるわよ」
「ここがマーブルアーチ。ここはとても交通が便利よ。
私はあと、3日したら息子とイタリアへバカンスへ行くの。3週間くらいの予定なの」だそうで、
その3日の間、部屋を空けておくのがもったいないんだと。
彼女は一人暮らしだとのこと。
インド人のお店がたくさん並ぶ通りで、バスを降りる。エスニックな香辛料が匂う。
「あの大きなカジノが目印よ。さぁ着いたわ。あら、ちょうど息子が来てる」
その息子は大きな荷物を持って、自分の車を下りたところだった。
「ワァ、かっこいい車ね」と言うと、
彼はうれしそうに私を見た。
ハンサムな30歳過ぎくらいの青年だった。髪の毛もみなりも清潔。
う〜む、どうも金目当てに「世間知らずで純情な日本女性」を誘拐しようと企む「マフィア」ではなさ
そうじゃん。
JOYの家
行く途中、バスの中で思っていた。ああいう時、ほとんどが、「いいえ、けっこうです」ってことわる
んだろうなぁ。
Joyは多分朝から、あそこに立って、誰かを物色していたわけで。私に声をかけたのは、実にグーな
選択だったというか、目が高かったというべきか。
あのセンターへ来る旅行者は、当然「B&B」を探しているわけだし、少しは英語を話すだろう。
それにどう見ても私は日本人の中年の女なのだ。
日本人は値切らないし、信用度が高いそうだ。それにもう一つ、連れがいてはいけなかった。
Joyの部屋は一人しか泊まれない。
私が列の最後尾に並んだ途端に声をかけてきた。タイミングはバッチリだった。
つまり私は、彼女の”おめがね”にかなったのだ。こんなこともかなりあとになって、だんだんわかって
きた。
さ、こちらよ、と案内してくれたのは2階。らせん階段を上がると白いドア。
中は思いがけず、メルヘンっぽい。若い女性の部屋って感じ。テレビ、ダブルベッドにクローゼット、
鏡台。壁の絵もアレンジの花もいい。
わぁ、と思わず顔がほころぶ。隣の部屋がバスルーム。大きな鏡の洗面台。カーテンの代わりに透明の
大きなおりたたみのガラスでバスタブがしきられるようになっている。ここにも[Wow]
Joyはにっこりとして、「気に入った?」
「ええ」 階下へ下りると、Joyはキーホルダーについた2つのカギを出して、ドアの外からそれを使って
開けたり、ロックをかけたりして見せてくれた。
「ほら、こうして、2つで開けなくては開かないの。ロンドンは無用心だから、ほとんど1つってことは
ないわ」 私にも試させてから中に入る。
ソファに向かい合い、私にそのカギを渡すと、Joyはまっすぐに私を見て言った。
「ほら、私はあなたにうちのカギをお渡ししたわ。だからあなたも私に今、お金を払っていただくわ。
そうね、一晩£27(5400円)ではいかが?今夜からだから、3日分ね」
「あ、いえ、私は今夜はホテルにもう支払い済みなので」と言うと、
あら、明日からなのォ?とちょっぴりがっかりの様子。
「でもいいわ、じゃ明日、いつでもいらっしゃいな」
私は£54を渡し、2つのカギをしっかりとにぎりしめて、Joyの家を出た。
キャッホー!
私は「普通の家庭に泊まりたい」と、ロンドンに来る前から思っていた。こどもたちが出て行って、
空いている部屋を貸してくれるというような。でもどうやってそういうのを見つけてよいかわからなかった。
Yokoちゃ〜ん、なんだか素敵なことになってきちゃったよ。こんなことってあるのねぇ。
その希望にピッタリのところなのだ。
それに、少しお年を召した女性を、私は好きだ。マナーがいいし、世話好きで安心だ。
ああ、看板を出しているのではない「普通の家庭」に泊まれそうだ。まさに降ってきたようなラッキーさ、
願ったりかなったりであった。
(Yokoは私の滞在中、2,3日ごとに、彼女の方から電話をかけてくれることになっていた)