はじまりの日 1



「また供の者もつけずに出歩かれたようですな、ラーサー様」

ルース魔石鉱の出口付近で黄金の甲冑が煌く。
・・・ジャッジ・ギースだ。
入る時にもその姿を見かけてはいたけれど、まだその場に居たようだ。
ラーサーはそっと溜息を吐く。
見張りに付けられた兵士達の目を盗んで勝手に出歩いた手前、できれば無視をして帰りたかったのだ。
けれど、彼の側に見慣れぬ人影を見つけてしまったからそうもいかなかった。
つい今しがたまで行動を共にしてくれていたヴァン達が柱の影に身を隠すのを背後に感じる。
彼らが帝国兵と顔を合わせたくない理由は―――
ヴァンはダルマスカ王都ラバナスタ出身だと言っていたから、攻め入ってきた帝国に良い印象が無いのは当然としても。
ちら、と頭の中にヴァンが‘バッシュ’と呼んだ男の顔が浮かぶ。
バッシュ。バッシュ・フォン・ローゼンバーグ将軍。
死んだと伝えられていた彼に瓜二つの男。いや、本人で間違いないだろう。
魔物の巣食う魔石鉱の奥までラーサーは彼らに同行してきたのだ。
バッシュの剣の腕の確かさや戦闘慣れした様子はそこらの戦士達とは比べ物にならなかった。
和平調停直後にダルマスカ国王ラミナスを殺害した罪に問われ、死亡したと伝えられた彼が、何故このような場所にいるのか・・・
いや、今はそんな事を考えている場合ではない。
柱の影に隠れたヴァン達を意識から追い出して、ラーサーは冷静に帝国兵らの元へと足を向けた。
偽名を使ってのお遊びはここまで、だ。
ヴァンはまるで気付いている様子がなかったけれど、バルフレアが常に疑いの目を自分に向けていたのを知っている。
彼なら今この瞬間にもラーサーの素性に思い至るだろう。
うやうやしく礼をする帝国兵達にラーサーは片手をあげる。
帝国兵にこのような態度を取らせる者などそうはいない。
一歩前へ出た黄金の甲冑を着込んだジャッジ・ギースが傍らの少女を突き出した。
「ひとりで魔石鉱から出てまいりまして・・・よからぬ連中の仲間ではないかと」
「私はさらわれて・・・」
こんな場所には不釣合いな、少女の非難の声。
逆光で少女の表情はよくわからない。
「控えろ!」
が、ギースの高圧的な言葉に彼女がビクリと肩を震わせたのはわかった。
屈強そうな兵士らに取り囲まれ、さぞや恐い思いをしているだろう。
彼女が、ヴァン達が探していると言っていた人物なのであれば余計に。
つい先程奥で出会った賞金稼ぎ風のバンガ族の話が本当であれば、
バルフレアを誘き寄せる為だけに攫われ、挙句こんな危険な場所に放り出されたのだ。
ようやく出口だと思ってみればそこには帝国兵。
確かにここは少女が一人で足を踏み入れるような場所ではない。
だから不審に思う帝国兵らの気持ちは分かるのだが―――怯えているじゃないか。
「ひとりで出てくるのが疑わしいのなら・・・私も同罪でしょうか?」
少女と、彼女を取り囲む兵士らの間に身体を滑り込ませて。
ラーサーは首を傾ける。
今しがたまでヴァン達と共に居たものの、彼らは今柱の影だ。
彼らの存在にまるで気付いていなかった帝国兵らの目には、ラーサーが一人で魔石鉱の奥から歩いて出て来たように映るだろう。
黄金の兜の内から低く唸る声がした。
これ以上ギースは自分を咎めぬ、と判断してラーサーは標的を変更する。
事の成り行きを見守っていた壮年の男、ビュエルバの侯爵に。
「ハルム卿、屋敷の客がひとり増えてもかまわないでしょうか」
反論を許さぬ、しかし甘えた上目遣いで彼を見れば。
案の定、皇子のお願いとあっては仕方ありません、とオンドール候が肩をあげた。
自分の武器になるものをラーサーは知っている。
使えるものは何でも使う。帝国の皇族として生きていく上でそれは必要な事だった。
「ジャッジ・ギース、あなたの忠告に従い…これからは供を連れてゆくことにしましょう」
それで問題ないですよね、と目線で彼を制して、
ラーサーは彼の隣で身の置き場に困っている少女の手を取った。
この場から一刻も早く自由にさせてあげたくて、強く、引寄せる。
転げそうになった彼女を気遣いつつも、我侭な子供を装ってラーサーはその場から駆け出した。
口を挟めずに立ち尽くす帝国兵を遠く引き離して、魔石鉱の外へと飛び出ると、抜けるような青空が眩しい。
そこでようやく彼女の方を振り返る。
「よろしく パンネロ」
ヴァンが探していた少女でほぼ間違いないだろうと思いつつも確信は無いままに、彼が口にしていた名を呼ぶ。
日の光に照らされた少女の姿がようやくはっきりとラーサーの瞳に焼きつく。
小柄で、素朴そうな少女の瞳は優しいハニーブラウン。
戸惑いに揺れていたそれが、僅かに見開かれた。
「は…はい」
驚いて、そして少しだけ安堵したような顔を浮かべた彼女に
ラーサーもほっと胸を撫で下ろす。
パンネロで間違いなかったようだ。
「詳しい話はハルム卿の屋敷でします。だからそんなに恐がらないでください」
にこり、ととびきりの笑顔をラーサーは浮かべる。
ぎこちなく、だが、ふわりとはにかんだ彼女を素直に可愛いとラーサーは思った。


■ モドル ■

長くなったので3つに分ける事に。出会い編。ゲームになぞらえつつ