『妖精のくれた魔法の葉っぱ』
僕は、学校の裏にある、公園のベンチに座って、僕の『秋の絵』に絵の具を塗っていた。 本当は授業が終わるまでに仕上げなくちゃいけなかったんだけど、 僕は絵を描くのがとても遅いので、いっつも宿題になってしまうんだ。 それに、僕の絵は、まだ一度も教室の後ろに張り出されたことがない。 僕、一生懸命に描いているのになぁ……。
絵をじっと覗きこんでいる。 僕は恥ずかしかったけど、早く絵を仕上げてしまわなくてはいけないので、 構わずに絵筆を動かし続けた。
「お願いがあるんだけど……」 「え?」 あのね、私は春の妖精なの。 ここの秋の景色がとてもきれいだって聞いて、 パスポートを使って、妖精の国から見学にやってきたの。 だけど、うっかりそのパスポートをなくしてしまって……。 私、妖精の国へ帰れなくて困ってるの。
だからあなたに、パスポートを描いてほしいの」
……それに、僕、絵がへただから、ダメだよ」 お日様が沈む前に帰らないと、私、もう妖精の国に入れてもらえないの。 それに、あなただったら、きっと描けるわ。 私のパスポートは、桜の花なのよ。 私、一生懸命にこのあたりを探したんだけど、 たくさんの落ち葉に埋もれてしまって、全然見つからないの。
だから、あなたが画用紙に描いてくれると、とっても助かるの」
そしたらそれで、私は妖精の国に帰れるわ」
僕は絵はへただけど、いつも心を込めて描いている。それでいいなら……。 ふっくらとした桜の花びらを五枚、描いてみた。
今年の春、この公園を埋め尽くした桜の花を思い出しながら……。
桜の花はすっと画用紙から浮き上がって、女の子の手に吸い込まれた。
お礼に、あなたの願い事を一つだけ叶えてあげる。何がいい?」 でも、あなたの絵は、今でもとってもじょうずじゃない。 その証拠に、あなたの描いてくれた桜の花の絵のおかげで、私は妖精に戻れたわ。 あなたの絵には心がこもっているのよ。 でも、約束だから、あなたの描いているこの『秋の絵』が、
教室の後ろに張り出されるようにしてあげる」 そして、ふるふると背中の羽を震わせて、茶色くかじかんだその葉っぱに、 金色の光をまぶした。 教室の後ろに張り出されるようになるわ。 でもね、私は、一生懸命心を込めて描く、あなたの絵がとても好きよ。 魔法なんか使わなくても、いつかきっと、 あなたの絵の良さをわかってもらえる日がくると思うわ。 どうか、そのことを忘れないでね」
答はイエス。 だけど、僕は、妖精にもらった魔法の葉っぱを使わなかった。 だって、やっぱり、絵に魔法なんか使っちゃいけないって思った。 教室の後ろに張り出されなくても、一生懸命に描けばいいと思ったんだ。
僕は、公園を埋めていた、赤や黄色や茶色の落ち葉たちをよ〜く見て、 丁寧に色を塗った。 そう、妖精のパスポートの、桜の花を描いた時みたいに、心を込めて……。
僕を励ましてくれている。
「あなたの絵が好きよ」という言葉と一緒にね。
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