『ハッピー・バレンタイン』
私が、交通課に配属されて間もない、新任の警察官だったときのことです。
その頃は毎日、この辺りをパトロールして、安全確認の指導をしていま した。
ある時、目の前を通り過ぎた一台のバイクが、踏切の前で速度を落としただけで、
そのまま停止をせずに渡って行ってしまいました。
私はさっそく、パトカーでそのバイクを追いかけました。
「君、そこの踏切で停まらなかったでしょう。
速度を落とすだけじゃダメなんだよ。
一旦地面に足を着けて、しっかり安全を確認しなさい」
注意を受けた若者が、神妙な顔をして素直にうなずいたので、私は、
「これから気をつけるんだよ」
と念を押して、そのままバイクを行かせました。
ところが、その翌日。
私が踏み切り付近をパトロールしていると、
前日と同じバイクがやってきて、とろとろとろ・・・と手前で速度を落とし、
そのまま踏切を渡って行こうとするのです。
「まったく、なんてことだ。昨日見逃してあげたのが甘かったのだろうか」
そう思った私は、再びそのバイクを呼び止めて、わざと叱るように 言いました。
「君、昨日注意したばかりだろう。
今日はもう見逃せない。免許証を見せなさい」
バイクから降りた若者が、ヘルメットを脱ぎました。
はらり、っと、つややかな長い髪が、その肩に掛かりました。
そして、ブルゾンのポケットから赤いリボンのついた小さな箱を取り出すと、
弾んだ声で、彼女は言いました。
「お巡りさん、昨日はどうもありがとう。
うち、これを渡したくて、わざと捕まったんよ。
お巡りさんに、ハッピー・バレンタインや♪」
6年前の、2月14日の出来事でした。
――その彼女ですか?
はい、今では私の妻になって、
5歳と3歳の息子に、ばっちり交通ルールをたたき込んでいます。
「踏切の前では、三輪車停めんとあかんのよ!」と言って。