7. 私に気づいて



「面白い事をしているのね」
ヴィエラの妖艶な声に、必要な物資のチェックを行っていたアーシェが不思議そうに顔を上げた。
面白い事、に当たるような事がここに無いように思うのだけれども。
ただ、傍らのパンネロが両手を握り締めて構えている以外には。
「フランにはわかるの?」
え、嘘、とパンネロが大きな瞳をぱちぱちと瞬いている。
フランは薄く微笑んでそれを肯定としたようだ。
「何を―――」
やっているの、と思わず言いかけたアーシェが口を噤む。
どうでもよさそうな、ささいな事に口を出してしまう事が、
一国の王女としてはしたないような気がして。
だがアーシェの葛藤などまるで意に介さないように、パンネロが喜色を浮かべてアーシェの側に寄る。
バッシュ以外とはあまり積極的に会話をしないアーシェが声を掛けた事が嬉しいのか、
片手を口元にあてると、内緒話でもするようにして弾んだ声で彼女はこう言った。

「テレパシーを送ってるんです」

聞かなければよかった、とアーシェは呆れる。
突飛な回答についていけない。
顔にそう出たのだろう。パンネロがさらに付け加えた。
「ヴァンの背中に向かって、こう…」
再びぐっと拳を握り締めて、両脇をしっかり締めたポーズで。
「ヴァン、こっちを向いて」
ううん、と小さく唸りながら目を閉じたパンネロに眉根を寄せていると、フランが視線でその対象を示す。
ヴァンはずっと向こうの方でバッシュ達と新しい武器を物色しているようだ。
暫くそちらを観察してみるものの、彼らは楽しそうに商人と会話を続けている。
再び視線を隣に戻すと、
「届かないなぁ」
と落胆した声を漏らして肩を落とすパンネロの姿。
常識的に考えて、心の声が届くなどありえない。
おかしな事を考える子ね、と溜息を吐きかけて、ふとアーシェはフランを見た。
先程このヴィエラはパンネロが‘面白い事をしている’と言わなかったか。
彼女には心の声が聞こえるのだろうか。
まさかまさか。
そんな事ができたとしたらアーシェが毎夜ラスラに語りかける話は彼女に筒抜けだ。
問い詰めるように視線を送ってみるが、フランはパンネロを穏やかな顔で見つめるばかりだ。
「どうしてこんな事を?」
アーシェもしたかった質問を彼女が口にすると、パンネロは「それが…」と口ごもる。
こんな一見くだらなそうな事に何か重大な秘密があるというのだろうか。
ちらちらとフランとアーシェの顔を交互に伺って、パンネロが自分の人差し指同士をくっ付けつつ小声で白状する。
「実は―――届くんです」
「え?」
何が、とは聞かない。
誰に、という疑問が即座に湧く。
「えーっと…見ててくださいね」
念じるように、パンネロが目を閉じたので、アーシェは慌ててヴァン達の方に顔を向ける。
フランでなく、勿論アーシェでもないだろうから彼らの誰かだ。
まさか街人の誰かなんて事は言わないで欲しい。
暫くじっと見つめていると、頭が一つ、確かに動くのが見えた。
呼ばれたように振り返り、彼はアーシェ達に微笑む。
いや、声が聞こえたとしたら、その微笑みはパンネロに向けられたものだ。
「不思議なんです」
パンネロが本当にどうしてなのか分からないけれど、と溜息を吐いた。
「他の人は心の中で名前を呼んでも振り返らないんですけど…」
「あら、私には聴こえるわよ?きっとね」
からかうような口調のフランだ。
パンネロが何をしていたか言い当てたのだから呼びかけくらいには普通に応えそうだ。
どうか自分の心の葛藤は聞かれてませんように、とアーシェは祈る。
フランの言葉に頷いてから、パンネロは首を傾げた。
「何故かラーサー様、聴こえてるみたいなんですよね。
偶然かなって他の人でも試してたんですけど」
たまたま振り返ったタイミングが合っただけ、ではないのだろうか。
晴れやかな顔をして振り返ったラーサーは、今は再びヴァン達と買い物に没頭している。
「あなたの声を常に感じていたいのよ」
周囲の雑踏に混じり、何気なく呟かれたフランの言葉にアーシェは噎せそうになった。
本当に噎せたのはパンネロで。
「ええっ!?」
見る間に顔を赤くしていくパンネロが、かなり、可愛い。
「や、やだなぁ。フランったら、もー」
そんなに慌てられると、疑うより信じてしまう。
両側の三つ編みを揺らして「私、魔法屋さん見てきます!」とこの場を逃げ出す背中をフランと見送る。
「いつの間に…」
「どちらの事かしらね」
神都ブルオミシェイスへ向かうまでの同行で、いつの間に彼らの間にそんな感情が芽生えたのか。
そんな事にまるで気がつかなかった自分が鈍いのか。
複雑な思いを抱いたアーシェにフランは形のよい唇の両端を上げた。
「良く言うでしょう?恋に落ちるのは一瞬―――って」
「フラン」
「私も魔法屋に行ってくるわ。そう他の皆に伝えて」
心なしか楽しそうに揺れる長い耳にアーシェは苦笑した。
淡々とした態度や話し方から近寄り難い印象を彼女から受けていたが、意外と俗なのだと分かれば何だかもっと上手く付き合えるような気がする。
目薬や気付け薬の類を店員に注文し、資金の詰まった皮袋を取り出しながらふと彼女の言葉を思い出した。
『あなたの声を常に感じていたいのよ』
ちょっとしたお遊びだ。
アーシェはヴァン達の方を確認する。
決められた資金内でやりくりするのに苦労しているらしい彼らの背に。
そっと、呼びかけた。

『』

名前を呼んだ事などなかったかもしれない。
毎朝几帳面に整えられた頭が、ふい、と動いて。
「お客さん、用意できましたよ。お会計―――お客さん?」
思わず取り落としそうになった皮袋を紐解いて、アーシェは唇を噛み締めた。
まさか、ね。


■ モドル ■

ラサパン<フラン? バル<アシェ なお話…のつもり。
アーシェが生真面目だからパンネロが少々電波な行動してもいいと思うんですが
フラパンもバルアシェも好きですよ。ひゃっほう