☆この作品は 『花の首飾り』 というタイトルで ストーリーゲートマガジン に掲載されています。
『白鳥の少女』
小高い丘に囲まれた森の奥に、深いみどり色の水をたたえた、大きな湖がありました。 その湖のほとり、草の茂みの中に、傷ついた一羽の若い白鳥がうずくまっておりました。 ――ああ、どうしよう。渡りの途中で仲間とはぐれてしまった。 他のみんなは、もうずっと先まで飛んで行ってしまったに違いないわ。 でも、翼の傷が癒えるまでは、こうしてじっと待つしかないし・・・。 どうか、こわい動物たちに見つかりませんように――
その茂みを、湖へ釣りに来た若者がひょっこりとのぞき込みました。 「やぁ、驚いた。こんな所に白鳥がいるなんて。あれ? ケガをしているじゃないか」 白鳥はあわてました。これほど近い距離で人間を見るのは、初めてのことです。 ――いけない! なぜ人間が近づいてくるのに気づかなかったのかしら―― 白鳥は、ばたばたと羽を動かして逃げようとしました。 しかし若者は、ゆっくりと白鳥のそばにしゃがみ込むと言いました。 「こわがらないで。だいじょうぶだよ。僕の家はすぐこの近くだ。 薬も食べ物もある。そこで傷の手当てをしよう」 若者のおだやかな声音に、白鳥はまるで魔法にでもかかったように 暴れるのをやめました。 若者は、白鳥をそっと抱きかかえると、家に連れて帰り、ていねいに傷の手当てをして、 食べ物と暖かい寝床を与えました。 それから毎日、若者は、薬を塗り替えたり、湖で釣ってきた新鮮な魚を食べさせたりして、 懸命に白鳥の世話をしました。 白鳥は思いました。 ――この方はなんてやさしいのだろう。人間って、鉄砲を撃って仲間を殺す、 こわい生き物だとばかり思っていたのに―― 白鳥の胸の中に何かが芽生えました。
若者の熱心な介護のおかげで、白鳥は見違えるほど元気になりました。 「ほら、もうすっかり傷も治っている。明日はきっと飛び立てるよ。 早く仲間に追いつかなくっちゃな」 白鳥は、つぶらな黒い瞳で、うっとりと若者の顔を見つめるのでした。
その夜のことです。 白鳥は、寝入っている若者に気づかれないように、そぅっと家の外に出ました。 見上げれば、紺色の夜空を、降るほどの星達が埋め尽くしています。 白鳥はその星空に向かってお祈りをしました。 「神様、お願いです。私を人間にしてください。一日だけでもいいのです。 私は人間になりたい。 人間になってあの方に恩返しをしたい。あの方と結ばれたい。 どうか、この願いをお聞き届けください」 白鳥は一心に祈り続けました。
やがて、夜明け間近の東の空を、星がひとつ、淡い光の尾を引いてサーッと流れました。 それを見ていた白鳥は、自分がすでに人間の少女になっていることに気がつきました。 「神様、どうもありがとう!」 少女になった白鳥は、うれしそうにくるりとひとまわりして自分の姿を確認すると、 そのまま丘に向かって走っていきました。
翌朝目覚めた若者は、部屋の中にいる美しい少女を見て驚きました。 「き、きみは・・・」 「はい、私はあなたに助けていただいた白鳥です。 あなたに恩返しをしたくて、人間になりました」 「うわ、そうなんだ。で、でも、困ったな・・・」 若者の大あわてなようすに、白鳥の少女はなぜか不安になりました。
その時です。 家の扉がぱっと開き、大きなバスケットを抱えた娘が、元気よく中へ入ってきました。 「おはよう! おかあさんがね、焼きたてのパンをあなたに持って行ってあげなさ・・・。 あなたはどなた?」 バラ色の頬をした愛らしいその娘は、不思議そうな顔をして、 じっと白鳥の少女を見つめています。 白鳥の少女は若者を振り返りました。 そこには、今にも泣き出しそうな若者の顔がありました。 ――そういうことだったのですか。わかりました。 あなたは、この娘さんのことが好きなのですね。 私がいては、その恋が実らないのですね――
若者の気持ちに気づいてしまった白鳥の少女は、 それでも悲しみを押しかくして、娘に話しかけました。 「おじょうさま、ご心配なさらないで。 私は旅の途中、ケガをして動けなくなっていたところを、 こちらの方に助けていただいた者です。 おかげさまで傷もすっかり癒えました。 すぐにここを発ちます。 けれど、その前に、この方にさしあげたいものがあるのです」
白鳥の少女は、手にしていた白い花の首飾りを、若者に渡しました。 夜明けの丘にのぼり、若者の首にかけてあげようと思って編みあげた、 クローバーの花の首飾りです。 「『花の首飾りを、自らの手で愛する人の首にかければ、二人の心は永遠に結ばれる』 私が生まれた村に古くからある言い伝えです。 これを、どうかあの方の首にかけてさしあげて。 助けていただいた御恩は一生忘れません。どうもありがとう」 少女はにっこり微笑むと、素早く若者に口づけをしました。 そして、呆然としているふたりを残したまま表へ出ると、ふたたび丘を目指しました。
丘の上には一面にクローバーが広がり、そのうすみどり色の波の上を、 爽やかな風が渡っていきます。 白鳥の少女は、顔を上げ、両手を大きく広げると、その風を胸一杯に吸い込みました。 「これでいい。愛する人の幸せを一番に願うこと、それが『私』の愛のつらぬき方。 私はそれを、クローバーの香りとともに覚えておこう」
夕暮れの空に一番星が輝き出す頃、クローバーの丘から一羽の白鳥が飛び立ちました。 そして、力強く羽ばたきながら、まっすぐに、北へ向かって飛び去っていきました。 (おわり)
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