『ドラゴンの赤いリボン』

 

ある秋の日のことです。

赤や黄色に染まった林を抜け、ひとりの娘が、山へキノコを採りにやってきました。

名前はナナ。長い髪を大きな赤いリボンで結び、腕にはアケビのツルで編んだ籠をさげています。

「このあたりなら、たくさんキノコがありそう」

はじめて入った森の中で、ナナは不思議な生き物を見つけました。

身体はやわらかそうな青い鱗でおおわれ、背中には小さな翼が生えています。

トカゲを思わせる長いしっぽを横に垂らし、木の切り株にちょこんと座って、

可愛らしい大きな黒い瞳で、ナナの顔を見つめています。

「まぁ、ドラゴンの子どもだわ」

ナナはそぅっと近づいてみました。

「あなた、火を噴いたりしないわよね?」

ドラゴンの子は、「オオ!」と小さく鳴くと、とことことナナの足元にやってきて、《お座り》をしました。

「可愛い! まるで犬の子みたい」

ナナはドラゴンの子を抱き上げました。

ほわっとあたたかくて、本当に犬を抱いているようです。

下におろしても、ドラゴンの子はナナの後をついてまわりました。

積もった落ち葉をしっぽで巧みによけては、その下にあるキノコを探し出し、

「オオ! オオ!」と鳴いて、ナナに知らせます。

「まぁ、あなたはキノコを見つけるのがじょうずね」

褒められて、ドラゴンの子はうれしそうに、尾っぽを地面に打ちつけました。

「あはは、そんなところまで犬にそっくり。そうだ、あなたに名前を付けましょう。

あなたはドリー。わかる? ドリーよ。いい名前でしょう」

ドリーと名付けられたドラゴンの子は、またしても尾っぽをピタンピタンと動かして、歓びを表すのでした。

そうやって森のあちこちをさがし歩くうち、籠はキノコでいっぱいになりました。

「ドリー、ありがとう。今日はあなたのおかげでとても楽しかったわ」

そう告げて山を下りて行くナナを、ドリーは淋しそうに見送っていました。

翌日。ナナが再びこの森へ来てみると、ドリーがうれしそうに走り寄ってきました。

「まぁ、ドリー。私を待っていてくれたのね」

その日から、ナナとドリーは、日の暮れるまで、一緒に森で過ごすようになりました。

落ち葉が風に舞う中で追いかけっこをしたり、きれいな色の葉っぱを集めて頭に飾ってみたり、

ちょろちょろ流れるせせらぎを右へ左へと跳んでみたり、

木の洞に宝物はかくされてないかと探し回ってみたり、森のはずれの丘に座って夕日を眺めてみたり……

やがて、森の木々もすっかり葉を落とし、山は冬の気配を漂わせ始めました。

ナナは、ドリーにいいました。

「ドリー。もうすぐ雪の季節になる。この山が雪で真っ白になってしまったら、私、もうここに来られないわ。

来年、山がまた緑色になるまで、あなたとさようならをしなければ」

ドリーは悲しそうな目をしてナナを見上げます。

「ドリー。ごめんね。私も悲しい。だけど、あなたを連れて帰るわけにはいかないのよ。

私はきっとまたあなたに会いに来る。これは約束のしるしよ」

ナナは、髪につけていた赤いリボンをほどくと、ドリーの長い尾に結びつけました。

そして、何度も何度も振り返りながら、山を下っていきました。

 

