幸せの色 <後編>
「おー似合う似合う」
パチョパチョとどうも響きの悪い拍手に私は眉を寄せる。
棒読みの賛辞に自然と口も尖る。
ヴァンってば真剣なのかそうでないのか、付き合いは長いけれどイマイチ良くわからない時がある。
素直に褒めてくれているのか、それともお世辞なのか。
うーん、でもヴァンの嘘を付けない性格を考えると、素直な感想なのかな、とも思う。
思っておく事にしようかな。うん。
今日はクリスマスで、お祭り騒ぎが大好きなラバナスタの町はいつもと違う空気に包まれている。
花屋の軒先はクリスマスカラーの鉢植えが並んでいたり、店の中に置かれた観葉植物にはキラキラ小さな電灯のネックレス。噴水の前では曲芸師たちがこの時期だけに流される陽気な音楽に合わせてカラフルな道具で人々の目を楽しませてくれていたり。
どこか浮き足立った雰囲気の中、ミゲロさんの店の手伝いを手伝う私はそんな風景を他人事のように眺めていたんだけれど―――。
「おお、そうじゃ。パンネロ、これを」
大きな包みが私の目の前に差し出される。
え?これって。
プレゼント?
一体誰からの…まさか―――。
ありえないだろうけど、それでももしかしてという可能性は捨てられずにミゲロさんの言葉を待つ。
もしかして。ありえないけれど。
「私からのプレゼントといった所だ。開けてみなさい」
心の片隅でぎゅっと握り拳を作って小さな可能性を期待していた私が煙のように消えて無くなる。
なぁんだ、と喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、私は素直にお礼を言う。
いつも店を手伝ってもらっているからな、と付け加えると、奥の方で荷物を整理させられていたヴァンが文句を言うのが聴こえた。あはは。
でも何だろう?軽くて、ちょっとふかふかしてる。
ヴァンがいつの間にか私の横に立っていて、何を貰ったんだ、お前だけズルイぞ、早く開けろと五月蝿く急かすから、仕方なく私は包みを解く。
解いて。
ミゲロさんを見た。
えーと…その…。
「ミゲロさん…これ…」
ミゲロさんたらにっこり満面の笑み。
包み紙の中には赤い服。
どこかで見た事のある、ううん、一年に一度、この季節になると見かける‘例の服’だ。
プレゼントっていうか、今日は一日店番をする私にあの赤い服。
これはつまり。
つまりは。
「よく似合っとる」
「おー似合う似合う」
袖や裾に白いボアをふさふさつけた赤い服に袖を通した(というか通せという無言の圧力に負けた)私に、ミゲロさんとヴァンが手を鳴らした。
目に痛い程の赤。
こんな特別な日でもなければ着てみようという気にすらならない派手な色の服だけれども、鏡を見てみれば何気に我ながらちょっと似合ってるかなぁ、なんて思ってみなくもなくて。
成り行きでこうなった割には気分も乗り気になったりして。
私はその衣装のままカウンターの前に立つ。
うん、クリスマスだし。
今日は一日どこにも遊びに行けないけれど、いかにもな衣装に着替えると、祭りの一部になったみたいで気分が高揚する。
「いらっしゃいませー」
いつもより1割増しにご機嫌な声でお客をお迎えして、「お、可愛いね〜」なんて言われちゃうと、今日だけのサービスなんですよ〜とか言ってポーション一つオマケしたりして。
「あら、食べちゃいたいくらい可愛いわ」
耳に馴染んだ声にふっと顔を上げると、赤い瞳と目が合う。
「メリークリスマス」
にこり。
すっごく綺麗な笑顔を浮かべたヴィエラに私は数歩、といわず店の奥の壁までバック走したい気分になった。あああ!
「私にもサービス、してくれるのかしら?」
艶っぽい声で彼女が言うと、ポーション一本オマケするという行為が何だか別の期待をせずにはいられない妄想にかられる。
「メ、メリークリスマス…フ、フランも一応…お祝いするんだ?」
カウンターに両肘を付いて、両手の上に形のいい顎を乗せてじっと私を見つめる彼女がクスクスと笑う。
「そうね、こういうのは楽しまなければ損だって彼が言うから」
彼、とは勿論彼女の相棒であり恋人のような、それだけでは言い表せないような繋がりがありそうなバルフレアの事だ。
彼の姿は見えない。
「彼?今は別行動中よ」
べ、別に探して無い無い!
