アルケイディア帝国・帝都アルケイディス。
高層ビルが立ち並び、タクシーが空を飛ぶ―――高度な機械文明の発達したこの街が西の彼方へと消えていこうとする日の光で橙色に染まる。
暖かい色合いに満ちた帝都の上空を無数に行き交う飛空挺。
その一つが帝都の中央にある皇帝宮に向かって真っ直ぐに進んでいく。
広大なアルケイディスの街中を移動する為に用いられる小型飛空挺とは違う、個人の物と一目で分かる改造のなされた白い機体が吸い寄せられるようにして滑らかな動きで皇帝の居城に横付けされるのを、大勢の人間が目にした。
皇帝宮にやって来る白い飛空挺。
その意味を知らぬものは興味深げに。
意味を知るものは羨み、あるいは深い溜息を吐いてそれを見送ったのだった。
影がちらつく。
手を止めて、視線を窓の外へと向けると、差し込んでくる夕日が手前の窓から順番に遮断されていくのが見えた。
太陽の方角を大きな何かが横切っているのだ。
ラーサーはペンを置く。
今日はこれ以上仕事はしない、そう決意して。
まるで早送り画像のような所作で立ち上がって歩き出したラーサーだ。
執務室を出た先で、ャッジマスター・ガブラスが敬礼をするのが見えた。
「お迎えに?」
「勿論」
会話を交わす僅かな時間さえ惜しいとでもいうような、そっけない口調と急ぎ足の皇帝の姿に、ガブラスは苦笑する。
「私に用があるなら後で」
それ以上は口を挟ませない強さを持って、ラーサーは彼ににこりと微笑んだ。
そして駆ける様にして長い廊下を進む。
美しい夕暮れの街を一望できる、広いテラスへと。
差し込んでくる光が強くなる。
視界が開けた先、帝都のどこよりも高いこの場所より更に僅か上空に浮いているのは白い飛空艇。
空中でピタリと停止したままのそこにぽかりと穴が開くと、そこから縄梯子がぽぉんと放り投げられる。
風にもてあそばれるように、くねくねと揺れる縄梯子に掴まり、飛空挺から降りてくる人物を確認して、ラーサーは軽く眼を細めた。
「おかえりなさい」
風に揺れる金色の髪も。
白い肌も。
優しいハニーブラウンの瞳も今は夕日色だ。
「ただいま」
ラーサーと同じように眼を細めて、上空から愛らしい声を落とした彼女の手が縄梯子から離れる。
背に天使のような翼でも生えているのではないかと思わせるように軽やかに彼女は飛ぶ。
それを待ちかね、焦がれたラーサーは空に向かって、舞い降りてくる彼女に向けて、腕を伸ばした。
そうして受け止めた彼女の体重に、ほっと胸を撫で下ろす。
時々これは幻ではないのか、と不安にならずにはいられなくて。
腕の中にしっかり納まった彼女の感触を確かめるように、強く抱きしめる。
「無事で何より」
すう、と息を吸い込むと、彼女からは異国の香りがする。
まるで帝都の匂いに染まらないその身体が少し恨めしい。
「ラーサー様も何も変わりなく?」
耳をくすぐるような甘い声。
「変わりなく…といいたい所ですけど残念ながら問題は山積みで困っているところです」
だから、と彼女の耳元にそっと囁く。
「しっかり慰めて下さいね」
「わ」
軽々と彼女の身体を抱き上げて、上空に停滞していた飛空挺を見上げて軽く頭を下げる。
と、用は済んだとばかりに白い機体は紫紺へと色を変えていく空に流れ星のようにして消えていく。
彼女を乗せてそのまま消えて無くなってしまうのではないかと毎度抱える不安を今は無視して、常に自分を悩ませる腕の中の天使にラーサーは口付けを落としたのだった。
どうかどうか彼女が空に飽きてその翼を畳んで、
僕の側にずっと居てくれる日が早く来ますように。
ああ、悩ましき、僕の天使よ。