〜新しい家族がやってきた〜

『だから、8月11日に、豆柴の子犬を連れてくるから。』

『何言ってるの?嘘でしょう?引越しの翌日じゃない、
誰が面倒見るのよ。』

主人からの電話を受けた時、私は一人で、
数日後に迫った引越しの準備に追われていた。

主人は辞令とともに
新しい赴任地へ一足先に行ってしまうため、
準備はいつも私一人なのだ。

我が家は転勤族。初めての引越しではなかった。

この引越しで、娘は3つ目の小学校になる…。
少しでも早く新しい環境に慣れてくれれば、と言う思いもあり、
一人っ子の彼女の希望で、
引っ越し先では犬を飼うことに決めていた。
それは“家の中で柴犬を飼う”という、
主人の以前からの夢でもあった。

名前も“さくら”と決めていた。

さすがに新居探しは難航したが、
何とか、室内で犬を飼ってもいいという家が見つかり
ホッとしていた。
後は引越しを無事済ませてからゆっくり子犬を…
と私は思っていたのだが、
そこへ主人からさっきの電話がかかってきたのだ。
   『なんだ、もっと喜ぶと思ったのに。
          でも、もう決まっちゃったから』

主人の電話に私は戸惑った。
なんと言っても引越しの翌日だ。
部屋の中はダンボールの山
どこに何があるのかもわからない状態になるのは
イヤというほどわかっている。

毎日コンビニ弁当を食べながら片付けに追われ、
身も心もクタクタになる…。
そこへ、フニャフニャの子犬が来るというのである。

『いいけど、あなたが全部面倒見てよ。
ウンチもおしっこもちゃんと始末してよね』

犬は大好きだけれど、
迎えるタイミングが悪過ぎるでしょ・・・。
…私のイライラは爆発寸前。
数日後、何とか無事引越しは終わったけれど、
予想通り家の中はダンボールだらけ…。
子犬のケージを置くスペースを確保するのさえも
難しいくらい。

こんな状態の中で子犬を迎えて、
果たして大丈夫なのだろうか…?
心配は募るばかり。

翌朝、主人と娘は子犬を引き取りに出かけて行った。
私はひたすら荷物整理。
なんとか、子犬のためのスペースを確保して待っていた。
『ただいまぁ〜!』
嬉しそうに戻ってきた娘の腕の中には、
フワフワの子犬。

なんてカワイイ♪

『いらっしゃい、さくら』 そう言って抱き上げると、
私の顔をペロペロ舐めた。

さくらはさっそく部屋中を探険、
ダンボールの間をクンクン匂いを嗅ぎながら
歩き回っている。

『あ〜ん、こんなところにオシッコしてあるぅ』
『あ〜っ、あんな所に隠れちゃったよ〜』
その度に笑いが起きる。

気がつくと、引越し疲れとイライラは
どこかへ行ってしまっていた。
さて、今夜はどうしようか?
子犬を一人で置いても平気かなぁ?

家族で話し合い、ダンボールだらけのダイニングに
置いたケージのそばに布団を敷いて、
私と娘、そして手伝いに来てくれていた母が
一緒に寝ることになった。

ほんの少しキュンキュン泣いたけど、
『大丈夫だよ』と体を撫でてあげるとまたスヤスヤ…。
初めての晩は思ったよりイイコだった。
あくる日から、部屋の片付けと
さくらの世話が始まった。

さくらは、あちこちの部屋を探検。
チョロチョロ動き回ってチ〜をしたり
ダンボールの中を覗き込んでいたずらしたり
荷物の間に隠れて行方不明になったりと、
元気いっぱいだ。

遊び疲れて眠っているさくらのそばで、
うっかりフライパンを落としても、
まったく動じず、クースカクースカ。
母いわく、『この子は大物だねぇ』
いつもなら、疲れと緊張で
心身ともに滅入ってしまう転勤も、
今回はさくらがいてくれたお陰で、
まったく違うものになった。

見知らぬ土地でも、さくらと一緒に歩くととても楽しく、
『お散歩ですか?可愛いですね、子犬なの?』と
御近所の方が声をかけてくださったりして、
何だか嬉しくなった。

娘のために、と思って
新しく迎えた小さな家族だったけど、
何だか私たち大人のほうが
癒されているような気がする。

さくら、ウチに来てくれてありがとうね。