春が来ました。

雪が消え、山がしだいに緑色に変わって来た頃、ナナの所に、お城からお使いがやってきました。

王様の命令で、若い娘は皆、お城へ働きに出なくてはならなくなったのです。

ナナは、ドリーとの約束がとても気にかかりましたが、どうすることもできず、

他の娘達と一緒に村を後にしました。

ところが、お城に着いてひと月ほどたった頃、おかしな噂が耳に入ってきました。

ナナのいた村では、毎日山から聞こえてくる恐ろしい吠え声に、皆が怯えているというのです。

いつのまにかそれは、山に住むドラゴンだということになりました。

町の大通りに、

《ドラゴンを生け捕りにしてきた者には褒美を与える 国王》

という立て札が何本も立ちました。

何人もの若者が、ドラゴンを生け捕りにするために、ナナの村へ向かいました。

ナナは、「もしかしたら、ドリーでは……」と不安でたまりませんでした。

けれども、それを確かめるため、彼らについてゆくわけにはいきません。

やがて、ドラゴンを捕まえた、という話が人づてに伝わってきました。

若者達が山へ入っていくと、そこにいたドラゴンは、少しも抵抗することなく、

おとなしく、用意していった檻に入ったとのことでした。

ナナは、いてもたってもいられず、そっと城を抜け出して、ようすを見に行きました。

城へと続く町の目抜き通りを、三十人ほどの若者達が、鉄製の頑丈そうな檻を六頭の馬に引かせ、

その前後左右を警護しながら、誇らしげに歩いて来ます。

沿道に立つ人々の間から覗くと、檻の中に、子馬くらいの大きさのドラゴンがうずくまっているのが見えました。

長い尾には、赤いリボンが結んであります。

「ドリー! ……ドリーが、冬の間にあんなに大きくなるなんて知らなかった。

ごめんね、ドリー。あなたが山で吠えていたのは、私のせいよね。

山が緑になったのに、私が約束通り、あなたのところに行かなかったからよね。

ごめんね、ほんとにごめんね――うん、なんとかして助けてあげなくっちゃ!」

ナナは道路へ飛び出して、ドリーに近づきました。

それまで檻の中でじっとしていたドリーは、ナナに気づくと起き上がり、うれしそうに「オオ〜!」と声を上げました。

「危ない! 離れて!」

檻を警護していた若者に追い払われながらも、ナナは叫びました。

「ドリー! 私よ! 約束を守れなくてごめん! 今助けてあげるからね!」

「離れて、と云っただろう!」

「あっ!」

警備の若者に突き飛ばされて、ナナは道路にすてんと転んでしまいました。

それを見たドリーは、突然後ろ足で立ち上がったかと思うと

「ゴゥオオオ〜〜〜!」という雷のような声と共に、真っ赤な炎を空に向かって吐き出しました。

檻はたちまち飴のように溶け落ち、驚いた人々は、わーっと蜘蛛の子を散らすよう逃げ出しました。

「すごい、ドリー! いつの間にそんな事ができるようになっちゃったの?」

檻の残骸を乗り越えて近づいてきたドリーに、ナナは飛びつきました。

ドリーは、身をかがめて、嬉しそうにナナに顔を押しつけます。

「あはは、ドリー、痛いよ。あなたの鱗、ずいぶん固くなっちゃったね」

まわりにいる人々は恐ろしさのあまり近づけず、ナナ達を遠巻きにして見ています。

ドリーは、さぁ、僕に乗って、というふうに、誇らしげに自分の背中を示しました。

背中に乗って、ドリーと一緒に山へ帰れたら、どんなにステキでしょう!

けれどナナは、肩を落としてこう云いました。

「ドリー、ごめんね。あなたがひと冬でこんなに大きくなるなんて、私、思ってもみなかった。

みんなはあなたの存在を知ってしまったから、きっとまた捕まえようとするわ。

あの山へ帰っても、もう去年のように、一緒に遊んだりすることはできない。

あなたの背中に乗ることはできないのよ。

どうか、人間に見つからない、もっともっと深い山の奥に行ってちょうだい。

そこではドラゴンの仲間達が、きっとあなたを待っているに違いないわ……さようなら、ドリー。元気でいるのよ」

ナナはドリーの首を抱きしめました。

その時、ナナの心に、静かに響く声がありました。

――ナナ。ナナは僕のことが好き?

ナナはびっくりして、ドリーの顔を見上げました。

ドリーはやさしい王子様のような目で、ナナを見つめています。

――そう、僕だよ。ナナは僕のことが好き? 

ドラゴンの……いや、おとぎの国へ行って、魔法使いにドラゴンに変えてもらって、

僕と一緒に暮らすのはイヤ?

ナナはしばらく考えていました。

が、次の瞬間、ひらりっとドリーの背中に飛び乗ると、明るい声で云いはなちました。

「いいわ、ドリー、行きましょう、一緒におとぎの国へ! 

私は一度くらいドラゴンになって、ゴォ〜って火を噴いてみたかったの!」

「オオ〜!」

ナナを背中に乗せたドリーは、うれしそうにひと声鳴くと、たたんでいた背中の翼をいっぱいに広げました。

そして、ざわっと大きく羽ばたいて空中に舞い上がったかと思うと、尾っぽに赤いリボンをつけたまま、

ゆうゆうと人々の頭の上を越え、空の彼方へ飛んでいって見えなくなってしまいました。

 



(おわり)
 

 

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