『妖精のくれた魔法の葉っぱ』


 

金曜日の放課後。

僕は、学校の裏にある、公園のベンチに座って、僕の『秋の絵』に絵の具を塗っていた。

本当は授業が終わるまでに仕上げなくちゃいけなかったんだけど、

僕は絵を描くのがとても遅いので、いっつも宿題になってしまうんだ。

それに、僕の絵は、まだ一度も教室の後ろに張り出されたことがない。

僕、一生懸命に描いているのになぁ……。



画用紙に向かっている僕の横に、いつの間にか、女の子が一人、立っていた。

絵をじっと覗きこんでいる。

僕は恥ずかしかったけど、早く絵を仕上げてしまわなくてはいけないので、

構わずに絵筆を動かし続けた。

 

「お願いがあるんだけど……」

「え?」

急に、その女の子が話しかけてきた。
 
「あなたにお願いがあるの。パスポート、描いてくれない?」

「パスポート!?」
 
僕は、訳がわからず、オウム返しに尋ねた。
 
「うん、パスポート。

あのね、私は春の妖精なの。

ここの秋の景色がとてもきれいだって聞いて、

パスポートを使って、妖精の国から見学にやってきたの。

だけど、うっかりそのパスポートをなくしてしまって……。

私、妖精の国へ帰れなくて困ってるの。

だからあなたに、パスポートを描いてほしいの」

「そんなこと言ったって、僕、妖精のパスポートなんか見たことないし。

……それに、僕、絵がへただから、ダメだよ」

「お願い! 

お日様が沈む前に帰らないと、私、もう妖精の国に入れてもらえないの。

それに、あなただったら、きっと描けるわ。

私のパスポートは、桜の花なのよ。

私、一生懸命にこのあたりを探したんだけど、

たくさんの落ち葉に埋もれてしまって、全然見つからないの。

だから、あなたが画用紙に描いてくれると、とっても助かるの」

「……」

「あなたが心を込めて描いてくれたら、桜の花は命を持つわ。

そしたらそれで、私は妖精の国に帰れるわ」

――心を込めて……。

僕は絵はへただけど、いつも心を込めて描いている。それでいいなら……。

「わかった。やってみる」

「ありがとう!」 

僕は、宿題の絵の、まだ色を塗っていない余白に、赤と白と青の絵の具を使って、

ふっくらとした桜の花びらを五枚、描いてみた。

今年の春、この公園を埋め尽くした桜の花を思い出しながら……。 

「ステキ! とってもきれい! これならきっと大丈夫だわ!」
 
女の子は、僕の描いた桜の絵の上に手をかざした。

桜の花はすっと画用紙から浮き上がって、女の子の手に吸い込まれた。
 
――目の前に、ルリアゲハみたいにきれいな羽を持った、小さな妖精が浮かんでいた。



「どうもありがとう。これで私は妖精の国に帰れるわ。

お礼に、あなたの願い事を一つだけ叶えてあげる。何がいい?」
 
――願い事……。僕は、僕は……

「僕の、絵が、教室の後ろに張り出されるようにしてほしい!」

「なぁんだ。そんなことでいいの? 

でも、あなたの絵は、今でもとってもじょうずじゃない。

その証拠に、あなたの描いてくれた桜の花の絵のおかげで、私は妖精に戻れたわ。

あなたの絵には心がこもっているのよ。

でも、約束だから、あなたの描いているこの『秋の絵』が、

教室の後ろに張り出されるようにしてあげる」
 
妖精はそういうと、僕の足元から、クヌギの葉を一枚取りあげた。

そして、ふるふると背中の羽を震わせて、茶色くかじかんだその葉っぱに、

金色の光をまぶした。

「はい。このクヌギの葉をあなたの絵の上に置けば、魔法が掛かって、

教室の後ろに張り出されるようになるわ。

でもね、私は、一生懸命心を込めて描く、あなたの絵がとても好きよ。

魔法なんか使わなくても、いつかきっと、

あなたの絵の良さをわかってもらえる日がくると思うわ。

どうか、そのことを忘れないでね」

妖精はそう言って、ふっと僕の前から消えた――。

 


 

さて、僕の描いた『秋の絵』は、その後、教室の後ろに張り出されただろうか?

答はイエス。

だけど、僕は、妖精にもらった魔法の葉っぱを使わなかった。

だって、やっぱり、絵に魔法なんか使っちゃいけないって思った。

教室の後ろに張り出されなくても、一生懸命に描けばいいと思ったんだ。

 

僕は、公園を埋めていた、赤や黄色や茶色の落ち葉たちをよ〜く見て、

丁寧に色を塗った。

そう、妖精のパスポートの、桜の花を描いた時みたいに、心を込めて……。



妖精がくれた魔法の葉っぱは、今でも、机の上に置いた写真立ての中から、

僕を励ましてくれている。

「あなたの絵が好きよ」という言葉と一緒にね。
 
 


(おわり)
 

 

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