『ごろごろごろ』

 

ぽかぽかとあたたかい、秋のある日のことです。

農家の庭の日だまりでは、子猫のチョビチョビが、おかあさんとならんで

気持ちよさそうにお昼寝をしていました。

庭のあちこちに咲いている、うすもも色のコスモスの花たちも、

おしゃべりするのを忘れて眠っているようでした。



そんな平和なけしきの中へ、一羽のカラスが入り込んできました。

そして、チョビチョビに近づいていくと、こんなことをいいました。

「きみはいつもおかあさんといっしょだね。や〜い、あまったれの赤ちゃんねこだ〜」

 

「何を〜! ぼくは赤ちゃんなんかじゃないぞ!」

赤ちゃんといわれておこったチョビチョビは、カラスに飛びかかろうとしました。

カラスはすばやく後ろにとびのきました。

さそうように、チョビチョビの目の前をちょんちょんとはねていきます。

チョビチョビはカラスを追いかけました。

そうして庭の外に飛び出して、そのままカラスを追いかけて行きました。

 


カラスは、チョビチョビにわざとつかまりそうになりながら、

畑や道の上をうまくにげて行きました。

そうしてしばらくチョビチョビをからかったあとで、ひと声、

「カァー」となくと、山の方へ飛んでいってしまいました。

カラスに置き去りにされてしまったチョビチョビは、おうちに帰ろうと思いました。

『でも、もうちょっと、いいかな』

チョビチョビは、冒険をしてみたくなりました。

それで、もう少しだけ、遠くへ行ってみることにしました。



よその家の垣根をくぐろうとしたら、大きな犬が見えたので、

そのままそぅっと顔をひっこめました。

野原では、鼻先をかすめて飛んでいくトンボや、

風にゆれるエノコログサにじゃれついて遊びました。

橋の上を通るとき、下をのぞいてみたら、夕日を照りかえした川が、

キラキラときらめきながら流れていました。

『ああ、冒険ってなんて楽しいんだろう!』



けれどそのうちに、あたりはだんだん暗くなってきました。

お日様はもう、山の向こうにしずんでしまったあとです。

頭の上にオレンジ色の雲がひとすじのこっていたけれど、

あたりはどんどんあい色に染まってきていました。

『ぼくはネコだぞ。暗くたってよく見える、金色のこの目があるんだもの。

おうちへ帰るのなんかかんたんさ。

歩いてきた道をそのままもどっていけばいいんだ』

そうしてまっすぐに、チョビチョビは道をたどってきたはずなのに。



『ここはどこだろう……』

チョビチョビは、どうやら林の中に迷いこんでしまったようです。

あたりには、おばけのような黒い影があるばかりで、歩いても歩いても、

明かりのあるところに出ることができません。

『おかあさ〜ん、どこにいるの〜!』

心細くなったチョビチョビは、思わず「ニャオ〜ン」とないて、

おかあさんを呼んでいました。

 

そのときです。

まわりの木々や草むらのあいだを風のようにすりぬけて、

白い影がチョビチョビの前に飛び出してきました。

「おかあさん!?」

そう、それはチョビチョビのおかあさんでした。

おかあさんは、庭から飛び出していったまま、夕方になっても帰ってこない、

だいじなだいじなチョビチョビを、必死でさがしていたのです。

あっちの草むら、こっちの通りと走りまわり、そして、「ニャオ〜ン」という、

チョビチョビのかぼそい声を聞きつけると、いちもくさんに、

ここにかけつけて来たのでした。



おかあさんの顔を見たとたん、不安で小さくちぢこまっていたチョビチョビの胸は、

ふわ〜っと、まるで風船のように大きくふくらみました。

「おかあさ〜ん!」

飛びついてきたチョビチョビを、おかあさんは、大きくてあたたかいからだで包みこんで、

ぺろぺろと愛しげに、その顔をなめ続けるのでした。



それから何日かたちました。

今日もチョビチョビは、おかあさんといっしょに、コスモスのゆれる日だまりの中で、

なかよくごろごろとお昼寝をしています。

そこへまた、このあいだのカラスがやってきました。

「やぁ、今日もおかあさんといっしょだ。べたべたあまったれの赤ちゃんや〜い!」

おかあさんは、顔を上げて、チョビチョビの方を見ました。

チョビチョビは、おかあさんにくっついたまま、カラスにいいました。

「そうだよ。ぼくはおかあさんが大すきだもん! いつもいっしょにいたいもん!

くやしかったら、きみもおかあさんにあまえてごらん!」



カラスはふっとだまりこみました。

そしてしばらく、チョビチョビとにらみ合っていましたが、

「ぼくもホントはおかあさんにあまえたい! 今からあまえに行く!」

というと、

「カァさん、カァさ〜ん!」

と、おかあさんを呼びながら、急いで山へ飛んで帰って行きました。



チョビチョビは、おかあさんのそばで、ふたたびうつらうつらしながら思いました。

『おとなになるその日まで、ぼくはいっぱいおかあさんにあまえるんだ。

だってぼくは、おかあさんが大すきだもん!』

そうして、おかあさんの顔に自分の顔をぐぐっと押しつけると、

うれしそうにのどをふるわせました。

「ごろごろごろ」


(おわり)

 

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