というか居たら何を言われるか、からかわれるに決まっている、そう思うから居なくて正解。
「でもあの人、‘こういう事’には鼻が利くから…じきに来ると思うわ」
こういう事ってどういう事かな?フラン。
いじり甲斐のある事!??
やだやだ、いじらなくていいから、サービスするからこの事はフランだけの思い出にして欲しい。
私はバルフレアのあの‘ニヤッ’と笑った顔が実はとても苦手だから。
ヴァンみたいに子供じゃなくて。バッシュ小父様みたいにお父さんみたいな雰囲気でもなくて。
私がまだまだ理解できない‘大人の’男の人ってこんな感じ?みたいなニオイがするから。
フランの注文をさっさと聞いて伝票に書いてしまおう!
それともちょっとの間だけヴァンと交代してもらって―――。
チラ、と振り返るとヴァンがニヤニヤと悪戯っぽく笑ってる。
あー!絶対バルフレアが来るの楽しみにしてる!そして私が何か言われて笑うなり怒るなりしたら後からこう言うのよね。あの時のお前の顔面白かったよなぁってね!
「あら、早いわね」
「よお、ヴァン」
う…っ。
後ろを振り返った姿勢の私に近づいて来る足音と声。
噂をすれば何とやらって本当に本当。どうしてこんなにタイミングがいいのかな。
「それにお嬢ちゃん…か?」
振り返りたく…無いなぁ…と思いつつもバチンとウインクしてみせるヴァンを心の中で罵倒しつつ私はゆっくり正面に顔を戻す。
相変わらず微笑を浮かべるフランの隣、ちょっと面食らったようなバルフレアさんがそこに。
「メ、メリークリスマス、バルフレアさん」
「…ヘェ…?」
細い眉毛が山形になって、バルフレアさんがやっぱりニヤリと笑った。
ほぉ、とかふぅん、とか言いながらジロジロ眺め回されて、私は困ってしまう。
「街中で見かけた誰よりも一番似合ってる」
少し細められるヘーゼルグリーンの瞳。ああ、もう!
お世辞だとしても、そういう歯の浮くような台詞っていうのかな、恥ずかしい台詞をサラッと言えちゃうこの人が私は苦手だ。
「あ、ありがとうございます」
もー、そういう台詞は街中の他のサンタお姉さんにも言い回ってるんでしょー!とか軽〜く受け流す選択肢もあったのに、そうではない方を選んでしまった私、痛恨のミス。
お陰で顔が熱い。
やだなぁ、お世辞だったとしても真剣に聞こえてしまうバルフレアさんの台詞は実はちょっと嬉しかったりするから厄介なのだ。
「写真にでも収めて置きたいねェ。バッシュとか泣いて喜ぶんじゃないか?」
「パンネロを娘のように可愛がっていたものね」
ニヤニヤと大人二人に見つめられながら、その台詞の中の名前に懐かしいバッシュ小父様の顔を思い出す。喜ぶ…かなぁ?
むしろいかがわしいお店の客引きにも今日は使われているだろうこの衣装について、破廉恥だ、などと怒りそうな気もするんだけどどうかな?
っと想像したら笑えてくる。
そして―――。
私の心の隙を突いた様に、もう一つ思い出した、顔。
かつては私やヴァンを見守ってくれていたバッシュ小父様が今心を砕いている人の、姿。
ありえないけれど。
ありえないけれど、ミゲロさんが渡してくれた小包が。
もしかして、もしかしたら彼からの贈り物だったらなんて。
―――厚かましいなぁ、私。手紙のやり取りしかしていないのに。
ついさっきまで上昇していた気持ちが一気に下降する。
あ、お陰で冷静になったかも。
「冗談は後にして、ご注文は?」
フランとバルフレアの後ろにはいつの間にかお客さんの列。
‘クリスマス限定セールやってます’って立て札を持ってカイツが街中を練り歩いてるそうだからその宣伝効果かも?
雑談は後にして真面目にがんばらなくちゃ駄目みたい。
夜に時間があるのなら砂海亭で、そんな約束を交わしてテキパキと注文を手元の用紙に書き込みながら、私は仕事以外の事をとりあえず頭の中から追い出す事にした。
■ 後編へ ■
気の乗るままにクリスマス小話。ってあれ!?半分!!?
そして…フラパンでバルネロに!??
本命は後編でお目見えする…筈。