『イチョウの木の下で』
秋の陽が暖かく差し込む、公園の午後。 大きなイチョウの木にもたれて、一人の少女が本を読んでいます。 いったい何の本なのでしょう。 長いスカートをふわりと広げて座り込んだまま、 ずっと膝の上の本から目を離さずにいます。 少女の周りには、黄葉したイチョウの葉が、地面を覆い隠すほどに降り積もっています。 太陽はどんどん西に傾き、やがて空は、夕焼け色に染まりはじめました。 少女の足元から、イチョウの葉がひとつ、ふわりっと舞い上がりました。 続いて、ふわり、ふわり。またふわり。 宙に浮いたイチョウの葉は、金色の夕陽に照らされて、黄色いチョウになりました。 幾百の黄色いチョウが、 高く、低く、夕焼けを背景にロンドを踊ります。 まるで往く秋を惜しむように、そして、来年またここに舞い戻ることを約束しあうように…… やがて、太陽が沈んでしまうと、ひとつ、またひとつと、黄色いチョウは地面に落ちて、 元のイチョウの葉に戻りました。 そのうちの一つは、開かれた本のページの上に落ちました。 夢中で文字を追っていた少女は、ハッとして、落ちてきた黄色いものを見つめました。 「チョウチョが飛んできたのかと思った――。イチョウの葉が散ったのね」 顔を上げ、ようやく陽の暮れたことに気づいた少女は、 イチョウを栞代わりにして本を閉じると、スカートの裾を払って立ち上がりました。
(おわり)
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